216話 成長の可能性
工房の奥にある炉に火が入る。
セレナが手際よく木炭をくべ、ふいごを使って温度を上げていくと、徐々に赤々とした光が工房内を照らし始めた。
その光に照らされる彼女の横顔は、どこか懐かしさを帯びながらも、決意の色が宿っていた。
「……これからですね。」
俺の言葉にセレナは頷き、工房の奥にある作業台の前に立ち、鉄の塊を見つめた。
しかし、そのときセレナの脳裏にある思いが横切る。
(……やっぱり、だめかもしれない。)
セレナの手は、かすかに震えていた。かつて鍛冶師として働いていたとはいえ、一度すべてを投げ出した身。もう自分には、剣を生み出す資格などないのではないか。
そんな彼女の背中を、ぽん、と軽く叩く者がいた。
「何震えてんのさ、セレナちゃん。」
ルミエラだった。彼女は腕を組み、にやりと笑っている。
「アンタの手は、まだ剣を作るためにあるんだろ? だったら、アンタの思う通りに作ればいいじゃん。」
「……でも……私……。」
セレナの迷いの言葉を遮るように、俺も口を開いた。
「セレナさんは一体何を無理だと思っているんですか? 手もある、道具もある、知識も技術もある。なら、あとは気持ちだけですよ!」
俺の言葉に、セレナの目が輝いた気がした。
「俺は、セレナさんが自分の手で最高の剣を作るところを見てみたいんですよ。セレナさんが昔の自分を取り戻す瞬間を――。」
「……昔の、私……。」
セレナは、かつての自分を思い出す。剣を打つたびに生まれる火花の輝き。鋼を叩く音が響く工房。自分の作った剣を手にした剣士たちが戦場で輝く姿。それこそが、自分の誇りだった。
「……そう、だった。私は、”鍛冶師”だったんだ……。」
気づけば、彼女の手はしっかりと金槌を握りしめていた。
「……やってみる。」
セレナは深く息を吸い込み、鉄を炉に入れて熱し始めた。炎の赤い光が、彼女の紫色の髪を照らす。
俺とルミエラは黙ってそれを見守った。
最初はぎこちなかった。打ち込む力も弱く、形もなかなか整わない。しかし、一振りごとに感覚を取り戻していく。鉄を打つ音が工房に響き渡る。
(私は、作れる……作れるんだ!)
セレナの目に迷いは消え、真剣な光が宿っていた。
「んんっ!」
振り下ろされるハンマー。
硬く、重い音が響く。
最初の一撃で鋼の塊がわずかに変形する。
それを繰り返すうちに、鉄は徐々に細く、しなやかな形状へと変わっていった。
「いい感じじゃない。」
ルミエラが腕を組みながら、にやりと笑う。
「やっぱり、体が覚えてるんだね。」
セレナは返事をしない。ただ、ひたすらに打ち続ける。
力加減、ハンマーの角度、叩くリズム。
すべてが絶妙なバランスで成り立っている。
彼女の表情は真剣そのものだった。
時折、火に戻して温度を調節し、再びハンマーを振るう。そんな作業を繰り返しながら、鋼は少しずつ理想の形に近づいていく。
作業の途中、セレナはふと手を止めた。
「……また、しっぱいするかもって思ってた。」
ぽつりと、そんな言葉がこぼれる。
俺とルミエラは黙って彼女の言葉を待つ。
「鍛冶師としてもケンシとしても、てき当で……どっちも頑張れなくて……。だから、また後でイヤになっちゃうかもって。」
彼女の手は微かに震えていた。
「でも、カイル君の言ったとおりだった。」
俺の方を向き、セレナは小さく微笑んだ。
「”せいちょーするかのうせい”を、自分でヒテイしちゃだめなんだって。」
そう言うと、彼女は再び作業に戻る。
俺たちは、それを静かに見守った。
―――。
そして数日が経ち、ついに彼女は一本のレイピアを完成させた。それは今までのどの作品よりも洗練され、見た目だけでなく、バランスや強度も計算され尽くした最高の一振りだった。
ルミエラが満足げに頷きながら、声をかける。
「ふふっ、なかなかの出来じゃない?」
セレナは静かに剣を持ち上げ、光に透かしてみる。
どこか誇らしげな表情を浮かべながら。
「うん……今までで、いちばんの”作品”ができた。」
その言葉に、俺とルミエラは笑った。
「おめでとう、セレナさん。」
俺がそう言うと、彼女は少し照れたように目を逸らす。
「まだまだ、これからだから……。」
そう言って、もう一度レイピアを見つめる。
この一本は、彼女にとって新たな一歩。
そして、鍛冶師としての再出発だった。
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