211話 危険人物
翌朝、俺は最後の仲間候補であるセレナ・フェルディアを探すため、南区へと足を運んだ。彼女は噂ではかなりの実力者らしいが、その素性については詳しく知らない。
そして今日は、心強い仲間が一緒に来てくれることになった。カインだ。
最初に同行者として考えたのは、昨夜の飲み会で暴れたルミエラだったのだが、彼女の部屋を訪ねると、扉の向こうから低くうめく声が響いてきた。
「うぅ……水……誰か水……」
これはダメだな、と即座に判断し、彼女を誘うのはやめた。あの豪快な飲みっぷりを考えれば、二日酔いで使い物にならないのは当然だ。
二日酔いは治癒能力でも治らないのだと、ルミエラを反面教師に1つ学んだ。
次に、もう一人の新たな仲間であるガルスの元へ向かった。昨夜のこともあるが、彼の戦闘力を考えれば、仲間に加わる価値は十分ある。
しかし、朝になっても彼は起きていなかった。それどころか、酒場の外に無惨にも転がされていた。
「えぇ……」
ガルスは豪快に仰向けになり、まだ微かに酒の匂いを漂わせながら寝息を立てていた。完全に放置されているところを見ると、酒場の店主にも見限られたらしい。
昨夜の騒ぎを思い出しながら、俺は彼と仲間になったことを少し後悔した。
仕方がないので最後の頼みの綱としてカインの元を訪れると、彼はあっさり同行を了承してくれた。
「朝の鍛錬も済んだし、今日は特に予定もないからな」
――こうして、俺とカインは南区へと向かった。
南区は、西区とは違い、貴族や名のある鍛冶師たちが住む高級住宅地だ。なぜ居住区をわざわざ西区と南区で分けているのかは謎だが、貴族はこういう区別を何かと気にするものらしい。
どこの世界でも、そういうものなのだろう。
俺たちは通りを歩きながら、道中で出会った貴族の夫人や、頑固そうな顔をした鍛冶師にセレナの居場所を尋ねた。
しかし――
「セレナ・フェルディア……?そ、そんな名前は聞いたこともありませんわ!」
「……話すことはない。失礼する」
どの人物もセレナの名を口にした途端、露骨に顔を曇らせ、怪訝そうな様子でそそくさと去っていく。
「……カインさん、なんか妙じゃないですか?」
俺は思わず眉をひそめながら、カインに問いかける。彼もまた腕を組み、険しい顔で頷いた。
「確かにな。まるでセレナという名前を聞いただけで、関わるのを避けているみたいだ」
俺たちは顔を見合わせ、セレナ・フェルディアという人物が一体どれほどの存在なのか、想像を巡らせた。
そして、この異様な反応が意味するものを探るべく、さらに南区を進むことにした。
―――。
太陽が傾き始めた頃、俺たちはすでにセレナの捜索を断念しかけていた。
どれだけの人間に尋ねただろうか。最初は律儀に数えていたが、二桁を超えたあたりでどうでもよくなった。
カインと共に南区の路地を歩き回り、貴族や鍛冶師たちに声をかけ続けたが、どの人物も最初は愛想よく応じてくれるものの、セレナの名を出した瞬間に表情を凍りつかせ、視線を逸らし、何かと理由をつけて逃げていく。
話しかけたときは穏やかに対応してくれた貴族夫人が、セレナの話題を出した途端――
「申し訳ありませんが、存じ上げませんわ」
――と早口で言い残し、スカートを翻して立ち去る。
鍛冶師に至っては、セレナの特徴である”レイピア”を話題に出すだけで、名前すら聞きたくないと言わんばかりに顔をしかめ――
「余計なことを聞くんじゃねえ」
――と足早に去っていく者もいた。
ここまで露骨に避けられるとなると、単なる有名人というわけではない。何かしらの理由で南区の住人たちがセレナを恐れているか、あるいは関わりを避けているのだ。
「カインさん……セレナって人、何かマズそうじゃありませんか?」
俺は歩きながらカインに声をかける。カインもまた、険しい表情で腕を組み、考え込んでいた。
「……正直、ここまでとは思わなかったな。セレナ・フェルディアってのは、ただの腕の立つ剣士ってだけじゃなさそうだ」
カインは溜め息混じりに言うと、ふと空を見上げた。
「それに、どうしてあの鍛冶師の人がレイピアを嫌っていたのかも分からないです。」
彼は少し考え込むように間を置いた後、俺に向き直る。
「アルガドでレイピアなんて細身の剣を使うのは、セレナって女ぐらいのものだ。ここの剣士たちは、どんなに華奢な身体の女子供でも、最終的に選ぶのは普通の剣だ。実戦では、レイピアのような細身の剣は折れやすいからな」
確かに、アルガドで一般的に使われる剣は、厚みのある片手剣や大剣だというのは、この街の冒険者たちを見れば一目瞭然だ。
レイピアは刺突に特化している分、剣身が細く、力押しの戦闘には向かない。しかし、そんな剣を使いこなしているということは、単なる実力者ではない可能性がある。
俺は額に手を当て、沈みゆく太陽を見上げた。
「……どうします?もう少し探してみますか?」
俺の問いに、カインはしばし黙考した後、頷く。
「もう少しだけ粘ってみよう。ただ、この調子じゃ、まともに話を聞かせてもらえる相手を探すのが先決だな」
――俺たちは再び、南区の街を歩き始めた。
夕焼けが街を照らし、長く伸びた影が石畳の上に揺れていた。赤みがかった陽光に包まれた街並みは美しく、それでいてどこか寂しげな雰囲気を醸し出している。
俺たちは、ふと目に入った広場に足を踏み入れた。
そこは妙に静かな場所だった。
広場の中央には長椅子がぽつんと置かれているだけで、まるで人々に忘れ去られたかのような空間だった。遊び盛りの子どもたちですら寄りつかないのか、地面には遊びの跡すら残っていない。
こんな場所で野球をするようなガキ大将などいるはずもない。
だが、そんな広場に、一つだけ異彩を放つ影があった。
長椅子に腰掛けているのは、夕日に染まらぬ鮮やかな紫の髪を持つ女性だった。
彼女の髪は後ろで一纏めにされ、その姿はどこか気だるげだ。黒いワンショルダーのシャツに、ゆったりとした白い胴付ズボンのようなものを合わせている。
鍛錬帰りなのか、それともただの普段着なのかは分からない。
俺は、その女性の背中を見つめながら、最後の賭けに出ることを決めた。
「今日のセレナさんの捜索は、あの人に話を聞いて終わりにしましょう」
カインも黙って頷く。俺たちは広場の静寂を破らないよう、慎重に歩を進めた。
「すみません、少しお聞きしたいことが……」
俺の声に、女性がゆっくりと振り返る。
その横顔はどこか幼さを残しつつも、鋭さを秘めていた。彫りの深い顔立ちではないが、目元には鋭い意思の光が宿っている。
「なに?」
意外なほど無邪気な声だった。彼女の落ち着いた雰囲気から、もう少し冷たく対応されるかと思っていた俺は、一瞬だけ言葉に詰まる。
しかし、すぐに意を決し、核心へと踏み込んだ。
「実は、セレナ・フェルディアっていう人を探しているのですが……」
一瞬、彼女の表情が止まった。
夕焼けの光のせいか、それとも俺の言葉のせいか、一瞬だけ彼女の瞳が揺れたように見えた。
そして、短い沈黙のあと、彼女は小さく笑うように口元を動かし、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「それ……私。」
俺は息をのんだ。
南区の誰もが話すことを避け、まるで禁忌の名のように扱っていた人物が、こんなにもあっさりと目の前にいた。
――俺たちはついに、セレナ・フェルディアを見つけた。
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