148話 足止め
魔王の拳が俺たちを襲う。凄まじい速度で放たれた一撃が、俺の身体を完璧に捉え、押しつぶそうと迫る。
「くッ……!」
俺は即座に風元素魔法を発動し、間一髪のところで横へ跳ぶ。
しかし、髪の毛がかすっただけで生じた風圧に身体が大きく吹き飛ばされる。空中で体勢を整える暇もなく、背中から地面に叩きつけられ、鈍い衝撃が全身を駆け抜けた。
「ハーハッハ!!」
「軟弱軟弱ゥ!」
「先ほどの高威力の魔法を撃った者とは思えん弱さだァ!!」
魔王の嘲笑が耳をつんざく。
(うるせえな……!魔法使いは近接戦に弱い……いや、言い訳している場合じゃない!)
反論しようとするが、立ち上がるよりも先に、魔王の巨大な影が俺の視界を覆う。腕を振り上げ、次の攻撃が迫る。
――間に合わない!
その瞬間、俺の目の前に炎と氷の壁が立ちはだかった。
「さぁカイル君!今のうちに!」
「さっさと立ちなさい!」
ルミエラとアルマの声が俺の意識を引き戻す。
「ッ……!」
急いで魔王から距離を取り、二人の元へ駆け寄る。胸が激しく上下し、荒い息が漏れる。
「はぁ……はぁ……アルマさん、本当に『あの作戦』通用するんですか?」
肩で息をしながら問うと、アルマは真剣な眼差しを俺に向けた。
「確証はないわ!!でも、闇雲に攻撃するよりマシでしょ!」
俺とルミエラは無言で頷く。
俺たちの作戦。それは――
※※※
――数分前
魔王の雄叫びが轟き、戦場の空気が張り詰める。
「ウオォォォォ……!!!」
魔王の足が地を踏みしめるたびに、大地が揺れ、砂煙が舞い上がる。口元から漏れる白い息が、戦場の温度をさらに冷え込ませていく。
「クソ……こっちを完全に仕留めるつもりだな……。」
ルミエラが低く呟く。握る杖の先が、かすかに震えていた。
「……私に作戦があるわ。」
沈黙を破ったのはアルマだった。
「……なんだい?どんな作戦もアレに効くとは思えないけどね……。」
ルミエラは弱音を吐くが、その瞳はまだ死んでいない。
アルマはゆっくりと周囲を見回し、小さく頷くと口を開く。
「カイルの『ストーン・ショット』、あれなら魔王の鎧を砕くことができたわ。でも、それだけじゃ足りない。確かに魔王にダメージを与えたけど、あの威力ですら決定打にはならなかった。」
俺は無意識に拳を握る。あれほどの威力を込めた一撃が、決め手にならなかった事実に悔しさがこみ上げる。
「つまり、もう一発……いや、それ以上の威力を持つ攻撃を叩き込む必要があるのよ。」
「……でも、どうやって?」
俺の問いに、アルマは魔王を見据えながら静かに答える。
「あそこにいる魔法使い全員の魔力を集結させて、カイルのあの一撃を越える魔法を放つ!」
アルマの指さす先には、魔王の姿を見てもなお戦う意志を崩さない兵士や冒険者たちがいた。
剣を握る手に震えが走りながらも、視線だけは鋭く、決して諦めていない者たち。
魔力を温存していた者、傷つきながらも杖を構えている者、全員がまだ戦うことを諦めていない。その光景に、俺は心を打たれた。
「今の全部聞こえてたわよね!!」
アルマが叫ぶと、その場にいた全員が一斉に頷いた。
俺はその光景を見て確信する。
今、ここにいる人たちは、誰もがこの国を守るために、自分の大切なものを守るために、命を懸けて戦っている。諦めない心が、その燃える闘志が、俺の意思を刺激する。
(まだ、誰も諦めていない……!)
この戦いを終わらせるために、俺も……!
俺はアルマに向き直り、決意を固める。
「つまり、あの人たちが魔法を創り上げる間、俺たちは…!」
アルマは冷や汗を流しながらも、口元を歪ませる。
「私たち3人で足止めよ…!その間、魔王を止められるのは私たち3人だけだわ。」
アルマの声が戦場に響く。
俺は拳を握りしめ、覚悟を決める。
横を見ると、ルミエラが魔王を見据えながら不敵に笑っていた。その笑みが何を意味するのか、俺には分からない。ただの恐怖から来るものなのか、それとも、彼女なりの覚悟の表れなのか――。
「やるしかないねぇ…!」
ルミエラがそう呟き、杖をくるりと回す。
俺たちは、後方で兵士や冒険者たちが魔力を練る時間を稼ぐため、無謀にも魔王の足止めを始めた。
――そして数分後
※※※
今に至る。
俺とアルマ、ルミエラが横に並び、荒れ果てた戦場の中央に立つ。その視線の先には、悠然と腕を組んで立つ魔王の姿。
「ハッハッハッ!!」
魔王は高らかに笑う。その足元には、俺たちが放った魔法の痕跡が残っていた。無数の焦げ跡、凍りついた地面、えぐれた大地――しかし、魔王自身はほぼ無傷だった。
「そろそろ…」
「準備運動は終わりだ!!」
魔王は6本の腕を広げ、胸を張る。そして、全身からあふれ出る魔力が、まるで嵐のように戦場を包み込む。
「ここからは、本気だ!!」
その言葉と共に、戦場の空気が一変する。先ほどまでの戦いが、まるで遊びだったかのような錯覚を覚えるほどの圧倒的な覇気。
俺たちは、改めて理解する。
(今までの攻撃は……まったく通じていなかった。)
だが、ここで退くわけにはいかない。
俺は深く息を吸い込み、震えを抑えながら杖を握る。
「……なら、こっちも本気でいくぞ。」
ルミエラの言葉に、俺もアルマも頷く。
今こそ、3人の力を合わせて戦うときだ。
決戦の幕が、ついに上がる。




