154話 最低な作戦
「ぶっ殺してやぁあ!」
冒険者たちの怒号が戦場に響く。
彼らは魔王の巨体に飛びかかり、剣や槍、魔法を次々と叩き込んでいた。
その混戦の隙をつき、俺は地面にへたり込んでいるアルマを抱え上げ、すぐさまルミエラを預けた兵士たちの下へと駆け出した。
「すみません!さっきの人!アルマさんも治癒できますか!?」
俺の叫びに、ルミエラを任せていた女兵士が駆け寄ってくる。
「はい!ここに…! あっ!」
女兵士はアルマの傷口を見た瞬間、思わず息を呑み、手で口元を覆った。
肩の肉が抉れ、骨が露出している――それほどまでに深い傷だった。
「い、急いで治癒します!」
彼女の声に、俺は一瞬だけ安堵し、次にルミエラの姿を探す。
ルミエラは近くの岩場に背中を預け、包帯を巻いている最中だった。
「ルミエラさん!?治してもらったんじゃ?」
俺が声をかけると、ルミエラは軽く手を挙げ、少し苦笑いを浮かべる。
「よっ、と……まぁ治療はしてもらったけどねぇ。筋繊維の損傷が激しくて完全回復は無理なんだと。おかげで、もうさっきみたいに戦えそうにないねぇ。」
彼女の悔しそうな表情を見て、俺は拳を握る。
「安心してください……俺が絶対に魔王を倒しますから!」
そう宣言すると、ルミエラはしばし沈黙し、そして――
「……あぁ、分かってる。だって、あんたは『勇者』だもんね~?」
そう言いながら、いつもの調子で俺の肩を叩く。
でも、その手には、これまで以上の『期待』が込められている気がした。
――俺が、やるしかない。
そして、俺は自分が立てた仮説をルミエラに説明した。
「実は――」
「――ということです。」
話を聞いたルミエラは、腕を組みながら思考に沈む。
「意識外からの攻撃か……確かに、あのときあたしが放った魔法は、魔王にとって完全に意識していなかったものだろうね。でも――」
そう言いながら、彼女の顔に難しい表情が浮かぶ。
「確証はないね……アルマは何て?」
ルミエラの問いに、俺は申し訳なさそうに首を横に振る。
「アルマさんは負傷して、今は治癒魔法をかけてもらっています……。それに、おそらくもう戦うことはできないと思います。」
「……そうか。」
俺は言葉を続ける。
「そして……今話したことはおそらく、魔王の加護によるものだと思います。」
その言葉に、ルミエラの瞳が鋭く光る。
「カイル君もそう思うかい……?」
「はい。」
魔王が持つ加護で、まだ判明していないものが3つある。
それがどんな能力なのか、どのタイミングで発動するのか……すべてが未知数だ。
だが、ひとつだけ確信があった。
『魔王の意識外からの攻撃が通る』――ならば、その盲点を突けばいい。
俺はルミエラの目を見据え、覚悟を決めて言う。
「ルミエラさん、無茶を承知で言います。」
俺の真剣な眼差しを見たルミエラは、小さく頷いた。
「……あぁ。」
「俺が絶対に魔王を倒します。そのために……魔王の、攻撃を無効化する加護を持つ腕を、ルミエラさんになんとかしてほしいんです。」
このとき、俺がルミエラと出会って初めて口にした『お願い』だった。
その言葉に、ルミエラは目を見開いた。
無理もない。
共に冒険してきた弟子が、師匠である自分に対し、「死ね」と言わんばかりの無茶な頼みをしているのだから。
怒りの拳が飛んできても文句は言えない――そう思った。
そして、ルミエラは静かに身体を支えながら立ち上がった。
彼女の表情は前髪に隠れて見えない。
だが、その視線だけは確かに俺を捉えていることが分かった。
ゆっくりと、ルミエラの右手が上がる。
(殴られるか……?)
俺は覚悟を決めた。
しかし、次の瞬間――
ルミエラの手は、俺の肩にそっと置かれた。
「……カイル君。」
ルミエラの声が震えているように聞こえた。
俺は目の前の彼女をじっと見つめる。
「……いいだろう。」
その言葉に、俺の全身に鳥肌が立った。
「――やってやろうじゃないか。」
ルミエラの口元が歪む。それは、苦笑なのか、それとも挑戦者の笑みなのか――俺には分からない。
「カイル君が本気で言うなら、あたしは応えるよ。」
ルミエラは肩の痛みを無視し、片腕で杖を支える。
「でも、これだけは言わせてもらう。」
「……はい。」
「絶対に無駄死にはしない。」
ルミエラは俺の肩をぐっと掴む。
「この作戦で、あたしが死んだら絶対に化けて出てやるから。」
「……分かりました。」
俺は真剣に頷いた。
――魔王の攻撃を無効化する加護を持つ腕を、ルミエラが何とかする。
――俺は、その隙を突き、魔王に『確実』に攻撃を通す。
それが、俺たちの作戦だ。
俺は拳を握り、ルミエラと共に立ち上がる。
戦場には、未だ魔王の咆哮が響いていた。
「行きましょう。」
「おうよ。」
師匠と弟子――俺たちは最後の戦いに挑む。




