195話 引きこもりの才能
太陽が昇り、街の活気が本格的に満ち始めたころ、俺たちはヒルデアを管理する領主のもとへと足を運んだ。
目的は、カインの学園を正式に認めてもらうこと。
向かう先は、南区の最奥にそびえる、一際大きな屋敷。
その屋敷の主こそが、この地を統治する貴族――シルビア・アルダビス女伯だ。
アルガド王国の有力な貴族の一人であり、ヒルデアの行政を司る人物。
「……なぁ、カイル君。」
屋敷の門前まで来たとき、ルミエラが俺の肩を軽く叩いた。
「はい?」
「この女伯ってさ、どんな人なんだっけ?」
「俺も詳しくは知らないんですが……」
俺は昨晩、宿で集めた情報を思い出しながら答えた。
「少なくとも、民衆にはそれなりに評判がいいみたいですね。領地の管理もしっかりしていて、不正を許さない、厳格な人だとか。」
「ふぅん……つまり、下手な言い訳や適当な話は通じないタイプってことか。」
ルミエラが腕を組んで考え込む。
確かに、そういうタイプだとしたら、俺たちの話をまともに聞いてもらえるかどうか……。
さらに問題なのは、アルガド王国という国自体の風潮。
この国では、剣こそが力とされ、魔法を軽視する傾向が強い。
(剣を作るときに魔力は使うのに、魔法は駄目なのか……って感じだが、こういう風潮は昔からの伝統や文化から来るものも多い。部外者が口を出すことではない……と思う。)
それにしても、剣士の国で魔法を学ぶ学園を認めてもらうなんて――考えただけでも、前途多難な道のりだ。
シルビア女伯が魔法に寛容かどうかがカギとなる。
「とにかく、やるしかないですよ。」
俺が気を引き締めると、ルミエラも「ま、そりゃそうか」と肩をすくめた。
カインの学園のために。
そこで学ぶ子どもたちの未来のために。
俺たちは、シルビア女伯から良い返事をもらわなければならない。
俺たちは覚悟を決め、門の前に立ち、門番に用件を伝えた。
「シルビア・アルダビス女伯に、謁見を願いたいのですが。」
門番は俺たちを一瞥し、冷静な態度で答える。
「領主様はお忙しい。アポイントなしでの謁見は受け付けていない。」
やはり、そう簡単には通してもらえないか。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
俺は意を決して、一歩踏み出し、名乗りを上げた。
「俺はノワラ国の勇者、カイル・ブラックウッドです。」
その言葉に、門番の表情が一瞬揺らぐ。
「勇者……?」
さらに、俺はローブに刺繡されたノワラ国の国章を見せ、俺の言葉の信頼性を高めた。
「はい。俺たちは、アルガド王国にとって有益な話を持ってきました。領主様にぜひ直接お伝えしたいのです。」
門番は一瞬考え込み――
「……少し待て。」
そう言って、屋敷の中へと消えていった。
「さて、どうなるかね。」
ルミエラが小声で呟く。
「最悪、追い返されるかもしれませんね……。」
俺たちはしばらく待ち続けた。
そして、数分後――門番が戻ってきた。
「領主様が会ってくださるそうだ。ついてこい。」
「おぉ、意外とすんなりいけたな。」
ルミエラが驚いた様子で言う。
俺も少し意外だった。
やはり、"勇者"という肩書きが効いたのか?
ともあれ、こうして俺たちはヒルデアの領主、シルビア・アルダビス女伯との謁見の場へと向かうことになった。
-――屋敷の内部は、まさに貴族の威厳と格式を感じさせる造りだった。
高級感のある茶色の木材と、純白の光沢を放つ白木材が絶妙に組み合わされ、どこを見ても洗練されている。
天井には黄金に輝くシャンデリアが吊るされ、床にはしわひとつない深紅のカーペットが敷かれていた。
俺たちは長い一直線の廊下を進みながら、思わず息を呑んだ。
「ふぅ……長ぇなぁ……。」
ルミエラがぼやく。
「貴族の屋敷って、どうしてこう無駄に廊下が長いのかね……。」
彼女の言葉に、俺も内心同意した。
確かに、以前訪れたノワラの王城や、カリーナの屋敷も同じだった。
「まぁ、格式を重んじるってことなんでしょうね。」
俺は極めて無反応を貫きつつ、黙々と歩を進める。
しかし、ルミエラは不満げに続けた。
「格式ねぇ……実用性はゼロだろうに。」
俺たちが数分間も歩き続けた頃、ようやく目の前に大きな扉が現れた。
その扉は重厚な黒檀の木材で作られ、扉の中央には華麗な金細工が施されている。
まるで王城の一室かと錯覚するほどの立派な作りだ。
「ここがシルビア様の自室――兼、謁見の間だ。」
俺たちを案内していた門番が、扉を指さしながら説明した。
「自室と謁見の間が同じなんですか?」
俺は思わず疑問を口にする。
通常、領主が謁見を行うなら専用の応接室や公的な広間を用意するものだ。
なのに、どうして私室と兼用しているのか?
俺の問いに、門番は振り返りながら、少し気まずそうに頭を掻いた。
「シルビア様は……自分に関することには極度のめんどくさがりなのだ。」
「えっ……めんどくさがり……?」
貴族なのに、そんなことがあるのか?
俺は眉をひそめた。
「本人曰く、『いちいち謁見の間に移動するのが面倒だから、私室で済ませたい』とのことだ。」
「えぇ……。」
ルミエラが呆れた声を漏らした。
貴族らしからぬ理由すぎる。
門番はため息をつきながら、扉を叩く。
「シルビア様、勇者カイル・ブラックウッド殿と、そのご一行をお連れしました。」
しばらく沈黙が続いた後――
「……ん……あぁ……はいはい……入っていいわよ……。」
気怠そうな声が、扉の向こうから聞こえてきた。
門番は俺たちに目線を送り、静かに頷く。
「どうぞ。」
俺たちは一呼吸置き、扉をゆっくりと押し開いた。
そこにいたのは、予想をはるかに超えた"領主"だった――




