184話 大人
あの後、両親と話を続ける中で、これからどうするのかという話になった。
俺は正直に言った。
自分の夢のこと――もっと強くなりたいということ。
そのために、また旅に出たいということ。
そして、どうか止めないでほしいということを。
俺の話を聞き終えると、母親は怒りを露わにし、手を握り締めながら叫んだ。
「カイル!今までどれだけ危険な目にあったと思ってるの!?また旅に出るだなんて……そんなの、母さん許しません!」
予想していた反応だった。
母親が俺を心配してくれているのは痛いほど分かる。
けれど、俺はもう決めたんだ。
「母上……俺は――」
俺が言葉を続けようとしたその時、父親が静かに口を開いた。
「……いいんじゃないか。カイルの好きにさせれば。」
「あなた!?」
母親は驚いたように父の顔を見上げる。
「カイルはもう子供じゃない。自分の意思で歩みたい道を選ぶのなら、それを止めるのは親の役目じゃないだろう。」
父親はそう言うと、俺の肩に手を置いた。
「お前の覚悟は……本物なんだろう?」
「……はい。俺は、この世界で一番強くなりたい。そのために、もっと広い世界を知り、もっと多くの経験を積みたいんです。」
俺の言葉に、父親は満足そうに頷いた。
「だったら、行け。だが、ひとつだけ約束しろ。絶対に――生きて帰ってくると。」
「……はい、誓います。絶対に生きて帰ります。」
そう誓った俺を、母親はまだ不安そうに見つめていたが、やがてゆっくりと息を吐き、観念したように頷いた。
「……分かったわ。でも、約束だからね。絶対に、絶対に無事に帰ってくるのよ……?」
「分かってるよ、母上。俺はまだ、やりたいことがたくさんあるんだから。」
俺はそう言って笑った。
まさか、父親があっさり許可を出してくれるとは思わなかった。
俺の覚悟を汲み取ってくれたのか、それとも何か他の考えがあったのか……。
今は聞く雰囲気じゃなかったので、旅に出る直前にでも改めて尋ねようと思う。
さて、久しぶりに両親と再会したおかげですっかり忘れていたが、今日は前から約束していた、エリスに魔法を教える日だ。
俺はふと時計代わりの魔具を確認する。
(やばっ……!もうこんな時間!?)
予定よりもだいぶ遅れてしまっている。
エリスに怒られるかもしれない。
俺は急いで街の出入り口まで両親を見送りに行くことにした。
両親はしばらく村に戻り、準備が整い次第、首都に引っ越す予定らしい。
「……また、会えるわよね?前みたいに突然居なくなったりしないわよね?」
名残惜しそうに俺を見つめる母に、俺は笑って見せる。
「えぇ、今回は突然居なくなったりしません!」
「……絶対よ?出発の時はちゃんと連絡してね?」
「分かりました。」
母親が最後にもう一度俺を抱きしめ、父親は軽く拳を俺の肩に当てた。
「じゃ、行ってくる。カイル。」
「はい……じゃあ、また。」
そうして、両親が馬車に乗り込み、ゆっくりと走り出す。
俺はその姿が見えなくなるまで見送り続け、しばらくの間、その場に立ち尽くしていた。
(……さぁて、俺も行かないとな。)
そうして俺は、足早にエリスと待ち合わせている場所へと向かった。
―――。
露店が並ぶ賑やかな通りを歩きながら、俺はふと足を止める。
(……そうだ、遅れたお詫びに、何か昼食でも買っていこう。)
適当に買うのもどうかと思いながら、目についた屋台に近づいた。そこには、こんがり焼かれたハンバーグや色鮮やかな野菜が、紙のパックに丁寧に詰められている。
(エリスの正確な年齢は分からないが……あのくらいの年頃の女の子なら、ハンバーグとか好きなんじゃないか?)
少し迷ったが、結局それを買うことにした。
金を払い、出来立ての温かいパックを片手に、俺は再び足を速める。
エリスの待つ場所――学園近くの広場へ向かって。
広場に着くと、すでにエリスと、もう一人の少年――前にエリスを授業に戻そうと促していたルークという少年が、模擬戦を始めているところだった。
俺は少し遠目から二人の戦いを観察する。
エリスの魔力制御は、流石秀才と呼ばれるだけあって、目を見張るものがあった。
魔法の軌道に一切のブレがなく、魔力が均等に行き届いている。まるで教科書に載っているような、模範的な魔法の使い方だった。
対してルークは……正直なところ、魔法の扱いはあまり得意ではなさそうだ。
発動が遅く、エリスの正確な魔法に比べるとどうしても見劣りしてしまう。
(まぁ、エリスと比べるのは酷かもしれないな……)
だが、一つだけルークの戦い方で目を引いたものがあった。
とにかく、魔力量がすごい。
エリスのように一発の精度で勝負するタイプではなく、連続して魔法を放ち、相手を圧倒するスタイルなのだろう。
今はエリスに押され気味だが、もっと技術を磨けば、大きく化ける可能性がある。
(……こうやって見ると、人の戦い方って面白いな。)
まるで専門家みたいなことをブツブツと考えていたが、そろそろ声をかけることにした。
「エリス!ルーク!すみません遅れました!」
俺の声に、エリスとルークが同時に振り向いた。
「あ、カイル君!」
エリスが顔を輝かせる。
「遅いですよ!何してたんですか!?」
腕を組み、少し怒ったように言うエリスに、俺は笑いながら紙パックを掲げた。
「すみません、ちょっと急に用事が……。でも、その代わり、昼ご飯を買ってきました。お詫びにどうですか?」
エリスは一瞬目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに笑った。
「えっ、本当!?ありがとう、カイル君!」
俺はパックを渡し、エリスが興味津々に中を覗き込む。
「わぁ……ハンバーグ!すごくいい匂い……!」
「エリスさん、ハンバーグ好きなんですか?」
「うん!だーいすき!」
エリスが満面の笑みで答えるのを見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。
(よかった……適当に選んだ割には、いいもの買えたっぽいな。)
すると、隣でルークが小さく咳払いをする。
「……カイルさん、僕の分は?」
「ない。」
即答すると、ルークはガックリとうなだれた。
「ひどい!僕だって頑張ってたのに……!」
「いや、だってルーク君が来ること知らなかったんだもん……。」
「それは……!はい、僕が悪かったです。」
落ち込んだ様子のルークに、俺は少し眉を下げた。
「……今度ちゃんと買ってくるよ。」
俺がそう言うと、ルークは少しだけ気を取り直した。
「約束ですよ!」
「うん、約束する。」
エリスはそんなやり取りを横目に、ハンバーグを美味しそうに頬張っていた。
こうして、俺たちは広場で昼食をとりながら、しばしの休憩を楽しんだ。
(……腹ごしらえも終わったことだし、そろそろエリスの訓練に本腰を入れるか。ルークにも教えたいことがいっぱいある。)
俺は心の中でそう決意し、エリスとルークに向き直った。
「よし、それじゃあ魔法の特訓、始めよう!!」




