155話 三肢を断つ
ルミエラは静かに戦場を見つめていた。
吹き荒れる風の中、彼女はただ立っていた。しかし、その足は確かに、揺るぎない覚悟と共に前へ進もうとしていた。
「頼んだよ…カイル君」
小さく呟きながら、彼女は杖を強く握る。
すでにカイルは作戦遂行のために戦場を離れた。だからこそ、自分がやるべきことは決まっている。
彼女は顔を上げ、魔王を見据えた。
そして、一歩。また一歩と足を踏み出す。
その姿は、まるで最期の戦場へ向かう『戦士』のようだった。
「お前たち!!右腕の一番上を狙いな!!」
突如響いたルミエラの声に、戦場がざわつく。
魔王と対峙していた冒険者たちが驚き、彼女を振り返った。
「ん?……おお!ルミエラだ!まだ戦えたのか!?」
「右腕の……一番上だァ?何でそんなピンポイントに……」
「いいから!気を抜いたら殺されるよ!!とにかく従いな!これは勇者様たっての『お願い』だよ!」
ルミエラの力強い言葉に、冒険者たちは一瞬顔を見合わせる。
しかし次の瞬間、誰かが笑いながら叫んだ。
「意味わかんねぇが、とりあえず分かったぜ姐さんッ!!」
「おうよ!!やるぞ、お前ら!!」
「応ッ!!!」
「うぉおおおおおおお!!!」
轟く雄叫びと共に、冒険者たちは一斉に魔王の右腕の一番上へ攻撃を開始した。
「うぉらあ!」
「とああぁ!」
「ファイア・ボール!」
剣撃、魔法、槍の一撃が次々と魔王の腕に浴びせられ、次第に無数の傷が刻まれていく。
魔王は最初、まるで無関心のように攻撃を受けていた。しかし、次第にその目に僅かな警戒が宿り始める。
(――通じている!?)
ルミエラは冒険者の攻撃が魔王に通用していることに驚愕した。
彼らの攻撃が魔王に通じている理由、それは単なる奇跡ではなかった。
むしろ、それは必然だった。
冒険者たちは、ノワラ国でも知る人ぞ知る熟練のパーティーだった。
だが、彼らは決して強くはない。
一人ひとりの戦闘能力はC級冒険者相当。決して、S級やA級のような超人的な強さを誇るわけではない。
しかし――
彼らには『連携』という最強の武器があった。
何十年もの間、共に戦い、共に生き抜いてきた者たち。
彼らは、互いの動きを完璧に理解し、まるでひとつの生命体のように動くことができる。
この戦場で戦う誰よりも、彼らは「仲間を信じる力」を持っていた。
それは天才が持つ『個』の才能とは違う。
『積み重ねてきたもの』の強さ――
この連携こそが、格上の魔王にすらダメージを与える要因だった。
「チィ……!」
魔王の表情に、わずかな苛立ちが浮かぶ。
これまでどんな攻撃も受け流し、圧倒的な力で蹂躙してきた。
だが、今……右腕に集中する攻撃が、じわじわとだが確実にその強固な防御を削り取っている。
「……なるほどな。コイツら、ただの雑魚ではない……ッ!!」
魔王は6本の腕を振り上げ、冒険者たちを一掃しようとする。
「うおおおっ!!?」
前衛の冒険者たちが吹き飛ばされる。
「クソッ!!バケモンめ!!」
後衛の魔法使いたちは魔王の腕に向かって火球や氷槍を撃ち込むが、 魔王の身体には致命傷を与えることができない。
それでも、彼らは決して諦めなかった。
「お前ら!!足を止めるな!!攻撃を続けろ!!!」
仲間の叫びが響く。
そして、戦いはさらに熾烈を極めていく。
ルミエラもまた、冒険者たちと共に魔王の右腕を狙い続けていた。
だが――
「遅い!!弱い!!そんな魔法で我の腕が落とせるかァ!!!」
魔王の拳がルミエラを襲う。
――しかし、彼女はギリギリで回避した。
ルミエラは魔王の拳を紙一重で避けながら、反撃を試みる。
「ファイア・ランス!!」
放たれた炎の槍が魔王の腕に突き刺さる。
だが、魔王は嘲笑うように腕を振り払い、炎の槍を無効化した。
(やっぱりこれじゃあ通らないか……!)
ルミエラの脳裏に焦りがよぎる。
そして、次の瞬間――
「ははは!!死ねィ!!!」
魔王が『神速の加護』を発動した。
その瞬間――
ドォォォン!!!
「ぐっ……!!?」
ルミエラは信じられない速度で振り抜かれた魔王の拳を避けきれず、まともに腹部を打ち抜かれた。
ゴシャッ!!
強烈な衝撃がルミエラの全身を襲い、彼女の身体は地面に叩きつけられる。
「がっ……!!!」
口の中に血の味が広がる。
(……マズい……!)
視界がぼやける中、彼女は必死に意識を保とうとした。
「ルミエラさん!!!」
遠くからカイルの声が聞こえた気がした。
そして、ルミエラは立ち上がる。
「まだ……まだ、終わっちゃいないよ……!!!」
杖を強く握り直し、再び魔王の前に立つ。
その目には、決して消えない闘志が宿っていた。
「……ほぉ?」
魔王がルミエラを見下ろす。
「さっきの一撃を食らって、まだ立つか……!?なかなか面白いッ!!!」
魔王の顔に、興奮の色が浮かぶ。
しかし、ルミエラはそんな魔王に挑発的に笑ってみせた。
「どうした、魔王様……? たかが人間一人、仕留められないのかい?」
その言葉に、魔王の表情がわずかに歪む。
「…………!!!」
次の瞬間、 魔王が右腕を振り上げる。
「ならば、今度こそ砕いてやるッ!!!」
その瞬間――
「今だッ!!!お前たち!!!」
ルミエラの叫びが響いた。
「連携魔法――最大出力だぜええええッッ!!!」
魔王後ろから放たれた冒険者たちの合体した魔法が、魔王の右腕に向かって解き放たれる。
魔王が振り下ろす拳と、その魔法が衝突する瞬間――
「グオォォォォッ!!!!」
魔王の叫びが響いた。
次の瞬間――魔王の右腕が、根元から弾け飛ぶ。
「な……に……!?」
魔王の顔が、驚愕に染まる。
その場にいた全員が、その瞬間を見届けた。
――ついに、魔王の『右腕』が落ちたのだ。
「やった……やったぞォォォ!!!!」
冒険者たちが歓喜の雄叫びを上げる。
魔王の圧倒的な力に抗い、ついに腕を落とした。
「……!!!」
しかし、ルミエラはまだ気を抜かなかった。
杖を構え直し、魔王を睨みつける。
そして、魔王は静かに、右腕が切り落とされた傷口を見下ろし――
――次の瞬間、不気味な笑みを浮かべた。
「……はは……面白い……面白いぞォォォ!!!!」
戦場に轟く咆哮――それは、魔王の笑い声だった。
右腕を落とされながらも、その顔には絶望どころか 歪んだ笑み が張り付いている。
「ハハハハハ!!!まだ……まだァ!!我は負けぬぞォ!!」
笑いながら、 魔王は猛然と駆け出した。
その先に立つのは、 ルミエラと数人の冒険者たち――。
「くそッ!!もう戦えねえ……!」
「でも、ここで引いたら……ルミエラさんが……!」
彼らはすでに 魔力も体力も限界に近かった。
それでも――
彼らは、逃げなかった。
「……!? あんたら!!」
ルミエラは、驚愕した。
冒険者たちは傷だらけの身体を引きずりながら魔王の進路を塞いだのだ。
「何してんだい!動けるなら逃げな!死んじまうよ!!」
彼女の叫びに、 彼らは笑った。
「がはははは!!魔王相手にここまでやれたんだ!俺たち、すげーぜ!!」
「あぁ!!最期にこんな楽しい戦いができてよかったァ!!」
「悔いねぇぜェ!!!」
そう言いながらも、彼らの目には迷いがなかった。
そして、彼らはルミエラに向き直る。
「魔王を完全に倒すには、あんたの力が必要だ!」
「俺たちはもうここまでだ……だから、最期に未来をあんたたちに託すッ!!」
「絶対に勝ってくれ……!!俺たちの……家族を救ってくれ!!!」
その言葉を聞いた瞬間、ルミエラは彼らの覚悟を悟った。
彼らはただ戦いたかったわけじゃない。
ただ 楽しむために戦っていたわけじゃない。
家族――
故郷――
仲間――
彼らにも守るべきものがあった。
―――。
「あんたらの覚悟はよーく分かった。」
ルミエラは、目を伏せる。
だが――。
「でも、あんたらの家族は……あたしには重すぎる。」
その言葉に、冒険者たちは驚愕した。
「そ、そんな……!」
しかし――
次の瞬間、 ルミエラの瞳が鋭く光った。
「――あんたらの家族は、あんたらが守んなッッ!!!」
「がぁあああああああ!!!!」
魔王の咆哮が轟き、 彼らへと拳が振り下ろされる。
「来いッ魔王の野郎……!」
冒険者たちが覚悟を決めたその瞬間――。
魔王の背後で、 何かが光った。
ズドォォォン!!!
「ぐぅッ……!?!?」
魔王の振り上げた 腕が、根本から消し飛んだ。
「――!?」
その場の全員が動きを止める。
魔王は失った腕を押さえながら絶叫した。
「ぐッ……がァアア!!!」
「い、一体何がァァ…!!」
「教えてやるよ……。」
ルミエラが、 痛む腹を抑えながら立ち上がる。
「ハァ……あんたの腕を落としたのは―― 『勇者』だ。」
魔王の顔が歪む。
「勇者ァァ……??」
そして、 魔王は気づいた。
「――あの、子供……!? 子供はどこだッ!!」
魔王は視点を激しく動かす。
だが――
その少年の姿は、どこにもなかった。
「ここにはいない。遥か遠くさ。」
ルミエラの言葉に、魔王が目を見開く。
「どうやって、そんな所から攻撃を……!?」
「……あたしにも分かんないね。」
ルミエラは口元を歪ませて笑う。
「あいつの考えることなんて、誰にも分かんないだろうね。」
魔王は引きつった笑いを浮かべる。
「ハッ……ハッハー!!! 面白い!!!我をここまで追い詰めたのは、貴様らが初めてだァァ!!!」
魔王は残った4本の腕を振り上げ、突撃する。
「くそッ!!」
「うおあああ!!」
冒険者たちが顔を覆う中――
ルミエラだけが魔王を静かに見据えていた。
「カイル君……あんた、やんじゃん。」
――次の瞬間
ズドォォォン!!!
魔王の腕が、また吹き飛ぶ。
「な…なにィ……!!?」
魔王は腕が消し飛ぶ瞬間を、確かに見た。
彼の腕を抉り取ったのは――
黒く光り、 細い三角形の形をした回転する岩――弾丸だった。
弾丸を知らない魔王の脳裏に疑問が浮かぶ。
(こんなもので……我の腕が……!?)
だが――
それは、現実だった。
そして、魔王が次の思考を巡らせる前に――。
さらに数発の弾丸が放たれた。
「がァァァ!!!?」
魔王の右足を正確に撃ち抜く。
そして――
魔王の巨体が、バランスを崩して倒れた。
地響きとともに崩れ落ちた魔王の姿を見て、ルミエラは、かすかに笑った。
「やれやれ……本当に、やるじゃないか……カイル君。」
※※※
「はぁ…なんとか、上手くいったみたいだ。」
――戦いの結末は、もうすぐそこにあった。




