191話 己の戦場
「ここが剣士……学園?」
カイン・ストラウスがいるという学園に足を運んだ俺たちだったが、実際にたどり着いた場所を目にして、思わず言葉を失った。
そこには、学園とは名ばかりの荒れ果てた建物が存在していた。
俺たちの目の前に広がるのは、まるで長年放置された廃墟のような光景だった。
生い茂る蔦や雑草、ところどころに亀裂の入った壁、朽ち果てた木々。
さらに、周囲には人の気配がほとんど感じられない。
学園にしては妙に静かで、まるで時間が止まってしまったかのような錯覚すら覚える。
「本当にこの学園にカインさんがいるんですか?」
俺が独り言のように呟くと、隣にいたルミエラが目をつむり、考え込むように唸りをあげた。
「うーん……奥の方に何人かいるみたいだね。魔力を感じるよ。ただ、どいつも弱いけどね。」
「え?」
俺は驚いた。
「ルミエラさんって、魔力感知使えたんですか!?」
俺の問いに、ルミエラは呆れたように肩をすくめた。
「何言ってんだい……今まであんたの体内の結界魔法の様子を見てきてやったのは誰だか忘れたのかい?」
「……あ。」
そうか。今までルミエラが俺の魔力の状態を確認してくれていたのは、魔力感知の技術を使っていたからなのか。
「いやいや、もうちょっと気づこうよ、カイル君……。」
ルミエラが深いため息をつく。
「まぁいいさ。とにかく、中に入ってみようか。」
「そうですね。」
俺たちは気を引き締めながら、廃墟のような学園の門をくぐる。
門は半分崩れかけていて、錆びついた鉄の装飾がかろうじてその原型を留めていた。
校庭らしき場所に足を踏み入れると、そこには倒れたまま放置された訓練用の木人や、壊れた剣の残骸が転がっている。
「これは……想像以上にひどいね。」
ルミエラが眉をひそめる。
確かに、これでは学園というよりも、戦場の跡のようだ。
かつてこの場所で、多くの剣士たちが鍛錬を積んでいたのだろう。だが、今は見る影もない。
「カイル君、気をつけなよ。この奥から魔力を感じるってことは、何かあるかもしれない。」
ルミエラの忠告を受け、俺は改めて気を引き締めた。
「分かりました。行きましょう。」
俺たちは慎重に学園の奥へと進んだ。
廊下に入ると、壁には古い血痕のような跡が残っている。
そして、進むにつれて空気が重くなっていくのを感じた。
「……おかしいね。まるで、何かに見られてるみたいだ。」
ルミエラが警戒するように呟く。
俺もそれを感じていた。
まるで、俺たちの足音に合わせるように、誰かの視線が後ろをついてくるような……そんな不気味な感覚。
そして――
「誰だ……?」
突然、奥の暗闇から低い声が響いた。
俺とルミエラは足を止め、声の主を探す。
すると、暗闇の中から、ひとりの男がゆっくりと姿を現した。
「……カイン・ストラウスさんですか?」
俺がそう問いかけると、男はしばらく俺を値踏みするように見つめた後、静かに剣を抜いた。
「――まずは、不法侵入した理由をお聞かせ願おうか……」
カインの鋭い視線が俺を射抜く。
彼の手に握られた剣は、まるで迷いなく俺の喉元へと突きつけられた。
空気が張り詰める。
剣士特有の殺気が漂い、ルミエラがすぐさま魔力を杖に集中させるのが分かった。
(まずい……下手すれば戦闘になる……!)
慌てて両手を上げ、俺は言葉を紡ぐ。
「か、勝手に入ってしまったことはすみません! でも、俺たちはカインさんに話があって来たんです!」
その言葉に、カインの剣先がわずかに下がる。
しかし、彼の険しい表情は変わらない。
「……土地の売却なら、しないと言ったはずだ。帰れ。」
「え?」
土地の売却? 何の話だ?
俺たちが困惑していると、カインはさらに警戒心を強め、剣を構え直した。
「お前たちも、”あいつ”の使者なんだろう? なら、俺の答えは変わらない。ここを売るつもりはない。」
(完全に勘違いされてる!?)
「い、いえ! 俺たちは土地の売却なんか知りません!」
俺が慌てて弁明しようとすると、カインは冷たく言い放った。
「なら、その証拠を出せ。」
「証拠?」
「そうだ。本当に使者でないなら、その証拠を見せろ。」
カインの剣からは、明確な殺意が感じられる。
(……どうする? 何か証明できるもの……)
必死に考えを巡らせ、俺はローブの裾に目を向けた。
「これ! これを見てください!」
俺は自分のローブに刺繍されたノワラ国の国章をカインに見せた。
「俺たちはノワラ国から来ました! 国外から来た俺たちが、国外の土地を欲しがると思いますか!?」
その言葉に、カインの剣先が再び下がる。
鋭い眼差しで俺の国章を確認すると、しばしの沈黙の後――
「……ふぅ。」
カインはゆっくりと剣を鞘に戻した。
「まぁいい。あいつの差し金でないなら、客人だ。……入れ。」
そう言って、ようやく俺たちを迎え入れてくれた。
案内されたのは、簡素な造りの客間だった。
傷のついた机、古びた椅子、そして壁には剣の試し斬りでもしたような痕跡が残っている。
(……やっぱり、ここは学園というより剣の修練場のような……?)
そんなことを考えていると、カインが椅子に座り、静かにお茶を出してくれた。
「それで――さっき言っていた ”重大な話”とは?」
カインの問いに、俺は喉を潤し、落ち着いた声で話し始める。
「……実は、これは部外秘の情報なのですが――」
俺はカインにすべてを説明した。
俺がノワラ国で魔王を倒した勇者であること。
そして、俺を狙う新たな脅威が迫っていること。
さらに、ノワラの 王女の未来視によると、俺と共にその脅威と対峙する 3人の剣士がいる ということ。
――そのうちの一人が カインである可能性が高い こと。
説明を聞いている間、カインはじっと黙っていた。
「――という訳で、カインさんには俺たちの旅にぜひ着いてきてほしいんです。」
俺の話がすべて終わると、カインは静かに息を吐き――
「――すまないが、断る。」
そう、きっぱりと断った。
俺は驚きはしなかった。当然だ。
急にこんな話をされて、「ぜひ! 連れてってくれ!」なんて言うやつはいないだろう。
むしろ、ここからが本番だ。
「……そうですか。」
俺は静かに頷いた。
ルミエラはすぐに反論しそうになったが、俺が手で制する。
まずは、カインがなぜ同行を拒むのか、その理由を聞かなければならない。
「理由を聞かせてもらえますか?」
俺がそう問うと、カインはしばらく黙り込んだ。
まるで言葉を選ぶように、慎重に。
やがて、彼は低く、重い声で答えた。
「……俺は今、ここで剣を教えている。」
その第一声に、俺は驚いた。
「……教えている?」
誰に……?
「ああ。」
カインはゆっくりと頷いた。
「君はここを”学園”と呼んでいるが、実態は違う。貧しくて、学園の授業料や教科書代を払えない――そんな子供たちを集めて、俺が剣を教え、時には食べさせている。」
俺は思わず周囲を見回した。
今までこの学園に違和感を抱いていたが、ようやく理由が分かった。
古びた建物、剥がれかけた壁、倒れた木々。
それらは、貧しい環境の中でなんとか学園の体裁を保っている証だったのだ。
(だから……こんなにも荒んでいたのか……)
ルミエラも気づいたのか、腕を組みながらつぶやく。
「なるほどね……学園って言うから、てっきり普通の学校かと思ったけど……」
カインは淡々と続ける。
「ここにいる子供たちは戦う術を持たない。学ぶ場を与えられず、貧困の中で生きるだけの日々を送っていた。だが、俺は剣を教えられる。剣があれば、”道”を拓ける者もいる。」
俺はカインの言葉を聞きながら、静かに息を飲んだ。
(この人……ただの剣士じゃない。)
カインは静かに目を伏せ、低い声で続けた。
「この土地は、俺の祖父の代から受け継がれてきた場所だ。先々代の頃から、貧しくて学園に通えない子供たちを集め、剣を教える場として存在していた。今は俺がその意志を継ぎ、こうして細々と続けている。」
カインの言葉には、どこか誇りのようなものが感じられた。しかし、すぐに彼の表情は曇る。
「だが……ここで剣を教えたせいで、命を落とした者もいる。」
俺は思わず息をのんだ。
「命を落とした……?」
カインは拳を握りしめながら、静かに語り始めた。
「ここを出て、冒険者になった者もいる。傭兵になった者もいる。騎士を志した者もいる。皆、それぞれの夢を持ち、剣の道を進んでいった。だが、その中には――」
カインは一瞬、言葉を詰まらせた。そして、悔しそうに続ける。
「戦場で命を落とした者もいた。魔物や魔獣に襲われ、帰らなかった者もいた。力を求めすぎ、”間違った道”に進んでしまった者もいた……」
カインの瞳には、深い後悔が滲んでいた。
「俺が、俺たちがもっと”剣の意味”を教えてやれていたら……彼らは違う道を選べたかもしれない。命を落とさずに済んだかもしれない……。」
俺は何も言えなかった。ただ、その言葉の重みを受け止めることしかできなかった。
カインは苦笑いしながら言う。
「だから、もう俺は剣を教えるのをやめようとも思ったんだ。だが、それでも剣を求めてここに来る子供たちは後を絶たない。」
カインは俺を見据え、はっきりとした声で言い切った。
「俺はもう、誰も死なせたくない。だから、ここを離れるわけにはいかない。」
その言葉には、迷いのない決意が込められていた。
俺はようやく理解した。
カインは自分の教え子たちを守るために、ここにいる。彼にとって、この学園こそが戦場であり、彼の戦うべき場所なのだ。
「そういうことだ。だから、俺は君たちの誘いには乗れない。」
カインは静かに言った。
俺はしばらく黙ったまま、カインの言葉を噛みしめる。そして――
「……分かりました。」
――俺も覚悟を決めた。




