212話 変わり者
「――あなたが……セレナ・フェルディアさん!?」
思わず驚きの声を上げる俺に、女性――セレナはまるで不意を突かれたかのように目を見開いた。
「わぁっ!? う、うん……私がセレナ・フェルディアだけど……?」
まるで子供のような純粋な驚き方だった。その大きな瞳が俺を見据えてくる。
俺はてっきり、南区の貴族や鍛冶師たちの反応からして、セレナという人物はガルスのような暴れ馬タイプなのかと想像していた。しかし、実際に目の前にいる彼女は、俺の予想とはまるで違った。
紫色の髪を後ろで束ねた彼女は、見た目こそ落ち着いているが、どこか幼さを残す雰囲気がある。声も柔らかく、大人びた威圧感もない。どちらかと言えば、人懐っこい猫のような印象すら受ける。
「というか……どうしてこんなところに?」
俺は気になって問いかけた。広場の長椅子にぽつんと座り、ただじっとしているだけの彼女が何をしていたのか、少し不可解だった。
セレナは俺の問いに対し、ふわりと笑いながら、指を空へ向けた。
「あれが見えなくなるのを見てたの。」
俺とカインは、彼女の指先を追って視線を上げる。
そこには、オレンジ色に輝く夕陽があった。
太陽はすでに地平線へと沈みかけており、街並みを染める最後の光を放っていた。
「え? ずっと見てたんですか?」
俺が驚いて聞き返すと、セレナは頷きながら、どこか恍惚とした表情で答える。
「うん……一日中。」
「一日中!?」
思わず声を上げた。
……前言撤回。
この人も"マトモ"ではない。
まるで当然のことのように言う彼女の表情は、少しの迷いもなく、それどころか、心から楽しんでいるように見えた。
確かに夕陽を眺めるのは美しい時間だ。しかし、それを一日中とは、一体どういう神経をしているのか。
ルミエラが酒を浴びるように飲み、ガルスが壁を破壊するほどに暴れまわるのと同じく、セレナもまた"変わり者"の部類だったらしい。
「そんなにずっと見てて……飽きないのか?」
カインが少し呆れたように尋ねると、セレナは目を輝かせながら答えた。
「ううん、ぜんぜんあきないよ。だって、太ようはずっと同じじゃないもん。朝も、昼も、しずむ時も……ぜんぶ違う顔をしてるの。とくにしずむ時は、一番キレイな色を見せてくれるんだぁ。」
俺は思わず言葉を失った。
その言葉には、彼女の純粋な思いが詰まっていた。まるで子供のように無邪気で、それでいて、どこか達観した響きを持つ言葉。
セレナ・フェルディア。
この人物は、やはりただ者ではない。
「……か、変わった人ですね……」
俺がそう呟くと、セレナはくすっと笑って、夕陽を見つめたまま呟いた。
「うんー、よく言われる。」
やっぱり、この人も常人には理解できない……どこかしら"変わった”部分を持っている。
俺には、そういう変な仲間が似合うと運命が言っているのかもしれない。
「それでぇ……私をさがしてたって……」
セレナが首をかしげながら問いかける。その瞳はまだ夕焼けを映していて、どこか夢見がちな雰囲気をまとっていた。
俺は一つ咳払いをして、これで三度目となる説明を始める。
「実は、セレナさんには俺の仲間になってほしくて……一緒にとある敵と戦ってほしいんです。」
俺が真剣な表情で言うと、セレナは夕陽を見上げるのをやめ、こちらを向いた。その目が少しだけ細まる。
「てき……?」
俺は頷き、静かに話を続ける。
「はい。実は俺はノワラ国から来た勇者で、俺を狙う"五つの影"がどこからか迫っています。そして、ある人の未来視という力によって、その影と俺たちと共に戦ってくれる三人の人物が見えたんです。その内の一人が――セレナさんかもしれないんです。」
そう言い終えると、セレナはまたゆっくりと夕陽へと視線を戻し、目をつむった。そして、足をぶらぶらと遊ばせながら、小さく唸る。
「うーん……たたかうのかぁ……」
その様子は、まるで目の前の敵と戦うかどうかを決めるのではなく、夕飯に何を食べるか考えているかのようだった。
しばらくして、セレナは目を開け、俺とカインを順番に見比べる。そして、まるで重大な事実に気づいたかのように、カインを指差して大声で言った。
「あ、こっちの方がゆうしゃっぽい!」
「え……?」
俺は一瞬、何を言われたのか理解できず、次の瞬間にはがっくりと肩を落とした。
「セ、セレナさん!?」
突然のセレナの的外れな発言に、俺もカインも思わず戸惑う。
「いや、俺は完全にサポート役だぞ……?」
カインが苦笑混じりに言うと、セレナは気にした様子もなく、また足をぶらぶらと揺らしながら言った。
「ミライとかぁ……カゲとかぁ……よく分からないけどぉ……いいよぉ。」
「え?」
あまりにもあっさりした返答に、俺は思わず聞き返した。
「だからぁ、ナカマになるってやつ!」
セレナはニコッと笑いながら、気軽に言ってのけた。その態度は、まるで「一緒にお祭りに行く!」くらいの軽さだった。
「……」
俺は戸惑いながらも、目の前のこの少女のような女性が"本当に戦いに向いているのか"と考えざるを得なかった。
彼女の雰囲気は、どこか夢見がちで、掴みどころがない。
カインの言う通り、アルガドで唯一のレイピア使いという時点で尋常ではないが、それが実際にどれほどの実力を持つのかは未知数だった。
だが――未来視に映ったということは、きっと何かしらの"理由"があるのだろう。
こうして、俺たちの最後の仲間は呆気なく決まった。
しかし、その事実に素直に喜ぶことができなかったのは、果たしてセレナが"頼れる戦力"なのか、それとも"また一人の変わり者"なのか、まだ分からないからだった。
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