150話 ルミエラVS修羅の魔王
超近接で魔王と対峙するルミエラは、反撃を焦ることなく、冷静に回避に徹していた。
魔王の6本の腕が、左右から交互に襲いかかる。拳が目まぐるしく振るわれる中、ルミエラはわずかに体を傾け、細やかなステップで最小限の動きで躱し続けた。
「ハッハー!……当たらん!当たらんな!!」
魔王は楽しげに笑いながら、さらに拳の速度を上げる。
ルミエラは瞬時に気づいた。
(これが…『神速の加護』か!)
アルマが解析した魔王の加護の一つ。移動速度、攻撃速度、反応速度、すべてを限界以上に引き上げる力。
その効果は明らかだった。
ルミエラの回避が、これまでより格段にギリギリになっている。今までかすりもしなかった拳が、髪を掠り、服を裂き、ついには頬をかすめた。
「ぐっ……!!」
熱い。いや、それ以上だ。
頬に手を当てると、かすっただけのはずの皮膚が、まるで焼けるように熱を持ち、煙を上げている。
(まさか……拳圧だけで火傷……!?)
驚愕と共に、魔王の拳の威力を改めて実感する。速度が増したことで拳の摩擦熱が異常なまでに上昇し、掠るだけでも火傷を負うほどの熱量を生み出しているのだ。
(まずいねぇ……こりゃぁ……)
ルミエラは内心の焦りを隠し、あえて魔王に笑いかけた。
「ほう……!笑うか!!」
魔王の眼が輝き、一層攻撃が激しさを増す。
右、上、左、斜め上、下――まるで無数の拳が降り注ぐかのような猛攻が繰り出される。
回避のギリギリの間合いが、さらに狭まる。
ルミエラの髪は次第に焦げ、服は裂け、皮膚は熱気に焼かれた。拳がかすめるたび、焼けるような痛みが走る。
(っ……!!)
神速の加護による攻撃は、ただの物理的な打撃だけではない。高速の摩擦が生み出す熱と、空間を削るかのような圧力。これがまともに直撃すれば、ただの拳でも致命傷になるだろう。
(でも、これでいい……!)
ルミエラは笑みを深めた。
(加護を使い続ければ、お前の身体は――)
魔王の身体に負担が蓄積しているのは確実だ。
神速の加護は、その加速力ゆえに身体への負担が大きい。使い続ければ、いずれ限界を迎え、魔王の身体は千切れる。
(……もう少し、稼ぐよ!!)
ルミエラはさらに魔王へと接近する。
「ム!? さらに近づいてくるのか!!」
魔王は驚愕の声を上げるが、同時に拳を握り込み、楽しげな笑みを浮かべた。
「だが!! 面白い!!!」
その宣言とともに、魔王は迷うことなく拳を振り下ろす。
「ムンッッ!!!」
魔王の拳が空を裂き、轟音と共に地面を叩きつける。大地がひしゃげ、衝撃で岩の破片が四方へ飛び散る。
しかし――そこにルミエラの姿はない。
魔王の視界から消えたルミエラは、拳の直撃の寸前、魔王の足元へと滑り込んでいた。
勢いそのままに魔王の股下をくぐり抜け、背後へと回る。
「ほぅ……!!?」
魔王は驚きに目を見開く。
(今の攻撃、間違いなく我は『神速の加護』の恩恵を受けた一撃だった。それを……避けた……!?)
味方側の誰もこの瞬間を目撃できていない。歓声は上がらない。しかし、ただ一人、魔王だけが確かに目撃した。
自らの加護をもってしても、捉えられなかった敵の姿を。
「ほぅ……!我の一撃を軽々と……!」
魔王は感嘆の声を漏らし、ルミエラを振り返る。
「先ほどまでは……手を抜いていたのかぁ!!?」
「魔王様にそこまで言われるとは、光栄だねぇ……」
ルミエラはニヤリと笑い、しかし荒い息を吐きながら続ける。
「でも、残念ながら……さっきも今も変わらず本気さ。」
「ほう……?」
「ただ……あんたの『神速の加護』に似たようなことを……あたしもしてるだけさ。」
魔王の笑いが止まる。
「貴様……!我の加護を見破っていたのか!!!」
「あぁ……とっくにね!」
ルミエラの自信に満ちた言葉に、魔王は一瞬の沈黙の後、再び笑い出す。
「面白い……! まさかこんなところに我を楽しませてくれる者がいるとはァ!!」
その笑いは歓喜に満ちていた。
「それにしても……我の『神速の加護』について来られるとは……!一体どんなカラクリだァ!!?」
自らの問いに、魔王はふと何かを思い出したかのように目を見開く。
「まさか……!!」
そして、ルミエラの姿を再び見つめると、今日一番の笑みを浮かべた。
「ハーーッハッハッハ!!なんて狂者だ!!!」
魔王の笑い声が、戦場に響き渡る。
ルミエラは魔王の動きを見切ったわけではない。
彼女は 『魔王の動きに合わせて、風元素魔法で自らの身体を加速させていた』 のだ。
魔王の『神速の加護』と同じ速度域に自らの動きを持ち込み、加護を持たぬまま、それを疑似的に再現している。
生身の身体で。
常人ならば絶対に追いつけない世界で、彼女は魔王と並び立とうとしている。
魔王は、その事実に気づいた。
狂気とも呼べる領域に踏み込みながら、それでもなお笑うルミエラ。
この戦いは、もはや技術でも、戦略でもない――純粋な戦闘狂の闘争本能のぶつかり合いだった。




