151話 痛み
「ムハハハハ!!!」
魔王の狂気じみた笑い声が響く。
超高速で振るわれる6本の腕。それぞれの拳が大気を切り裂き、地面を抉る。あまりの衝撃に戦場は瓦礫と粉塵に覆われ、視界が揺らぐ。
その猛攻を、ルミエラは風元素魔法で強化した身のこなしだけで凌ぎ続けていた。
余裕があればカウンターの一撃を撃ち込み、距離を詰められれば風を操り即座に間合いを取り戻す。全身の神経を研ぎ澄まし、常に魔王の動きを先読みする。
「よし…!」
ルミエラは確信した。
(魔王はあたしに追いつくために常に『神速の加護』を使っている…!このまま、やつの身体が限界を迎えるまで誘導してやる!!)
――作戦は至極単純だった。
神速の加護を使い続けることで、魔王自身の肉体を破壊する。
それが、ルミエラの狙いだった。
しかし、それは同時にルミエラ自身の肉体も削る戦い方だった。
魔王と同じ速度領域に無理やり入り込み、風圧を利用してさらなる加速を繰り返す。その結果――四肢の筋肉が、内側から裂けるかのような痛みを発していた。
(くっ…!あたしももう限界が近い…!)
それでもルミエラは止まらなかった。
たとえ自らの肉体が悲鳴を上げようとも、この戦いで退くわけにはいかない。
――なぜなら、彼女の心にはひとつの『意地』があった。
魔王を圧倒する戦いを、あの少年は見せた。
(カイル・ブラックウッド。あたしの弟子とも呼べる少年が、魔王に一矢報いた。なら、あたしだって――。)
ルミエラは魔王を睨みつけながら、執念で動き続けた。
しかし――その限界は、突然訪れた。
「うっく…!!」
突如として、ルミエラの脚が言うことを聞かなくなり、その場にへたり込む。
(ダ、ダメか……!? もう身体が……!!)
焦燥が頭を駆け巡る。だが、どうする? このまま終わるのか?
巻き返す手は……ないのか?
「ム~」
「やはり長くは持たなかったか…。」
魔王の低い声が響く。
彼はどこか残念そうな表情で、ルミエラを見下ろしていた。
「我を凌駕するほどの速度を持つ者は」
「百年前の勇者以来だったぞ……」
「女、誇っても良いぞ。」
そう言いながら、魔王は歩み寄る。
ルミエラの視界が、魔王の影に覆われた。
「ふふ……それは、ありがたい言葉だね。」
静かに笑いながら、ルミエラは瞼を閉じた。
――十分だ。
時間は稼いだ。あとは、カイルとアルマ、そしてこの戦場にいる者たちが何とかしてくれる。
「最後に名前を聞いておこう!!」
魔王の言葉に、ルミエラは薄れゆく意識の中で、静かに答えた。
「ルミエラ。……ルミエラ・ノクターレだ。」
魔王の口元が、さらに大きく歪む。
「ルミエラ……!」
「その名、一生忘れんッ!!」
その宣言とともに、魔王の一本の腕が振り上げられる。
――終わる。
(カイル……アルマ……あとは、頼んだよ。)
ルミエラはゆっくりと瞼を閉じた。
しかし――。
「さあ!作戦開始よ!!」
その声が、戦場に響いた。
――アルマの声だった。
「!!!」
ルミエラの意識が、再び覚醒する。
魔王の腕が迫るその刹那、ルミエラの身体が咄嗟に反応し、杖を振るう。
魔法が――放たれた。
それは、意識的に作り上げた魔法ではなかった。思考よりも先に、本能が導き出した魔法。
その魔法は、狙いもつけず、形も定まらず、ただ魔王へと飛び掛かった。
しかし――それが、戦場に決定的な変化を生み出した。
氷と炎の奔流が、魔王の顔面に直撃したのだ。
「ムガァァッ!!?」
魔王が初めて、真の痛みを感じた瞬間だった。




