214話 剣士の本質
「まず、セレナちゃん――この子は元社畜だ!」
ルミエラの第一声に、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
「はぁ!?しゃち……はぁ!?」
何を言われたのか理解できず、俺は口をパクパクとさせる。
社畜って……そんな単語、こんな世界に存在していいものなのか?
俺の混乱をよそに、ルミエラは得意げに指を立てて話を続けた。
「セレナちゃんは、元々鍛冶師兼剣士だったんだけど……鍛冶師の仕事と冒険者の仕事を両立できなくなって、全部が嫌になって幼児退行しちゃったんだ!」
最後の部分を言いながら、ルミエラは勢いよく両手を挙げてみせる。
だが、あまりにも意味不明な説明に、俺は呆れることしかできなかった。
「いや、何ですかその経歴!?冒険者と鍛冶師を掛け持ちしてて、両立できなくなったら幼児退行?そんなことあるんですか!?」
「いやぁ……それがあるんだよ、これが!」
いや無ぇよ。
俺の内心をよそに、ルミエラは自信満々に答える。
その隣では、セレナがむぅっと頬を膨らませながら、小さく抗議した。
「ようじたいこうじゃないもん……ただ、子どもに戻りたくなっただけ……」
「それを幼児退行って言うんですよ!」
俺は思わずツッコむが、セレナは気にする様子もなく、口を尖らせたまま視線を逸らす。
「……それでね?」
ルミエラの説明はまだ続く。
「そんな可哀想なことになっちゃったセレナちゃんを、このあたしが偶然見つけて、慰めてあげてたんだよ!」
ルミエラは胸を張り、まるで英雄が偉業を語るかのような顔をする。
「……慰めるって、具体的に?」
「それはもう、たっぷりと甘やかしてあげたよ。”お姉ちゃん”としてね♪」
「お、お姉ちゃん!?」
(お母さんか、おばあちゃんの間違いじゃあ……。)
俺が驚いて二人を見比べると、セレナはルミエラの腕にしがみつきながら、嬉しそうに頷いた。
「うんっ!ルミお姉ちゃんは、セレナのことを、ぎゅーってしてくれて、なでなでしてくれて、一緒に遊んでくれるんだよ!」
「いや、それ……ただの過保護じゃないですか!」
俺のツッコミにもルミエラは悪びれた様子もなく、「そうだよ?」とあっさり認めた。
「いや、認めるんかい!!」
俺の中で、セレナへの印象が急激に変わっていく。
最初に見たときは、幼さを残しながらも、まだ剣士としての鋭さを持っている女性に見えた。だが、今目の前にいるのは――ただの甘えん坊だ。
「……本当に大丈夫なのか……。こんな子供みたいな人を戦いに巻き込んで……」
俺は不安を隠せずに呟いた。
すると、ルミエラが悪戯っぽく笑う。
「ふふ、まぁ、セレナちゃんが本気を出せば、驚くことになると思うけどね?」
俺は、その言葉の意味をまだ知らなかった。
しばらくルミエラがセレナを甘やかす様子を見ているうちに、俺の中に大きな不安が膨らんでくるのを感じた。
本当は、こんなことをしている暇なんてない。俺には時間がない。
"五つの影"――それが何者なのかも、なぜ俺を狙うのか――その目的すらも、未だに分からない。
だが、確実に言えることがひとつある。
やつらは 来る。
どこからか、いつかは分からない。けれど、確実に俺の前に姿を現す。
そして、その時に俺たちは、街の中で戦うことになるのか?
具体的な相手の強さも、戦いの規模も分からないまま、無関係な市民を巻き込むことになるのか?
――それだけは、避けたい。
俺は手を握り締める。
被害を最小限に抑えるためには、どうすればいい?
俺たちは、どれだけ強い仲間を集められる?
その中に、果たしてセレナは含まれるのか?
俺の視線が、ルミエラとセレナの姿を捉えた。
ルミエラの腕にしがみついたまま、セレナは無邪気な顔で甘えている。
その姿を見た瞬間、俺は心の中で決断した。
俺は立ち上がる。
「ルミエラさん。」
俺が低く呼びかけると、セレナに頬を寄せていたルミエラが、少し驚いたように俺を見た。
「ん?なんだい?」
俺はルミエラの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「セレナさんは……仲間には入れない。そうしませんか?」
俺の言葉が夜の空気を切り裂いた。
ルミエラは一瞬、目を見開く。
セレナはきょとんとして俺を見つめている。
静寂が広場を包んだ。
ルミエラの表情が、少しずつ変わっていく。
そして、彼女はゆっくりと微笑んだ。
「……なるほどねぇ。カイル君は、冷静な判断をする子になったね?」
その言葉に、俺はわずかに眉を寄せる。
「そういう問題じゃありません。俺たちが戦う相手は、どれほどの力を持っているかも分からない。戦いの場が街の中になる可能性だってある。そんな中で……"幼児退行"するほど精神的に不安定な人を連れて行くのは、リスクが大きすぎる。」
言葉を慎重に選びながらも、俺はハッキリと伝えた。
「それに……今のセレナさんは、”剣士”としての目をしていない。俺たちは戦場に遊びに行くわけじゃないんです。」
セレナの体がびくりと震えるのが分かった。
ルミエラは口元に手を当てながら、静かに俺の言葉を聞いている。
「だから、俺は彼女を仲間に入れない方がいいと思う。」
そう言い切った瞬間だった。
パシンッ!
鋭い音が響いた。
セレナが、俺の頬を打っていた。
「……ひどい。」
震える声で、セレナが呟いた。
俺は驚きながらも、彼女の表情を見つめた。
さっきまでの甘えた笑顔は、どこにもなかった。
代わりに、彼女の瞳には……怒りと、悲しみが混ざっていた。
「セレナさん……」
「ひどいぞ、カイル。……私だって、本当は分かっている。今の私は、以前の”剣士”としての私とは違う。しかし……」
セレナは拳を強く握りしめる。
「それでも、私は……また戦いたいって、思ってるんだ。」
その言葉に、俺は息を飲んだ。
ルミエラは、穏やかな表情のまま二人のやり取りを見守っていた。
「カイル君、どうやらセレナちゃんの”剣士の本質”を引き出しちゃったみたいだね?」
「本質……?」
ルミエラは、にやりと笑う。
「ここからは、セレナちゃん次第だよ。」
セレナは下を向き、震える声で続けた。
すでにセレナには、さきほどの力強い精神と眼差しは消え失せていた。
「私……変われるのかな……?強くなれるのかな……?」
俺は、その問いにすぐには答えられなかった。
しかし、もし彼女が変わる覚悟を持てるのなら――。
俺は、もう一度彼女を見つめる。
「――だったら、証明してもらうしかありません。」
セレナがゆっくりと顔を上げる。
「俺たちは遊びで戦うわけじゃない。あなたが本気なら、それにふさわしい強さと覚悟を……取り戻してみてください。」
夜の空気が、さらに冷たく感じられた。
セレナは、その言葉を噛み締めるように、ゆっくりと頷いた。
「うん……がんばる。」
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