186話 アルマの選択
「5つの影の狙いは……カイルさん、あなたなのです!」
「――なっ!?」
まるで時間が止まったかのように、謁見の間に重苦しい沈黙が落ちた。
俺は何か言葉を返そうとしたが、喉が詰まって声が出なかった。
「カイル君が……狙われてる?」
ルミエラが驚きの表情を浮かべる。
国王ディレオスも険しい顔つきになり、ゆっくりと口を開いた。
「……エレーナ、その未来視に何か具体的な情報はあったのか? “5つの黒い影”の正体や、どのようにカイル殿を狙っているのか……」
エレーナ王女は一度目を閉じ、深く息を吸い込むと、決意したように頷いた。
「私は、未来視で“様々な可能性の未来”を視ました……!」
「様々な可能性……。」
俺は眉をひそめながら、彼女の言葉を待つ。
「はい。私は、カイルさんがこのまま国を出たときの未来と、5つの影と戦うために国に残ったときの未来を視たのです。」
「それで……結果は?」
ルミエラがゴクリと息を飲み、慎重に問いかける。
エレーナ王女は、唇を噛み締めながら続けた。
「カイルさんがこのままノワラに留まると、必ずこの国は5つの影に落とされます。しかし――カイルさんがノワラを離れると、ノワラに脅威は訪れないのです。」
俺は混乱しながらも問い返した。
「つまり、俺がノワラにいると、5つの影はこの国を襲い、ノワラは壊滅する。でも、俺がこの国を離れると、影はノワラを襲わない……そういうことですか?」
エレーナ王女は静かに頷く。
「はい……未来視は必ずしも絶対ではありませんが、今の時点では、その未来がもっとも可能性が高いのです。」
「……。」
俺は言葉を失った。
自分がこの国に留まることで、ノワラを破滅へ導いてしまう?
そんな馬鹿な話があるか?
だが、エレーナ王女の未来視はこれまで幾度となく王国を救ってきたと聞いている。彼女がここまで動揺している以上、無視するわけにはいかない。
ルミエラが腕を組みながら、険しい表情で言う。
「ってことは……5つの影は最初からカイル君を狙っているってことだよね?」
「……そう考えるのが妥当でしょう。」
エレーナ王女は静かに頷いた。
その瞬間、俺の脳裏に一つの疑問が浮かぶ。
なぜ、俺が狙われる?
魔王を倒したから?
勇者だから?
それとも――
考えが堂々巡りしそうになったとき、アルマが静かに口を開いた。
「可能性の一つとして、“魔王を討った者”が新たな脅威と見なされた、ということはないかしら?」
俺はアルマの言葉を噛みしめる。
「……俺がヴァルグ・アシュヴァルを倒したことで、何かのバランスが崩れたってことですか?」
「それが何なのかは分からない。でも、あの魔王の力は絶大だった。そんな存在にとどめを刺したあなたが、何か――いえ、誰かにとって目障りな存在になった可能性は高いわ。」
アルマの分析に、王妃イザベルが静かに言葉を重ねる。
「もしその推測が正しければ、カイル殿の身はさらに危険なものになりますね……。」
王妃イザベルの言葉が静かに響き、謁見の間の空気が一段と重くなる。
俺は思考を巡らせた。
俺のせいで、この国が危険にさらされる。
俺のせいで、また友人たちが危険な目に遭う。
せっかく取り戻したノアたちの平穏を、俺が崩壊させてしまうっていうのか?
そんなこと、絶対に許されない。
もう二度と、大切な仲間を失いたくない。
俺は拳を強く握りしめ、意を決して国王に向き直る。
「俺が国を出ることで、ノアたちの平穏が守られるなら……俺は喜んで国を出ます。」
その場にいた全員が息をのむ。
「ディレオス王、一刻も早く旅の支度を――」
しかし、俺の言葉が終わるよりも早く、鋭い声が響いた。
「カイルさん……!?ダメです!それだけは!」
エレーナ王女が叫ぶように言う。
だが、俺は冷静に返した。
「王女、俺がノワラを離れることで、この国が助かるんですよね?」
エレーナ王女は唇を噛みしめ、視線を伏せた。
「……それは、確かに未来視ではそう見えました。でも……!」
「なら、もう答えは出てるじゃないですか。」
俺は静かに言う。
「俺がこの国を離れれば、ノアたちは平穏に暮らせる。ライガやジャンガ、フェンリ、フィーニャ……みんな、大切な仲間なんです。」
その言葉に、ルミエラが俺の肩を強く叩いた。
「ちょっと待ってよカイル君!あんた、まさか一人で責任を負うつもりか?」
エレーナ王女も焦ったように続ける。
「確かに、あなたがノワラにいなければ、”影”はこの国を襲わないかもしれません。でも……!カイルさんが狙われる未来は変わらないんです!むしろ、国を離れたことで、あなたは守られなくなるんですよ!?」
その言葉に、俺は少し沈黙した。
確かに、そうだ。
俺が国を離れた瞬間、味方も支援もない状況で、未知の敵に狙われることになる。
「……それでも、俺は行きます。」
俺は静かに言い切った。
「俺には、俺のやるべきことがある。この世界で最強になる……それが俺の目標です。」
「でも……!」
「エレーナ王女、あなたは未来視を信じますか?」
俺の言葉に、エレーナ王女はピタリと動きを止めた。
「……え?」
「あなたは未来視で”俺が国を離れればノワラは助かる”と言いましたよね。でも、”俺が旅立つことで俺がどうなるのか”そのことを言っていませんでした。」
エレーナ王女の表情が苦しく歪む。
「俺の未来は決まっていない。そうでしょう?未来視はあくまで”可能性”の一つ。ならば、俺は自分の手で生き抜いてみせます。」
王妃イザベルが静かに口を開いた。
「……カイル殿、あなたの意志は固いのですね。」
「はい。」
俺は迷いなく答えた。
すると、ディレオス王が静かに目を閉じ、そして重々しく頷いた。
「……よかろう。そなたの決断を尊重しよう。」
その言葉に、謁見の間の空気が少しだけ変わる。
「カイル殿、そなたが旅立つことが、この国にとっても最善の道であるならば、我らもそれを支援するのみ。」
ディレオス王が、側近に目配せをすると、すぐに兵士が動き出した。
「そなたの旅の準備を万全に整えよう。最上級の装備、食料、旅の資金……必要なものはすでに用意してある。」
「ありがとうございます。」
俺は深く頭を下げた。
「そして……」
ディレオス王はルミエラとアルマに目を向ける。
「ルミエラ殿、アルマ殿。そなたらはどうする?」
ルミエラはニヤリと笑い、俺の肩に肘を置いた。
「決まってるでしょ、カイル君。あたしは行くよ!カイル君の旅には絶対にトラブルがつきものだからね!」
「え、いや……?」
「それに、カイル君は人の世話を焼くのが苦手だろ? あたしがいないと、死ぬんじゃないの?」
ルミエラの言葉に、少し怒りを覚える。
「そんなことは……。」
「あるね!」
ルミエラが即答する。
……だが、言い返せないのが悔しい。
「わ、分かりました……。」
そして、アルマが静かに口を開いた。
「私も、行くわ。」
俺は驚いた。
「アルマさんも?」
「ええ。私がここに残ったところで、この国のためにできることは限られている。でも――」
アルマが言いかけた言葉を、ルミエラが静かに遮った。
「アルマ。あんた、ここに残りたいんじゃなかったか?」
ルミエラの言葉に、アルマの表情がわずかに揺らぐ。
「ちょ、ルミエラ!?何を言っているの?」
戸惑うアルマに対し、ルミエラはじっと見つめながら言葉を続けた。
「あんた、この街にいると落ち着くって言ってたよな。故郷を思い出すって。」
アルマがはっと息をのむ。
「あたしは……あのときのアルマの表情が忘れられないよ。」
ルミエラは少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。
「折角、きちんと休める居場所を見つけたアルマを、戦地へなんて送りたくない。」
「でも……」
アルマは言葉に詰まる。
「でも、私は……!」
「アルマさん。」
俺はそっと口を挟んだ。アルマがこちらを向く。
「無理しないでください。俺もルミエラさんの言うことはもっともだと思います。」
アルマは何かを言おうとしたが、口を閉じ、俯いた。
「確かに……この街にいると落ち着くわ。戦場にいるときのような緊張もないし、未来のことを考えても、ここでなら普通の生活が送れるって……そう思ってた。」
アルマは小さく笑い、少し寂しそうに続けた。
「でも、私は……あなたたちがどこかへ行ってしまうのが、怖いのよ。」
「アルマ……」
アルマはゆっくりと拳を握りしめ、決意を込めた瞳で俺たちを見つめていた。
「私はルミエラみたいに強くもないし、勇者でもない。ただの魔法使いよ。でも、それでも――私にできることがあるなら、私も……。」
彼女の声は震えてはいなかった。
迷いを振り払うように、はっきりとした口調でそう言った。
俺はしばし黙っていた。
アルマは確かに戦うことを生業としているわけではない。
けれど、知識と経験、そして何より俺たちを支えようとする強い意志を持っている。
俺が考えを巡らせていると、ルミエラがアルマの前に立った。
そして、彼女の肩をポンと軽く叩く。
「アルマ、本当にそれでいいのかい?」
「え?」
アルマは目を瞬かせた。
「あんた、今めちゃくちゃ無理してる顔してるよ。」
「そ、そんなこと――」
「いいや、あるね。」
ルミエラはバッサリと断言した。
「カイル君と一緒に旅をしたいって気持ちは分かるよ。でもね、あたしには分かるんだ。アルマ、あんた本当はここに残りたいんじゃないの?」
アルマの表情が一瞬だけ強張る。
「……そんなこと、ない。」
「嘘つくなって。」
ルミエラはニッと笑いながら続ける。
「ここで過ごした数日間、あんた本当に楽しそうだったよ。この街が好きになったんじゃないのかい?」
アルマは口を開こうとしたが、言葉が出なかった。
その沈黙が何よりの答えだった。
「ここでなら、あんたの知識を活かせるんじゃないの?この国はまだまだ魔法の研究が発展途上だろ? あんたの力を求めてる人たちはたくさんいるよ。」
「でも……あなたたちが危険な目に遭うかもしれないのよ?」
「だからって、アルマが無理してついて行くのが正しいとは限らない。あたしがいるんだから、カイル君の面倒は任せな!」
ルミエラは堂々と胸を張った。
「アルマはさ、もっと自分の気持ちを大事にしなよ。」
アルマは目を伏せ、唇を噛んだ。
しばらくの沈黙のあと、彼女はふっと息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。
「……分かったわ。私……ノワラに残る。」
アルマの瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
「この国で……私にできることを探してみる。」
「うん!それでこそアルマだ!」
ルミエラが満足そうに頷く。
俺もアルマの決断を尊重することにした。
「アルマさん……分かりました。俺も、安心して旅に出られます。」
「ええ。カイルは、無茶しないでね。」
「それは保証できません。」
「もう……。」
アルマは呆れながらも、どこか安心した表情を浮かべていた。
こうして、アルマはノワラに残る決断をした。




