210話 二人目
鉱石の魔物が断末魔のうめきを上げ、その巨大な躯が地面に崩れ落ちた。
俺とガルスは、まるで張り詰めた糸が切れたように、その場に座り込む。
全身の筋肉が軋み、肺が焼けるように痛む。体力は底を突き、指先すら満足に動かせない。
どちらも体力の限界をとっくに超えていた。今はただ、荒い息を整えながら、微動だにせず地面に腰を落としている。
魔物の死骸はすぐそばにあったが、かつて硬質な装甲に覆われていたそれは、いまやボロボロと崩れ、剥がれ落ちた鉱石の残骸の隙間からは、不気味な緑色の触手が無残に転がっている。
その触手も変色が始まり、急激に腐り始めていた。空気が生温く淀み、鼻をつく異臭が漂い始める。
俺はゆっくりと視線を隣に移し、ガルスの姿を見やる。彼は大剣を地面に突き立て、腕をだらりと垂らしていた。肩で息をしながら、ただ前を見据えている。
「ガルスさん……」
俺は、ずっと気になっていたことを口にする。
「どうして、一緒に戦う気になったんですか?」
問いかけた直後、ガルスの肩が微かに動いた。だが、彼はすぐには答えなかった。ただ、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと目を閉じ、静かに息を吐く。
「……知らねェよ」
ガルスの声は、まるで自分に言い聞かせるようだった。
「ただ……お前の言葉が、胸に響いた。それだけだ」
彼はぼそりと呟くように言い、口元を歪める。苦笑とも、皮肉とも取れる表情だった。
「俺ァずっと、一人で戦ってきた。仲間なんざ必要ねェって、そう思ってた。だが……気付いちまったんだよ」
ガルスは静かに拳を握りしめる。その拳はまだ震えていた。
「力だけが”強さ”じゃねェってことをな」
俺はガルスの横顔を見つめながら、言葉を失った。
彼が何を思い、何を感じたのかはわからない。けれど、たった一つだけ、確信できることがあった。
彼は変わったのだ。
そして――
「ハッ……ったく、これじゃァお前の言う通りだな」
ガルスは乾いた笑いを漏らしながら、大剣を背に担ぐ。そして俺の方を見て、いつものようにニヤリと笑った。
「ま、俺は俺だ。強くなりてェって気持ちに変わりはねェ……けどよ」
彼は立ち上がり、手を差し伸べる。
「今度からは、誰かと一緒に戦うのも悪くねェって思えてきたぜ」
俺はその手をしっかりと掴み、力を込める。
「ええ、”一緒に”……ですね」
俺たちは互いの手を固く握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。
―――。
その日の夜、俺は早速ルミエラとカインにガルスを紹介することにした。ガルスが「馴染みの店だ」と豪語する酒場で待ち合わせをし、皆で集まる。
店内は活気に満ち、酒の匂いと笑い声が入り混じっていた。
豪快に飲み交わす客たちが各々のテーブルで騒ぎ、時折、酔っ払った誰かが歌い出す。そんな賑やかな空間の中央に、ひときわ目立つ男がいた。
「――という訳で、ガルスさんが仲間に加わってくれました!」
俺が勢いよく紹介すると、向かいに座るルミエラが目を丸くしながらガルスを見上げる。
「へぇ、本当に何もかもデカいねぇ……!」
ルミエラは興味津々といった様子でガルスを眺める。彼女自身、細身ではあるものの長身なほうだ。しかし、ガルスと並ぶと、その体格の差は歴然だった。
「だろう!?伊達に鍛えてる訳じゃねェぜ!」
ガルスは豪快に笑いながらジョッキを煽る。俺たちが酒場に到着したときにはすでに飲み始めており、すっかり出来上がっていた。大きな手でジョッキを振り回しながら、上機嫌に喋り続ける。
「それに……でけェのは身体だけじゃねェぜ?」
ニヤリと口角を上げたガルスは、酒に酔った勢いのまま、ルミエラに顔を寄せる。
「どうだァ? いっちょ部屋で試してみるかァ?」
酔っ払い特有の制限のないセクハラに、カインが呆れた表情を浮かべる。だが、ルミエラは動じない。むしろ、その場の誰よりも豪快に笑い飛ばした。
「ははっ!悪いけど、あたしの好みはアンタみたいな粗野なおっさん顔じゃなくて、もっと可愛げのある子なのさっ」
そう言って、ルミエラは余裕たっぷりにワインを口に運ぶ。
「チッ、可愛げなんてガキが持つもんだろォが……俺のこの色気がわかんねェとは、ルミエラァ……お前もまだまだ青ェな」
ガルスは肩をすくめながら不敵に笑い、再びジョッキを煽る。その様子に、隣でカインが呆れたようにため息をついた。
「まったく……紹介早々、これか。お前ら、本当に大丈夫なのか?」
カインの言葉に、俺とルミエラは顔を見合わせ、同時に肩をすくめる。
「ま、まぁ……個性派揃いってことで!」
こうして、俺たちはガルスという豪快な仲間を迎えたのだった。
そして、夜はまだまだ続く。
「飲め飲めェ! 今夜は俺の歓迎会ってことで、ガンガンいくぞォ!!」
ガルスの野太い声が響き渡り、店の空気が一気に活気づく。彼の手には、普通のジョッキではなく、両手で抱えるほどの巨大な木樽。それを軽々と持ち上げ、一気に飲み干すと、豪快にゲップを鳴らした。
「え、ガルスさん……それ、酒樽ごと飲んでません?」
俺の嫌な予感は的中した。店主が血相を変えてこちらに駆け寄る。
「おい、ガルスてめぇ!その酒、まだ提供前のやつだぞ!なに盗んでんだ!」
「なにィ? 細けェことは気にすんな!」
ガルスはケラケラと笑いながら、新たな樽に手を伸ばす。
その間にも、彼は店の肴を次々と平らげていった。干し肉、燻製チーズ、ナッツ、さらには厨房にあったパンまで……まるで飢えた獣のように食い尽くす。
「この店にある食材、もう全部食べたんじゃ……?」
俺の呟きに、店主がまたもや顔を真っ赤にして怒鳴る。
「まじで勘弁してくれ!これ以上は売り物がねぇ!」
一方、その騒ぎをよそに、ルミエラもまた豪快に酒を煽っていた。
「ふぅ~っ! やっぱ酒はこうでなくちゃねぇ!」
彼女はガルスと張り合うように次々とグラスを空にしていく。しかし、途中から様子がおかしくなった。顔が青ざめ、視線が宙を泳ぎ始める。
「うっ……ちょっと、席外すね……」
そう言うやいなや、ルミエラはふらふらと立ち上がり、足元をふらつかせながら酒場の裏口へと消えていった。
そして、二度と戻ってこなかった。
カインはというと、俺たちとは対照的に、最初から最後まで冷静だった。
「俺は軽く飲んで帰るぞ。明日の鍛錬に響くしな」
そう言い残し、夜更け前にはさっさと帰宅してしまった。
――残されたのは、酔い潰れたガルスと、責任を押し付けられた俺。
「おい、坊主。お前、ガルスの野郎の連れなんだろ?壁の修理、頼んだぜ」
店主の無情な宣告に、俺は頭を抱えた。
どうやらガルスが酔った勢いで騒ぎすぎ、勢い余って壁をぶち破ったらしい。見ると、酒場の壁には巨大な穴が開き、そこから夜風が吹き込んでいた。
「……俺、一口も飲んでないんだけどな……」
そうぼやきながら、俺は店主から渡された工具を手に、せっせと壁の修理に取り掛かった。
こうして、ガルスの歓迎会は幕を下ろした。
仲間としての絆? そんなものは微塵も生まれなかった。むしろ、俺の疲労と、店の修理費という新たな問題が生まれた夜だった。
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