181話 奇妙な関係
「ところで、その仇だっていう魔王の名前ってわかるんですか?」
エリスとの話が一段落し、俺たちは並んで学園の廊下を歩いていた。
ふと、さっきの話の続きを思い出し、俺はエリスに尋ねる。
エリスは足を止め、悔しそうに唇を噛んだ後、小さく呟いた。
「畜生道の……ライサ・フェングロウよ。」
俺の中で、何かが引っかかる。
「畜生道……?」
その名前を聞いたことがある。
考えを巡らせていると、ある記憶が頭に蘇った。
「まさか、恩人の勇者って……『蒼銀の翼』のメンバーですか!?」
エリスが目を見開き、驚いたように俺を見る。
「カイル君、知ってるの!?」
「いや、記憶にあるだけですが……」
『蒼銀の翼』――それは、俺がまだダール国にいた頃に聞いたことがある勇者パーティーの名前だった。
勇者と称されるほどの実力者が集まる伝説的な冒険者パーティー。
彼らは数々の苦難に挑み、多くの功績を残していた。
だが――
「……確か、ダール国でそのパーティーの訃報を聞いたことがあります。」
俺がそう言うと、エリスは深く頷いた。
「そう……私が言っていた"二人の勇者"の内1人は、『蒼銀の翼』のリーダー、レイン・エヴァンズだったの。」
レイン・エヴァンズ
確かに、『蒼銀の翼』の中心人物だったと聞いたことがある。
「レインは……私が幼い頃、”ある争い”に巻き込まれた時に助けてくれたの。」
エリスの目が遠くを見つめる。
「殺されそうになっていた私を救ってくれて、安全な場所まで連れて行ってくれた。レインがいなかったら、私はきっとあのまま死んでいた……。」
俺は黙ってエリスの言葉を聞いていた。
「でも……そのレインはもういない。」
エリスの声が震えた。
「レインたちは……私を救ってくれたあと、勇者と呼ばれるようになって……魔王を討伐しに行って、それで……。」
「それで、エリスさんは……復讐を?」
エリスはゆっくりと頷いた。
「……私は恩人たちに命を救われた。でも、その恩人たちは魔王によって奪われた。だから、私は戦う。彼らが倒せなかった魔王を、今度こそ討つために。」
その目には、迷いのない決意が宿っていた。
俺はしばらく考えた後、静かに言った。
「……エリスさん、ライサ・フェングロウがどれほどの魔王か、どれくらい強いのか、知ってますか?」
「……ううん。情報はほとんどない。ただ、レインの仇っていうことしか……。」
俺はため息をついた。
「もし、本当に討つつもりなら、相当な準備と力が必要になりますよ。魔王っていうのは、ただ強いだけじゃなくて、人間の常識が通用しない存在です。」
エリスはじっと俺を見つめていた。
「だからこそ、私も強くならなきゃいけないの。」
俺は彼女の覚悟を感じ、しばらくの間、何も言えなかった。
――魔王討伐。
俺はすでにヴァルグ・アシュヴァルを倒した。
その経験があるからこそ分かる。
エリスが目指す道が、どれほど危険で、どれほど険しいものかを。
魔王を討つというのは、単に強ければいいという話じゃない。
圧倒的な力、膨大な魔力、そして常識を超えた存在。それが魔王というものだ。
――それでも。
俺の目の前に立つ少女は、恐れを見せるどころか、真っ直ぐ俺を見据えていた。
エリスの瞳には、迷いがない。
「……分かりました。」
俺は小さく息を吐き、そして覚悟を決めた。
「なら、俺ができる範囲で協力しますよ。」
俺がそう言うと、エリスの表情がぱっと明るくなった。
「うん!よろしくお願いします!」
俺は小さく笑って、エリスに手を差し出した。
「ま、勇者としての義務みたいなものですよ。」
エリスも微笑みながら、その手を握り返す。
その手は小さくて、俺よりもずっと華奢だった。
だけど、その握り返す力は強かった。
「……ありがとう、カイル君。」
小さな声でそう呟いたエリスの目には、どこか安心したような光が宿っていた。
俺はそのまま手を離し、冗談めかして言う。
「でも、一つだけ言っておきますけど……俺は師匠とか先生とか、そういうの向いてませんからね?」
エリスはくすっと笑い、少しだけ得意げに言った。
「ふふ、大丈夫。私も、弟子になったつもりはないから。」
俺は少しだけ肩をすくめた。
この少女は、ただ強くなるために誰かに頼ろうとしているわけじゃない。
きっと、覚悟を持って自分の力で道を切り開くつもりなんだろう。
「じゃあ、まずは……」
俺がそう言いかけたとき――
「エリスーーーー!!!!!!!」
突然、遠くから甲高い叫び声が響いた。
俺とエリスが驚いてそちらを見ると、一人の少年がものすごい勢いで駆け寄ってきた。
「やっと見つけたぁぁ!!もう!!どれだけ探したと思ってるんだ!!」
息を切らしながら俺たちの前で立ち止まったのは、エリスと同年代くらいの男の子だった。
茶色い短髪に、大きな丸眼鏡。どこか気弱そうな雰囲気があるが、必死にエリスを探していたのが伝わる。
「ルーク!?どうしたの、そんなに慌てて……?」
エリスが不思議そうに尋ねると、ルークと呼ばれた少年は大きく息を吸って言った。
「どうしたもこうしたも!授業さぼっちゃダメだって何回も言ったでしょ!?フリークス先生が怒ってたんだよ!」
「うっ……」
エリスがばつの悪そうな顔をする。
「しかも、なんで勇者様と一緒にいるの!?もしかして……またとんでもないこと考えてるんじゃ……」
ルークが疑いの眼差しを向けると、エリスは慌てて手を振った。
「ち、違うよ!カイル君に案内してもらってただけ!」
「……本当に?」
「本当だよ!ねっ、カイル君!」
突然話を振られ、俺は若干困惑するが、適当に誤魔化すことにした。
「あー……まぁ、そういうことにしときましょうか。」
「ほら見て!カイル君もそう言ってる!」
「うーん……なんか怪しい……」
ルークは疑わしそうに目を細めたが、すぐに「まぁ……いいや」と言って諦めた様子だった。
「ともかく、エリス!今度はちゃんと授業に出てよね!」
「わ、わかったよぉ……」
エリスが苦笑しながら応じると、ルークは満足したのか、少し安心したように肩の力を抜いた。
「……じゃあ、カイル君。またね!」
エリスが手を振りながら笑う。
「はいはい、じゃあ頑張ってくださいよ。」
俺も適当に手を振ると、エリスとルークは学園の奥へと走っていった。
――こうして、俺は思いがけず、魔王討伐を志す少女と奇妙な関係を結ぶことになったのだった。
そして、これが後に世界を揺るがす大きな運命の分岐点になるとは、このときの俺にはまだ知る由もなかった。




