192話 馬鹿な提案
カインの言葉に、俺も覚悟を決めた。
「なら、俺も手伝います。」
俺の言葉に、カインどころか、ルミエラも驚きの表情を浮かべる。
「は?」
カインは気の抜けた声を漏らし、ガクッと身体を落とす。
「それは……どういう意味だ?」
カインの質問に、俺は笑って答える。
「そのままの意味ですよ。ここに集まってくる子供たちに、俺も”生きる術”を教えます。」
カインは目を見開いたまま、しばらく俺を見つめた。
「カインさんをここに留まらせている理由が、子供たちの将来の心配なら……俺にもできることはあると思うんです。なんたって、俺は勇者ですからね!」
俺が言い切ると同時に、俺の後ろの扉が大きな音を立てて開いた。
「――!?」
驚いて振り返ると、そこには腰に小さな剣を携えた子供たちがいた。
「お兄さん勇者なのー!!?」
先頭に立っている活発そうな男の子がそう叫ぶと同時に、ドタドタと音を立てながら子供の大群が入ってきた。数にして20は超えているだろう。
「ねーねー!カイン!この人勇者なの!?」
数人の子供がカインに駆け寄って元気よく叫ぶ。
「あぁ……そうだよ。勇者さんだ。」
カインは、俺たちに向けていた敵意丸出しの目つきではなく、優しい目つきで子供たちの頭を撫でていた。
そして、少しだけ表情を引き締ませたと思うと、俺たちに向き直り、真剣な声で言った。
「少し……考えさせてくれ。」
カインの中で何かが揺らいでいることは明白だった。
俺とルミエラは顔を見合わせたあと、互いにカインを見て静かに頷いた。
――こうして、俺たちはカインの答えを待つことにした。
その後、カインに促され、俺たちは子供たちが剣の訓練をしている広場へと足を運んだ。
カインは先ほどの部屋に残り、俺がした提案について考えたいと言っていた。
――いい返事を期待しておこう。
そう思いながら、俺はルミエラと共に広場の様子を眺めた。
そこでは、10歳未満から俺と同い年くらいの子供たちが必死に木剣を振るっていた。
しかし、その姿は決して鍛錬と呼べるものではなかった。
服はボロボロで、明らかに栄養が足りていないような痩せ細った小さい身体。小さな腕で剣を振るものの、その動きには力がなく、何度もバランスを崩して尻もちをついてしまう。
(剣を教える以前に、まずはまともに食わせないと……。)
俺は無意識に拳を握りしめる。
カインはここで子供たちに剣を教え、彼らの生きる術を与えているのだろう。しかし、この現状を見る限り、本当にそれだけでいいのか――そんな疑問が俺の中に渦巻いた。
(ほかにできることはないのか……。)
考えを巡らせていると、隣からルミエラの声が聞こえた。
「なぁ、カイル君……さっきは一体どうしてあんなことを?」
「……あんなこと?」
俺が聞き返すと、ルミエラは広場で剣を振るう子供たちを指さした。
「あの子たちに”生きる術”を教えるって言ったよね?でも、あんたもあたしも剣なんて扱えないじゃん?」
「……まぁ、そうですね。だから――」
俺は自分の持っていた杖を軽く叩いて、ルミエラの疑問に答えた。
「――俺が教えるのは、剣術じゃありません。魔法ですよ。」
「はぁ!?」
ルミエラは驚きのあまり、思わず大声を上げた。
「魔法!?剣士の国で、魔法を教えようってのかい!?馬鹿じゃない、あんた!?」
「……まぁ、普通はそう思いますよね。」
俺は苦笑しながら答える。
「でも、俺は本気ですよ。」
ルミエラは呆れたように頭を抱えながら、ため息をついた。
「カイル君……剣士の国で”魔法”なんて教えようものなら、周囲からどう見られるか分かってんのかい?」
「分かってます。でも、俺は剣術だけが”生きる術”じゃないと思うんです。」
俺は子供たちを見つめながら続けた。
「もちろん、カインさんがしていることは尊いことです。でも、剣がすべてじゃない。魔法が使えれば、それだけで生きる道が増える。戦う以外にも、魔法を活かせる職業はたくさんあるんです。」
俺の言葉に、ルミエラはしばらく沈黙していたが、やがて諦めたように肩をすくめた。
「……はぁ。カイル君がそこまで言うなら、もう止めないよ。でも、覚悟しなよ?この国で魔法を教えるってことは、それなりに反感も買うってことだからね。」
「覚悟の上です。」
俺はそう言って、杖をしっかりと握りしめた。
この国では、魔法使いは少数派だ。
だが、それでも――
俺は、この子たちに魔法を教えたいと思う。
剣だけが、強くなる道じゃない。魔法だって、立派な”生きる術”なのだから――。
―――。
太陽が頭上高く昇り、日差しが照りつける頃、学園の奥からカインが姿を現した。
「カインさん!」
俺が呼ぶと、カインに気づいた子供たちが一斉に彼へと駆け寄っていく。
「カインー!おれ、腹減った!」
「私もー!」
「ウチも減ったー!」
思い思いにカインへ言葉を投げかける子供たち。その様子を見ながら、俺はなんとも微笑ましい光景だと感じていた。だが、ふとカインの顔を見た瞬間、その雰囲気が変わったことに気づく。
(……どうしたんだ?)
子供たちに囲まれながらも、カインの表情は沈んでいた。彼の顔はどこか申し訳なさそうで、罪悪感を滲ませていた。
そして、彼は静かに子供たちに言った。
「ごめんな……今日もお金がなくて……ご飯はあげられないんだ……。」
カインの言葉に、子供たちが一斉に不満を叫ぶ。
「えー!もう何日も食べてないよー!」
「お家でもご飯出ないのにー!」
無邪気な子供たちの声。それはカインの心に鋭く突き刺さるナイフのようだった。
「ごめんなぁ……。俺がもっと金を稼ぎに行けたら……。」
カインは歯を食いしばり、悔しさを滲ませた表情で拳を握る。
俺は思わず問いかけた。
「カインさんって、前は騎士団にいたんですよね?」
俺の問いに、カインは少しの間を置き、低く答えた。
「あぁ……そうだ。」
「騎士団に入れるくらいの実力があるなら、冒険者ギルドで依頼をこなせば、十分お金は手に入るんじゃ……?」
俺の疑問に、カインは深く息を吐き、静かに答えた。
「……それが、できないんだ。」
「どうしてです?」
「俺がここを離れると、すぐに”あいつら”が現れるんだ。」
「あいつら……?」
「この学園の土地を狙ってる連中だ。」
カインは憤るように拳を握りしめた。
「半年前に親父が亡くなってから、土地の権利が俺に移ったんだが、それを知った連中が次々とやってきた。買い取らせろだのここを潰して新しい施設を建てるだのと言って勝手に建物を壊そうとしたりな……。」
俺はその話を聞いて眉をひそめる。
「……つまり、ここを守るために、騎士団を辞めてここに残ったってことですか?」
「そうだ。」
カインは歯を食いしばり、苦々しい表情を浮かべながら続ける。
「騎士団にいた頃に貯めていた貯金も、最近底をついてな……もう、子供たちに食べさせる金すら残っていない。」
その言葉を聞いた瞬間、俺は無意識のうちに懐へ手を伸ばし、財布を取り出そうとした。
しかし――
寸前でルミエラに腕を掴まれた。
「――ッ!?」
俺は驚いてルミエラを睨む。しかし、ルミエラは冷静な表情のまま静かに言った。
「……ダメだよ、カイル君。」
「なんでですか!?俺たちにはお金があるんです!少しでも子供たちのためになるなら――!」
「違うんだよ。」
ルミエラは俺の目をまっすぐに見つめ、ゆっくりと頭を横に振った。
「今、あんたが金を出したところで、現状は何も変わらない。ただ一時的に、甘い蜜を吸えるだけさ。」
「っ……!」
ルミエラの言葉に、俺は思わず手を止めた。
「カイル君のお金で今日のご飯はなんとかなるかもしれない。でも、明日は?明後日は?その先は? あんたがここを離れた後、この子たちはまた空腹に耐えないといけないんだよ?」
俺は言葉を失った。
ルミエラは静かに続ける。
「本当にこの子たちを救いたいなら……ただ”金を渡す”だけじゃダメなんだよ。」
俺は財布を握る手をそっと離した。
「……そう……ですね。」
俺は深く息を吐き、再びカインに向き直る。
「カインさん……少し時間をください。俺たちが、ここを”守る”手段を考えます。」
カインは俺の言葉を聞いて、しばらく考え込んだあと、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。それに、俺もまだ君の提案に迷っているんだ。」
その言葉を聞いて、俺は心の中で決意する。
――この学園を、俺たちが守る方法を見つける。
ただ金を渡すのではなく、子供たちが未来を生きていけるように。
そして、それがカインをこの場に縛る鎖を断ち切ることにつながるなら――俺は、全力でそれを探し出す。




