183話 温かみ
しばらくして、落ち着きを取り戻した俺たちは、俺の泊まる部屋で向かい合い、それぞれ椅子に座った。
改めて、こうして両親と静かに向き合うのは、何年ぶりだろうか。
まるで時間が巻き戻ったような感覚に陥る。
「二人は……どうしてノワラに戻ってきたんですか?」
俺はそっと問いかけた。
まだ俺が指名手配されていたと思っていた頃、両親にはダール国に逃げてもらっていた。
その方が安全だと思っていたから。
なのに、こうして再びノワラに戻ってきた理由は――
俺の問いに、母親は机にバンッと手を置いた。
「決まってるでしょ……!カイル、お前が心配だからよ!」
その声には涙が滲んでいた。
胸にチクリと鋭い痛みが走る。
「1年前……何の前触れもなく突然指名手配されて……気づいたら勇者だとか持ち上げられてて……魔王を倒したって……!」
母の声は震えていた。
「母さんたち、それを最近知ったのよ!?どれだけ心配したか分かってるの!?」
その言葉が、まるで俺の心臓を直接締め付けるようだった。
……分かっている。
母の言うことは、あまりにも正論だ。
自分の子供が突然犯罪者にされ、今度は世界を救う勇者だと祭り上げられる。
しかも、それをすべて”終わった後”に知る恐怖と混乱。
どれほどの不安を抱えたか、想像するだけで胸が痛む。
俺は……何も言えなかった。
「……」
視線を落とし、ただ黙っていると、父親が静かに口を開いた。
「……カイル、お前、勇者になったんだってな。」
俺は父の方を向く。
「街に戻る道すがら、いろんな人から聞いたぞ。それに、ダール国でのお前の活躍も、俺たちは知ってる。」
「そう……ですか。」
「確かに、俺たちはお前の安否が心配で堪らなかった。」
父はそう言いながら、穏やかに微笑んだ。
「だが、同時に誇りにも思った。お前がどれだけのことを成し遂げてきたのか、どれだけの人を救ってきたのか……俺たちには計り知れない。だがな、カイル――」
父は俺をしっかりと見据えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「お前は、少し自分のことを大切にしなさすぎる。」
「……!」
その言葉に、俺はハッとした。
「確かに”勇者”っていうのは多くの人を救う存在なのかもしれない。だが、勇者の前にお前は、俺たちの息子だ。俺たちにとっては、世界よりもお前の方が大事なんだよ。」
「だから、これだけは約束してほしい――どんなに辛いときも、絶対に一人で抱え込むな。」
「生きろ、カイル。勇者としてじゃない、お前自身として――」
父の言葉に、母もそっと俺の手を握る。
「カイル……どんなことがあっても、お前は私たちの大切な息子よ。」
俺は……俺は、どう返せばいいのか分からなかった。
胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚。
まるで、ずっと忘れていた何かを、優しく抱きしめてもらっているような……そんな気持ちだった。
俺は小さく頷くことしかできなかった。
「……ありがとう、ございます。」
それは、俺の本心だった。
今後、どれだけ勇者として名を馳せたとしても、俺を”俺”として見てくれる人がいる。
それだけで、救われた気がした。
そして、俺はようやく気づく。
“勇者”じゃなく“カイル”として大切に思ってくれる人たちが、こんなにも近くにいたことを。
その事実だけで、なんだか心が軽くなった気がした。
俺は――この世界に、確かに生きている。
そんなことを改めて実感したとき、父親が穏やかに口を開いた。
「カイル……聞かせてくれないか?お前が今まで歩んできた道を。俺たちにも背負わせてくれ。」
その言葉に、一瞬驚いた。
俺の歩んできた道――それは、決して平坦なものではなかった。
苦しいことも、悲しいことも、数えきれないほどあった。
だけど、それと同じくらい――いや、それ以上に、楽しいことや、嬉しいこともあった。
俺はそんな思い出を噛み締めながら、すぐに持ち直し、力強く答えた。
「はい!」
俺は話した。
ダール国での冒険。
最初に出会ったのは、妙に饒舌な喋るガイコツ。
最初は怖かったが、話してみると案外面白いやつで、魔法や戦術について色々教えてくれた。
「ガイコツが喋るの!?」
母が目を丸くしながら驚くと、俺は笑って続ける。
「ええ、最初は俺も驚きました。でも、知識が豊富で、色んなことを教えてくれたんです。まるで教師みたいな人でしたよ。」
次に出会ったのは、淫らで酒好きだけど頼りになる師匠。
「……淫ら?」
母がピクッと反応する。
「いやいや!変な意味じゃなくて!」
俺は慌てて弁解する。
「確かに酒好きで、ちょっとだらしないところはあったんですけど、戦う技術は本当にすごかったんです!魔法と体術の融合技術なんかも教えてくれて……。」
「ふーん……まあ、それならいいけど……。」
母は若干不機嫌そうだが、父は面白そうに頷いていた。
そして――
身体は小さいのに、ものすごい頭のいい聖級魔法使い。
「あの人は、本当に天才でした。身体は俺よりずっと幼いのに、何よりすごいのは知識量で……。あの人のおかげで魔法理論を一から叩き込まれましたよ。」
「ほう……そんなすごい人がいたのか。」
父が興味深そうに顎を撫でる。
「ええ。でも、その分、めちゃくちゃ厳しかったです……。毎日睡眠時間を削られて、魔法の理論と訓練ばっかりで……。」
俺がしみじみと振り返ると、母が心配そうに言った。
「そんな……無理しすぎじゃない?カイル……。」
「まあ、でもそのおかげで、今の俺があるんです。」
俺は軽く笑う。
そうやって、俺は両親に語った。
冒険の日々を、仲間たちとの出会いを、そして――別れを。
話しているうちに、自然と心が落ち着いていくのを感じた。
まるで、今まで自分だけが抱えていたものを、少しずつ両親と分かち合っているような気がしたから。
「カイル……お前、本当に色んな経験をしてきたんだな……。」
父が、深く頷く。
「母さん、こんなすごい息子がいたなんて……。」
母は涙ぐみながら、俺の手をぎゅっと握った。
「……ありがとう、カイル。生きててくれて、本当にありがとう。」
その言葉に、俺の胸が熱くなった。
「俺のほうこそ、ありがとうございます……父上、母上。」
俺は、ずっと伝えられなかった感謝を込めて、そう答えた。
そして、こうして語り合う時間こそが、何よりも大切なものなのだと、改めて実感したのだった。




