158話 最後の加護
「なんだ……!あれは!!」
俺は魔獣たちを掃討し、ルミエラたちの加勢をするためにライフルを再準備していた。
しかし、スコープ越しに見た光景に、俺は驚愕を隠せなかった。
「魔王が……でかくなってる……!?」
何が起こったのか分からない。
魔王の体は肉眼でも分かるほどに巨大化していた。
先ほど撃ち抜いたときの姿とはまるで別物。いつの間にか腕は2本だけになっていたが、全身が異様に膨れ上がっている。
「……まさか、最後の加護の影響か……!?」
残っているのは左腕2本。
内、左下の腕は『伝心の加護』だということがアルマによって判明している。右腕の一番下の腕の加護が不明だが、撃ち落としたので大丈夫だろう。右中央の腕もおそらくルミエラが落としたと思われる。
つまり、魔王の巨大化は一番上の左腕の加護によるものだろう。
(一体どんな加護だ?普通に『巨大化の加護』とかか…?)
だが、ここで考えたところで結論はでない。今は加勢に急ぐことが先決だ。
俺は冷静にスコープを覗く。
魔王の足元を駆け回るルミエラ。
その背後では、冒険者や兵士たちが魔獣と必死に戦っている。
戦場は混戦状態。
「……試しに、一発撃ってみるか。」
俺はライフルの照準を魔王の胸部へ合わせる。
ドンッ!!
弾丸が魔王の胸に直撃した。
しかし――
「効いてない……!? いや、撃ち抜けてない。」
確かに直撃はしている。
だが、 魔王の膨れ上がった肉が弾丸の衝撃を吸収し、内臓にまで届いていない。
(クソッ……! これじゃ埒が明かない!!)
俺は戦場に戻ることを決意した。
「これを任せます!!魔獣程度なら、それで一発です!!」
兵士にライフルを預け、高台を駆け下りる。
「分かりました!! 僕も後を追います!!」
短いやり取りを最後に、俺は 駆け出した。
魔力も体力も、まだ十分に残っている。
加護の大半を失った魔王なら、俺とルミエラだけで倒せるはずだ!!
そう――信じていた。
しかし、その時――
視界の端で“何か”が動いた。
「……?」
俺は即座に足を止め、杖を構える。
(魔獣の残党か……?)
視線の先には岩陰に潜む“何か”が蠢いている。
しかし、様子がおかしい。
ぐちゃぐちゃと不気味な音を立てているだけで、こちらへ襲いかかってこない。
「……なんだ、この音は……」
警戒しながら じわじわと距離を詰める。
しかし、正体が分からない以上、下手に近づくのは危険だ。
(ここは……先制攻撃が得策だな。)
俺は杖を振りかざし、魔法を放つ。
「アース・ランス!!!」
土の槍が一直線に突き進み、岩を砕く。
そして――背後に潜んでいた“何か”に直撃した。
「ぷぎゅいいいいいい!!!」
耳障りな悲鳴が響く。
俺は急いで警戒しながら近づいた。
「……!?なんだ、これ……!?」
――そこにいたのは、“肉片”だった。
槍が突き刺さったまま痙攣する“それ”を、俺はまじまじと見つめる。
(魔獣……か?いや、違う……)
桃色の肉片のようなものが、地面に転がっている。
――魔獣のような骨格もなければ、特徴的な器官も見当たらない。
明らかに生物ではない“何か”だ。
「……これは、一体……」
俺は杖の先で、その肉片をひっくり返す。
そして、息を呑んだ。
「……口?」
肉片の一部には、 まるで“口”のような穴が開いていた。
そこから 黒い血を吐き出している。
「黒い……血?」
しかし、考える間もなく、“それら”は現れた。
「ッ!?」
視界の端で、また何かが蠢いた。
振り返ると、俺が倒したはずの肉片が、無数に蠢いていた。
「な、なんだ……!?これは、一体……!?」
俺の目の前には無数の肉塊が、のたうち回っていた。
それはまるで自らの意思を持つかのように、地面を這いずり、徐々に俺の方へと迫ってくる。
「キモッ……!!!」
俺は再び魔法を放とうと杖を構えた。
しかし――
「……多すぎる。」
地平線の奥から、さらに肉片が伸びてきていた。
それはルミエラたちの戦う戦場、魔王のいる場所からだった。
(魔王に何か関係がありそうだな…。)
俺は冷静に状況を整理する。
――魔王の血と同じ色をした肉片。
――魔王の方角から来ている。
――魔王が持つ加護の中に、確定していないものが3つある。
(もしかして、こいつらは……)
俺は、次第に恐ろしい仮説に行き着く。
「……魔王の…肉片か?」
「まさか、これも……加護の影響なのか……?」
俺はすぐに首を横に振った。魔王の残る腕は2本。加護は、巨大化と伝心の加護だけだ。
別の加護なんて残っていないはず。
俺は考えを改め、そして歯を食いしばる。
(今すぐ戦場に戻らないと……でも、この肉片が暴れ出したら……)
次の瞬間――
肉片が跳ね上がり、俺に飛びかかってきた。
「ッ!!」
ズシャッ!!!
俺は 間一髪で飛び退く。
(こいつら……やっぱりただの肉じゃない!!)
俺は決断する。
(ルミエラ、すまん……! 今は、こいつらを止めるのが先だ!!!)
魔王を倒す前に、俺はまず、この無数の肉塊を止めなければならない。
「よし……なら――」
俺は深呼吸し、魔力を込める。
「すぐに片付ける!」
※※※
ルミエラは 魔王の足元を駆け回りながらも、攻撃を仕掛けることができなかった。
いくら攻撃しても、魔王にダメージを与えるどころか、逆に魔力を吸収され、さらなる巨大化を促してしまう。
「ちぃ……! どうやって倒せばいいんだい……!」
焦燥感が胸を締めつける。
しかし――ルミエラの表情には、未だ余裕があった。
なぜなら、魔王自身もまた、巨大化による弊害に苦しんでいたからだ。
肉体が大きくなりすぎたことで、足元にいるルミエラを捕らえることができない。
いくら拳を振るおうとも、動きの速いルミエラにはまともに当たらない。
そうして戦況は膠着し、決着が着かないまま時間だけが過ぎていた。
――しかし、その均衡は突然崩れた。
ルミエラは、魔王の 視線の動きに気づく。
「……ん?」
魔王の瞳は、これまでルミエラを追っていたはずだった。
だが、今は 違う方向を見ている。
「まさか……!?」
ルミエラは、その視線の先にいる者たちに気づいた。
魔王が見据えているのは――
魔獣と交戦している兵士や冒険者たちだった。
「やめろ……! そっちに行くな!!」
魔王の目が、一度ルミエラへと向く。
しかし――そのまま何の感情もなく、無表情で戦場へと歩を進め始めた。
「くそっ……! 待ちな!」
ルミエラは魔王の足を止めようとするが、今の自分に有効打を与える手段はない。
(どうする……どうすればいい!?)
攻撃すれば、魔力を吸収される。
魔力を吸収されれば、さらに巨大化する。
そうなれば、ますます手がつけられなくなる。
しかし――攻撃しなければ、兵士や冒険者たちが魔王の餌食になる。
「ちっ……!! なら……!!」
ルミエラは決意する。
攻撃が無駄になるのなら誘導するしかない。
「おい!! 魔王!!!」
ルミエラは全力で魔王を挑発するように叫んだ。
「どこ行くつもりだい!?あたしがいるのに他所見かい!?さっきまで散々あたしを追い回してたくせにさ!!」
だが――魔王は反応しなかった。
まるでルミエラの存在が無になったかのように。
「……無視、だと?」
冷たい絶望が、ルミエラの背筋を駆け上がる。
――魔王は、もう“標的”を切り替えたのだ。
兵士と冒険者たちがいる戦場へと、一歩、また一歩と向かっていく。
「そんな……!」
それは、ルミエラにとって最悪の状況だった。
魔王が兵士たちを虐殺すれば、戦場の戦力が崩壊する。
そして、そうなれば――もはや自分たちの力だけではどうにもならない。
魔王と魔獣という数の暴力で蹂躙される。
「誰か……! 誰かいないのかい!!」
ルミエラは叫ぶ。
そして、魔王の足の裏が兵士たちを捉えた
――その瞬間。
遠くから 轟音と共に、何かが飛んできた。
ドンッ――!!!
魔王の 右肩の端が爆ぜ飛ぶ。
「……!?」
ルミエラは目を見開いた。
魔王の巨大な身体に、ぽっかりと大きく穴が開いている。
「一体何が……」
ルミエラは遠くの丘を見上げる。
しかし、ルミエラは一瞬で理解する。
今の攻撃が、カイル・ブラックウッドのものであると。
「おせぇよ、カイル君……!!」
ルミエラは 半ば呆れたように、しかしどこか安堵したように笑う。
戦場に――勇者が戻ってきた。
(……あれ?)
そこで、ルミエラは気づいた。
確かにカイルの攻撃は直撃し、肩を吹き飛ばしたはずだった。
だが――
魔王の肩から、何かが蠢いている。
「?……まさか!――再生している……!?」
その直感は正しかった。
魔王の傷口には、いつの間にか肉塊のようなものが這い上がり、まるで生き物のように失われた肉を再構築し始めた。
その時、ルミエラの脳裏に一つの可能性が生まれた。
(こいつ、加護をまだ残してる!?)
ルミエラが息を呑む。
しかし、加護を持つ腕は今左腕に残っている伝心の加護と巨大化の加護のはずだった。
ルミエラが思考を巡らせていた
その瞬間――
魔王が異様な声をあげた。
「がががががががががががががががががが」
魔王の身体が震えだす。
「なっ……!」
ルミエラは戦慄した。
魔王は最初から加護を“6つ”持っていた。
そのうちの5つの効果は、大体は判明している。
その中で、唯一カイルが撃ち落とした右の一番下の腕だけが、加護の効果が判明していない。
身体から切り離して、どういう原理で発動しているのか、それは分からない。
しかし、今確実に判明していることは――
――最後の1つが発動した。
魔王を撃ち抜いたのは、カイル君からライフルを譲り受けた兵士だよ!なんで使い方が分かったんだろう…?




