215話 ショック療法
翌朝、俺とルミエラはセレナの幼児退行を解消するために集まった。
カインはいつも通り朝から鍛錬に励んでいる。余計なことを言うと話がややこしくなるし、そもそも鍛錬に夢中なカインがこういう問題に興味を示すとは思えない。
そして、ガルス。
――こいつに至っては、最初から選択肢にすら入れなかった。
今の状態のセレナを見たら、襲わないとも限らない。
ただでさえ、無駄に美人なセレナだ。
それに加え、幼児退行で精神が弱くなっているとなれば、ガルスの"誘い"にふらりと乗ってしまう可能性だってある。
だから、俺とルミエラだけで対処するのが一番安全で確実だった。
とはいえ、俺たちも専門家ではない。
そもそも"幼児退行"なんてものをどう治せばいいのか、前世の記憶を持つ俺ですら確信を持てる答えはなかった。
いや、そもそも前世の世界でも、これといった治療法は存在しなかった気がする。
ましてや、この世界の医学なんて前世と比べれば原始的なものだ。まともな診断もできないし、ましてや精神の異常を治療するなんて、夢のまた夢。
ま、できることをやるしかない。
俺が頭を抱えていると、ルミエラが肩をすくめながら楽しそうに笑った。
「それで、カイル君。何かいい手はあるのかい?」
「……いや、それを今から考えるんですよ。」
俺はため息をつきながら、前世の知識を総動員して"解消法"を探ることにした。
問題は、どうやってセレナの心を"元に戻す"か、だ。
言い換えれば――
彼女に過去を受け入れさせ、再び前に進む力を取り戻させること。
それができれば、セレナはもう一度"本当の自分"を取り戻せるはずだ。
「うーん……ショック療法とか、催眠療法とか……いや、どっちもリスクが高すぎるし方法も……。」
「ショック療法って、例えばどんな?」
「簡単に言うと、強烈な刺激を与えて意識を戻す方法です。……前世の話ですけど、冷水をぶっかけたり、恐怖体験をさせたり。」
「ふーん……」
ルミエラは顎に指を当てながら考え込んだ。
「つまり、セレナちゃんが無意識に逃げてる"何か"を目の前に突きつけて、それを乗り越えさせるってことかい?」
「そういうことになりますね。」
「だったら……一番手っ取り早いのは、"鍛冶"と"戦闘"をさせることじゃない?」
ルミエラの言葉に、俺はハッとした。
確かに、セレナが幼児退行したのは、鍛冶師としての仕事と冒険者としての戦いの両立に疲れ果てたからだ。
ならば――
「彼女が避け続けていたものに、もう一度向き合わせる……か。」
それが、鍵になるかもしれない。
「でも、無理やりやらせたところで逆効果になる可能性もあるんですよね……。」
「そこはほら、あたしの出番だよ!」
ルミエラは自信満々に胸を張った。
「セレナちゃんの一番の味方であり、精神的支えでもあるあたしが、しっかりフォローするさ!」
俺はルミエラの言葉を聞きながら、深く頷いた。
確かに、セレナが一番心を許しているのはルミエラだ。
俺がどうこう言うより、ルミエラがそばにいた方がセレナも安心できるだろう。
「……分かりました。それでいきましょう。」
俺は意を決して、立ち上がる。
早速俺たちは、セレナの記憶を頼りに、彼女がかつて営んでいたという鍛冶屋へ向かった。
その店は、北区の中でも特に人通りが多い大通り沿いにあった。
ここは武具を求める冒険者や衛兵たちが頻繁に訪れるエリアで、昼間ともなれば鍛冶師たちが金槌を振るう音が響き渡る。
セレナの鍛冶屋の両隣にも、それぞれ個性的な鍛冶師たちが店を構えていた。
片方は、胸毛をゴワゴワと生やした大男の鍛冶師。
もう片方は、自分の身長よりも長い髭を携えた、小柄ながらも目つきの鋭い鍛冶師だった。
どちらも熟練の職人らしく、無駄な動きなく黙々と剣を研磨していたが――俺たちの存在に気づくと、ほんの一瞬、手を止めた。
そして、俺たちの隣に立つセレナを見るや否や、明らかに怪訝そうな表情を浮かべ、わざとらしく目をそらした。
「……?」
不自然な態度に、俺は少し違和感を覚えた。
南区でもそうだったが、なぜここまでセレナは嫌われているんだ?
彼女の鍛冶屋がここにあったということは、それなりに名の知れた職人だったはずだ。にもかかわらず、この扱いは明らかに異常だ。
俺はルミエラと軽く視線を交わしながら、セレナを促して工房へと足を踏み入れる。
工房の扉を開けると、中は意外なほど整頓されていた。
鍛冶場というのは、煤と金属の粉で雑然としているイメージがあったが、この工房はそんなことはなかった。作業台の上はしっかりと整理されており、壁には美しく成形された剣やレイピアが立てかけられている。
おそらく、どれもセレナが手掛けたものだろう。
「……意外と綺麗にしてたんですね。」
俺がポツリと呟くと、隣でセレナが小さく肩をすくめる。
「……だって、きたないと気分がおち着かないから。」
小さな声だったが、その言葉の端々から"職人"としてのプライドが滲み出ていた。
「ふふ、やっぱりセレナちゃんは真面目だねぇ。」
ルミエラが微笑みながら、壁に並ぶ武器を眺める。
「どれも良い出来じゃないか。これだけのものを作れるのに、どうして投げ出しちゃったのさ?」
その問いに、セレナは視線を落とし、小さく口を噛んだ。
「……ぜんぶ、ちゅうとはんぱだったから。」
「中途半端?」
俺が問い返すと、セレナは苦しそうに口を開いた。
「カジシとしても、ケンシとしても……私はだめっこだったの。どっちのお仕事もがんばることができなくて……はんぱなまま、ぜんぶがイヤ」
握りしめた拳が小さく震えている。
その言葉を聞いて、俺は少しだけ彼女のことが分かった気がした。
"どっちつかず"――それが彼女の抱えていた苦悩だったのか?
「……でも、それって本当に"中途半端"なんですかね?」
俺は壁に飾られた剣を一本手に取る。
柄の握り心地は手になじみ、刃には無駄な凹凸がない。重さのバランスも絶妙で、実用性と美しさを兼ね備えた一振りだった。
「これ、どう見ても相当な技術ですよ?」
俺の言葉に、セレナは顔を上げた。
「でも……」
「でも?」
セレナは言葉を詰まらせる。
「……たたかいで使うには、完ぺきとは言えないし……カジシとしてはぜんぜんだめだったの……。」
俺は軽く剣を振るいながら考えた。
「そりゃあ、上には上がいるでしょうけど。完璧じゃないといけない理由ってあります?」
「え?」
「例えば、カインさん――俺の仲間だって強いくせに今も修行を続けてるし、俺だって魔法の訓練をこれからも怠るつもりはないですよ。どんな分野でも、一生をかけて成長し続けるものじゃないですか?」
「……。」
「なのに、途中で投げ出すってことは、"成長する可能性"まで否定してるってことですよね?」
セレナは言葉を失い、ただ俺を見つめていた。
「だから――。」
俺は剣を元の場所に戻し、セレナの方を真っ直ぐ見据えた。
「――やってみましょうよ。今からでも遅くないはずです。」
沈黙。
セレナは視線を彷徨わせ、そして小さく震えながら――
「……でも、またしっぱいしちゃうかもしれない。」
「それならまたやり直せばいい。少なくとも、今は俺たちがいます。」
俺の言葉に、セレナは息を呑む。
「ルミエラさん。」
俺がルミエラを見ると、彼女はいつもの調子でニヤリと笑った。
「ふふっ、いいねぇカイル君。その通りだよ。」
ルミエラはセレナの肩を軽く叩く。
「さ、まずは一振り、作ってみようよ。セレナちゃん?」
セレナは、しばらく迷っていたが――やがて、ゆっくりと頷いた。
「……うん。」
俺たちは、彼女が再び"鍛冶師"としての第一歩を踏み出す瞬間を見守ることになった。
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