187話 決意の旅立ち
どこからか、5つの影が迫っている。
俺は一刻も早く国を出る必要があった。
王城では兵士たちが慌ただしく馬車の準備を進めているが、その間にやるべきことがあった。
ノアたちに、この国を離れることを伝えなければならない。
――俺は学園を訪れた。
ノアたちはまだ授業中だったが、俺の後ろに控えている数人の兵士たちを見て、担任のフリークスがすぐに状況を察した。
「……なるほどな。」
フリークスは短く息を吐き、俺をまっすぐに見据えた。
「お前がこんな形で戻ってくるなんてな……まぁいい。こいつらを連れて行け。」
「ありがとうございます。フリークス先生。」
俺は深く頭を下げた。
「別にいいさ。でも、ブラックウッド……お前、本当に勇者になっちまったんだな。」
フリークスは苦笑しながらそう言った。
昔と変わらない、その気の抜けた様子に少し安心する。
しかし、俺が今やるべきことは、ノアたちとの最後の時間を過ごすことだった。
学園の校舎を出て、俺はノアたちを噴水のある広場へと連れ出した。
「カイル……? 一体どうしたの? それに、あの兵士たちは……」
ノアが不安そうな表情で俺を見上げる。
フェンリも、ライガたちも、真剣な面持ちで俺の言葉を待っている。
フィーニャだけは眠そうにぼーっとしていたが……まぁ、それはいつものことだ。
俺は一度深く息を吸い込み、決意を込めて言った。
「――俺、今から国を出ることにしました。」
その瞬間、全員が固まった。
「……え?」
ノアが、困惑したように眉を寄せる。
「どういうことだよ、カイル……!?」
ライガが一歩前に出て、俺を睨むように問い詰めた。
「まだ戻ってきたばっかじゃんか!?なんでそんなに急いでんだよ!」
ジャンガも驚きの声を上げる。
「カイル……なぜですか?」
フェンリが静かに尋ねる。
俺は皆の顔を見渡し、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……この国に、災厄が訪れる。未来視を持つエレーナ王女の予知によれば、”5つの黒い影”がこの国を襲う。だけど、その狙いは俺なんです。」
「……!」
「俺がノワラにいる限り、ここが戦場になる。俺が国を出れば、戦いは避けられるんです。」
静寂が広がる。
やがて、ノアが震える声で言った。
「カイル……本気で言ってるの?」
「うん。」
俺は迷いなく頷いた。
「俺がここにいると、皆も巻き込まれるかもしれない。それだけは嫌だ。だから、俺は行く。」
「――――」
ノアはぎゅっと拳を握り、唇を噛みしめる。
「そんなの……そんなのって……!」
フェンリも目を伏せ、ライガは悔しそうに拳を握りしめた。
「それなら、俺たちも行く!!」
ライガが声を荒げた。
「カイル、お前ひとりで行かせるわけねぇだろ!!」
「そうだよ!! こんなの、おかしい!!!」
ジャンガも同意する。
「僕たちは、カイルを助けるために戦うよ。」
フェンリも力強く言った。
「ノア、お前も……そう思うよな!?」
ライガがノアの肩を掴む。
だが――
「……だめだよ。」
ノアは小さく呟いた。
「え……?」
ライガが目を丸くする。
「カイルが決めたなら……それが一番なんだよ。カイルは……私たちが危険な目に遭わないように……だから……。」
ノアは涙を浮かべながらも、無理に笑顔を作った。
「カイルが旅に出るなら……私たちは信じて待ってる。」
「ノア……」
「いつかまた、必ず戻ってきてね。それで今度は……絶対にどこにも行かないで……。」
俺はノアの瞳を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「約束する。」
――こうして、俺はノアたちと別れを告げ、旅立つ決意を固めた。
ノアたちと別れた後、俺はすぐに王城に戻ろうとしていたが、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこには俺に駆け寄ってくるエリスと、彼女を追いかけるルークの姿があった。
「カイル君……!何かあったの!?」
目の前で息を切らしながらも、エリスは俺に問いかける。
俺はノアたちに話したことをエリスとルークにも話した。
「え……?そんな、それじゃあもう行っちゃうの?」
エリスが残念そうな表情をする。
ルークは、大きな丸眼鏡をくいっと上げ俺を見る。
「強いんですか?その……黒い影って言うのは。」
ルークの質問に俺は首を横に振る。
「分からない……でも、俺が倒さなくちゃいけないような気がする。だから、俺は行く。」
俺の言葉に、ルークは頷き、エリスも顔を上げる。
「分かった!カイル君が居なくても、私たちは訓練を続ける!魔王を倒すために……!」
エリスは拳を握り、続けた。
「だから、カイル君も頑張って!」
「はい。」
俺は笑顔で答えた。
そして、最後に二人の手を取り、しっかりと伝えた。
「二人なら、いずれ魔王を倒せるまでに強くなれる。俺はそう信じてます。だから、君たちも自分を信じてください。」
俺の言葉に、二人の手が震えるのが分かった。
だが、これは恐れからくる震ええではないことが直ぐに分かった。
二人の表情は、すでに覚悟を決めていたから――。
―――。
皆との別れを終え、俺は王城へと戻ってきた。
城門前には、すでに立派な馬車が待機している。
俺の旅支度は万全に整えられていた。
馬車のそばには国王たち、ルミエラとアルマ、そして俺の旅を見送るために集まった兵士たちの姿があった。
その誰もが、俺を心配そうに見つめていた。
俺が近づくと、国王が静かに口を開く。
「カイル殿……ご友人たちとの別れは、済まされましたかな?」
「はい。」
俺は短く答えた。
国王は一度深く頷き、馬車を見据えながら続ける。
「馬車の中には、旅路に必要なものを一通り揃えてある。地図、1か月分の保存食と水、替えの衣類や杖。さらに、もしもの時のためのポーションや魔具の数々も積んでおいた。」
そこまで聞いて、俺は改めてこの国の手厚い支援に驚かされる。
「……ありがとうございます。」
俺が感謝を述べると、国王は一瞬だけ目を伏せ、少し寂しげな表情を見せた。
「……こんな形での出立になってしまい、申し訳ない。本来ならば、もっと華やかに、盛大に送り出すべきなのだが……」
「いえ、そんなことは……むしろ、俺のせいで皆さんを巻き込んでしまって……」
そう言いかけた俺を制するように、国王は静かに微笑んだ。
「どこまで行っても、カイル殿は謙虚ですな。」
国王は、俺の肩に手を置き、力強く語る。
「では、必ずまた戻ってきてくれ……カイル殿なら、5つの影など、いとも容易く倒してしまうのであろう?」
冗談めいた口調だったが、その瞳には俺への信頼が宿っていた。
「……簡単じゃないと思いますよ。」
俺は少しだけ苦笑しながら返した。
「ですが、必ず戻ります。そして、その時は――またここで皆さんと笑い合いたい。」
俺の言葉に、国王は満足げに頷いた。
「うむ。待っておるぞ。」
その時、エレーナ王女が一歩前に出た。
彼女は俺の目を真剣に見つめると、静かに言った。
「カイルさん……どうか、お気をつけて。未来視で見えたことは変えられる可能性もあります。でも、危険であることには変わりありません。」
「……はい。」
エレーナ王女の未来視は確実ではない。
だが、それでも俺を狙う”5つの黒い影”が何者なのか、それを知るためにも旅に出る必要があった。
すると、エレーナ王女は躊躇いながらも、そっと小さな袋を差し出した。
「……これを持って行ってください。」
受け取って中を覗くと、中には小さな青い水晶が入っていた。
「これは?」
「私が作った……お守りです。」
エレーナ王女は少し恥ずかしそうに言葉を続ける。
「……絶対に戻ってきてくださいね。」
俺は少し驚いたがすぐに持ち直し、エレーナ王女に感謝を伝えた。
「ありがとうございます……大切にします。」
俺は丁寧に袋をしまい、エレーナ王女に微笑んだ。
彼女は少し顔を赤らめながら、小さく頷いた。
次に王妃イザベルが近づき、優しく俺の手を握った。
「カイル殿、どうかご無事で。」
その言葉に、俺は深く頷く。
「はい。」
最後にアルマが近づき、俺とルミエラを交互に見る。
その瞳は潤んでいた。
「二人とも……気を付けて。私はここに残るけど、二人の無事を祈ってる。」
「アルマさん……ありが――」
俺が感謝を言いかけた時、ルミエラがアルマを抱きかかえた。
「ちょ…!」
アルマは驚いたような声を上げたが、その表情は優しく、そしてルミエラの頭を撫でた。
しばらくして、ルミエラはアルマを離し、頬を赤く染めて気まずそうに目を反らす。
「まぁ…?あたしが居なくても、アルマが泣かないように念を押してあげただけだし。」
ルミエラのその無理のある言い訳に、その場の全員が微笑んだ。
そして、ルミエラは振り返り、腕を組んでニヤリと笑った。
「さて、それじゃあ行こうか。カイル君!」
「ええ、行きましょう。」
俺は最後にもう一度、国王たちへと目を向けた。
「皆さん、本当にありがとうございました。」
そう言って、俺は馬車に乗り込む。
ルミエラも続き、馬を軽く叩いた。
馬車が動き出す。
国王、王妃、エレーナ王女、そして兵士たちが手を振る。
俺は馬車の窓からそれを見つめ、静かに心の中で誓った。
(俺は必ず戻る。……この国のために。みんなを守るために……。)
こうして、俺たちの新たな旅が始まった――。
第6章 日常編 -終-




