153話 勝機
魔王の顔には、まるで仮面のように不気味な笑みが貼り付いていた。その表情のまま、奴は拳を振るう。
神速の加護を発動させた魔王の拳は、俺の目では到底追いきれないほどの速さだった。
(防がないと……!)
本能的な危機感が俺の身体を突き動かす。
魔王の拳が到達する前に、水と土の順番で魔法で盾を形成し、俺と魔王の間に入れ込んだ。
――水の盾で勢いを殺し、土の盾で衝撃を吸収する。
一瞬の閃きによる防御だったが、それが俺に生きるチャンスを与えた。
「ッ!!」
魔王の拳が水の盾に触れた瞬間、弾けるように水が霧散する。そして、そのまま勢いを失うことなく土の盾へ直撃し、土の盾も粉々に砕け散った。
ドゴォォンッ!!!
「ぐっは…ッ!!!」
直撃。右脇腹に鋭い痛みが走る。内臓が悲鳴を上げるのがわかる。
「ぐぶ…ッ!!」
吹き飛ばされ、地面を転がりながら、俺は口の中に広がる鉄の味を感じた。血だ。
(……生きてる……?)
俺は息を荒げながら自分の身体を確認する。
まだ……立てる。
――これで済んだのが奇跡だ。
もしあの盾がなければ、俺の身体は原型を留めていなかっただろう。幸運にも、魔王の一撃を完全に防ぐことはできなかったが、致命傷は避けられた。
「カイル!!」
アルマの叫び声が聞こえた。しかし、俺の方に気を向ける間もなく、魔王の拳が彼女を狙う。
「フンッッッ!!!!」
魔王の3本の腕が、一斉にアルマへと襲いかかる。
「アルマさん!」
俺の声と同時に、アルマの杖が光を放った。
「ウィンド・ブラスト!!」
アルマの風元素魔法が轟音を立て、魔王の拳にぶつかる。魔法の風圧が軌道を狂わせ、拳はアルマの身体をわずかに外れ、地面に直撃した。
ドォォォン!!!
地面が爆発したかのように陥没し、大量の土砂が舞い上がる。
しかし、アルマは既にその場にいなかった。
「ほう……ッ!」
魔王は目を細めて笑う。アルマは風を利用して自らを宙に舞い上げ、魔王の攻撃範囲から逃れていたのだ。
だが――魔王もすぐに動く。
「逃がさん!!」
膝を折り、一気に跳躍する。魔王の巨体が、矢のようにアルマへ向かって飛んだ。
「そう来ると思ったわ!」
アルマは冷静に杖を振るい、魔力を込める。
「フリーズ!!」
その瞬間、地面から伸びた氷の触手が魔王の足に絡みついた。
「ム!?足が!」
魔王の跳躍が止まる。氷の拘束によって、宙に舞うことは叶わず、そのまま地面に叩きつけられた。
「はぁ…はぁ…」
アルマはゆっくりと地面に降り立ち、俺の元へ駆け寄る。そして、すぐに治癒魔法をかけてくれた。
「治療するわ、じっとして!」
アルマの手が光り、俺の身体に暖かい魔力が流れ込む。痛みが次第に引いていくのを感じた。
「ありがとうございます……」
俺は息を整えながら、彼女の実力に改めて驚かされた。
「アルマさん……すごいですね。あの魔王に一撃も入れさせないなんて。」
「……そんなこと、言ってる場合じゃないわ。」
アルマは疲れたように息を吐き、険しい顔をする。
「今のはただの時間稼ぎよ。まぐれみたいなもの。でも……」
彼女は魔王を睨みつけた。
「本気になったあの魔王を止める術は、さっきの2つの顔を傷つけた『秘密』を解明するしかない。」
「や、やっぱりそうですか……」
俺は拳を握る。
(あの時の攻撃が偶然だったとは思いたくない……。)
「それに……」
アルマは後方を見やる。そこでは兵士たちが今も魔力を練り、大魔法の準備を進めている。
「兵士たちが作ってる魔法も……もう意味はないでしょうね。」
「そうですか……アルマさん、魔王を傷つけた『秘密』が何なのか……分かりそうですか?」
俺が問うと、アルマは一瞬だけ目を閉じ、思考を巡らせた。
「……今はまだ確証がないけれど……」
再び目を開く。その瞳には、強い決意が宿っていた。
「でも、必ず見つけるわ。秘密を……!」
俺も頷く。
そして、再び魔王の視線が、俺たちを捉えた。
「フフフフ……ハッハーッ!!」
魔王が笑う。
「まだ終わらんぞ、人族よ……!」
次の瞬間、魔王が再び動き出した。
魔王は、今までとはまるで違う様子で襲いかかってきた。
6本の腕すべてを使い、際限なく、躊躇なく、怒涛のような猛攻を繰り出す。
だが、その執拗な攻撃の対象は俺ではなかった。
魔王の視線はただひたすらに、アルマへと向けられていた。
「まさか、こんな少女があそこまで巧みに魔法を使うとは思わなかったぞォ!!」
狂喜するように叫びながら、魔王は6本の腕を同時に前へ押し出す。
「また来る…!」
アルマは即座に反応し、風元素魔法を展開した。
「ウィンド・ブラスト!!」
強烈な突風が発生し、魔王の拳の軌道を歪ませる。
しかし、それを見た魔王は満面の笑みを浮かべた。
「ハハハ!同じ手が何度も通用するか!!」
(――まずい!)
俺は悟った。
魔王はアルマの行動を完全に読んでいた。
魔王はわざと拳を歪ませることで、アルマ自身がその風魔法で軌道を調整しやすい状況を作り出していたのだ。そして、アルマが魔法で反らした軌道の先に、すでに狙いを定めていた。
アルマは、一瞬気づいたが……もう遅かった。
ズシャッ!!!!
「――ッあああッ!!」
鋭い衝撃音と共に、魔王の拳がアルマの肩を貫いた。
肉を抉られたアルマは苦痛に顔を歪めながら、杖を取り落とす。
鮮血が地面を濡らし、アルマの悲鳴が戦場に響いた。
「アルマさん!!」
俺はすぐさま魔王に向かって駆け出した。
杖に魔力を籠め、できる限りの魔力を凝縮する。
「エア・ショット!!」
突風のような魔法弾が魔王の左腕を目掛けて飛ぶ。しかし――
「なんだァ?このそよ風は!」
魔王はあざ笑うように、風弾を片手で握りつぶした。
そして、不敵に俺を睨みつける。
「魔法だけしか扱えんお前に、もはや興味はないッ!!」
その言葉に、俺は歯を食いしばった。
(くそ……!攻撃がまるで通用しない!!)
――だが、その直後だった。
ズドンッ!!!!
突如、魔王の左肩が弾け飛んだ。
「ムッ!?……」
「なッ!?」
俺も思わず目を見開く。
魔王の肩を打ち抜いたのは、俺の攻撃ではない。
背後から放たれた、まばゆいほどに輝く白い光線のような魔法だった。
魔王は驚愕し、振り返る。
そこには、数人の冒険者たちが武器を構えて立っていた。
「誰だッ!貴様らは!!」
魔王の怒声が響く。
その問いに、先頭に立つ屈強な男が堂々と答えた。
「いやぁよ……ガキと女が命懸けて戦ってるってのによぉ……なんで俺たちは見てるだけなんだ?って思ってよぉ!!!」
その男は、無骨な剣を肩に担ぎながら、背後の冒険者たちを鼓舞する。
「なぁ!!!お前らぁ!!俺たちはここに、女子供と魔王が戦う様子を観戦するために来たんじゃねえよなぁ!!!」
「うぉおおおおおおお!!!」
「当たり前だぁあ!!」
「やってやるぜえぇ!!!」
怒号のような雄叫びが戦場に響き渡る。
その声を聞きながら、俺は呆然としつつも、ある仮説に辿り着いた。
俺は、これまでの戦いを思い返した。
――魔王の2つの首を殺したとき。
――さっきの冒険者たちの攻撃が、魔王の肩を抉ったとき。
共通しているのは……
「全部、魔王の『意識外』からの攻撃だった……!」
魔王の強靭な肉体は、正面からの攻撃にはほぼ無敵の耐性を誇る。しかし――
「魔王は、自分が認識していない攻撃には対応できないのか……!?」
もし、それが本当ならば……
俺たちに勝ち目はある!!
――そして、戦場はさらに激化していく。




