141話 ディレオス王の英断
あの後、ドーラ王…いやドーラ王子は城の地下牢に軟禁され、サランドラ王子が新たに国王として即位した。
城内に漂う緊張感が徐々に緩和される中、俺とルミエラはようやく手錠を外され、現在、謁見の間でサランドラ王の前に立っている。
まず口を開いたのはルミエラだった。
「お久しぶりです、サランドラ殿下。殿下ご自身のお変わりように気づかず、無礼をお許しください。」
膝をついて深々と頭を下げるルミエラの姿に、俺は思わず目を見張る。いつもの軽口やおちゃらけた態度からは考えられないほど、彼女の表情は真剣そのものだった。
サランドラ王はそんなルミエラを見て苦笑し、軽く手を振った。
「頭を上げてくれ、ルミエラ。お前はこの国の恩人なのだ。俺に礼を尽くす必要などない。」
しかし、ルミエラは頑として頭を下げたままだった。
「それでも…先王陛下にいただいた恩を考えれば、あたしは礼を尽くさねばなりません。」
その言葉に、サランドラ王は一瞬だけ視線を伏せた。亡き父、先王ミシュラのことを思い出しているのだろう。かつての繁栄と安定を取り戻すため、自ら即位を決意した王の顔に、一瞬の寂しさが浮かんだ。
「恩というなら、父もお前に感謝していた。俺も同じだ。これからは恩などではなく、互いに助け合っていこうではないか。」
「…ご厚意、感謝いたします。」
ルミエラは小さく息を吐き、ようやく膝を上げた。
サランドラ王は椅子の背に体を預け、少し疲れた様子でルミエラに尋ねた。
「それで…ルミエラ、お前はなぜまた我が国に戻ってきたのだ?隣の少年に何か関係があるようだが…。」
その質問に、ルミエラは一瞬だけ目を伏せたあと、俺の方を見て口を開いた。
「はい、この者はあたしの仲間で…。今は共に行動しています。」
そこからルミエラは、俺たちがこの国に来た理由、そして目前に迫る危機について語り始めた。ノワラ国が魔王軍の侵攻に直面していること、そして俺たちがその討伐に名乗りをあげたことを。
「まさか…魔王が直々に動き出しているというのか!?」
話を聞いたサランドラ王は、思わず驚愕の声を上げる。
ルミエラは静かに頷きながら続ける。
「はい。魔王を討つため、あたしたちと、ノワラ国の兵士たち、そして——このカイル・ブラックウッドは動いています。」
サランドラ王はしばらく黙り込んだ後、何かを考えるように深くため息をついた。そして苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。
「…ぜひ魔王討伐に我が国も力を貸したいところだが…。お前たちも知っての通り、我が国は今、再建の最中だ。資源も兵士も乏しく、この状況では――力を貸すことはできない。」
その言葉に、俺は落胆を隠せずサランドラ王を見つめた。しかし、その隣のルミエラは、何事もなかったかのように微笑みを浮かべていた。
「はい、大丈夫です。他国の力を借りずとも、必ずやこの『勇者』カイル・ブラックウッドが魔王を討ってくれるでしょう。」
いきなり話題を振られた俺は、思わず目を見開いた。
「えっ!?ちょ、ちょっと待ってください!」
困惑する俺を横目に、ルミエラは悪びれる様子もなく肩をすくめている。
「そうか…。」
サランドラ王は静かに相槌を打ち、再び俺に目を向ける。その視線は鋭く、俺の心の奥を見透かすようだった。
「それにしても…この者が光魔法の使い手――『勇者』とはにわかには信じられんな。」
その言葉に、ルミエラが笑いながら手を振る。
「実はあたしもです。」
その瞬間、場の緊張が少しだけ解けた気がした。サランドラ王も微かに微笑みを浮かべると、俺に向かって言葉を続けた。
「だが…カイル・ブラックウッド、お前が勇者であるかどうかはさておき…お前には何か特別な何かが宿っているように感じる。それが勇者と関係があるかどうかは知らんしどうでもいい。ただ…どうかお前自身が信じる道を進め。」
その言葉に、俺は何とか気持ちを落ち着けながら頷いた。魔王と戦う自覚も覚悟もまだ足りないかもしれない。それでも、何かが胸の奥で動き始めたのを感じた。
その後、俺たちはようやく城から解放され、訓練場へと戻った。
訓練場に帰ると、アルマが学園の仕事を終えて戻ってきていた。だが、俺の目はアルマが片手に持つ物に釘付けになった。
アルマの手には高級感溢れる杖が握られていた。
杖の柄には繊細な彫刻が施され、自然の美しさと職人の技術が融合した芸術品のようだった。先端には赤い鉱石が輝いており、その鮮やかな色合いと透き通るような光沢は一目で特別な代物だと分かる。
「あ、やっと帰ってきた。一体どこに行ってたの?」
アルマが問いかけるが、それに答える間もなく、ルミエラが興味津々といった様子で杖を指差す。
「アルマ、その杖はなんだい?まさか今さら自分用に新調するってわけじゃないだろうね?」
ルミエラの軽口に、アルマは冷静に首を振る。
「違うわよ。これはカイルのためにノワラ国から贈られてきた杖よ。今朝、私の家に届いてたの。この手紙と一緒にね。」
そう言うと、アルマは手紙を一通取り出して俺に投げて寄越した。俺はそれを受け取ると、丁寧に封を切って中身を読み始める。
―――
勇者カイル・ブラックウッドへ
私の名など聞きたくもないだろうが、一応名乗っておく。私はノワラ国23代目国王、ディレオス・ノワラである。まず、この度は我が国のために魔王討伐に名乗りを上げてくれたことに深く感謝申し上げる。
私が君にしたことは、到底許されるものではない。しかし、それにも関わらず我が国のために命を懸けてくれる君に、深い感謝を抱いている。そして、この手紙を読んだら、ぜひ我が国の王城に顔を出してほしい。君は私に会いたくないだろうが、私は君に謝罪と感謝を伝えねばならない。ぜひ、前向きに検討してくれることを望む。
さて、この手紙と共に送った魔法杖についてだが、その杖は我が国の最上級の職人が魂を込めて作り上げた国宝級の品だ。杖の柄には、はるか西の果てにある『宝樹エルシャイヤ』の木材を使用し、先端には我が国でしか採れない『神紅石』をあしらっている。この杖は、持ち主の魔法効果を限界以上に引き上げる特殊な効果を持つ。
この杖を、ぜひ君に使ってほしい。これは、私から君への贖罪であり、感謝の印でもある。
―――
手紙を読み終えた俺は、視線をアルマの手に握られた杖に向けた。その赤い鉱石は手紙に記されていた神紅石だろう。まるで命を宿したかのような輝きを放ち、異世界的な神秘性すら漂わせていた。
「…どうする?受け取る?要らないなら私の研究費に使わせてもらうけど。」
アルマが問いかける。
「……。」
俺は少し逡巡する。この杖を受け取るということは、あの国王の期待を背負うという意味でもある。しかし、同時にそれは『勇者』としての覚悟を問われているような気がした。
「決めるのはあんた次第さ。」
ルミエラが腕を組んでこちらを見ていた。
「少なくとも、それだけの物を贈ってくるってことは、王様も本気であんたに頼ってるってことだろうよ。まぁ、気負うこたぁないけどね。」
俺はルミエラの軽い言葉に少しだけ肩の力が抜けた気がした。そして、杖にゆっくり手を伸ばす。
「…使ってみます。」
その言葉に、アルマは微笑みながら杖を渡してくれた。
「その決断、間違ってないわ。さっそく試してみましょう。」
ノワラの国王から贈られた杖を手に、俺たちは訓練を開始した。訓練場に立つと、ルミエラが勢いよく声を張り上げる。
「さぁ、一発撃ってみなよ!どれだけ威力が上がってるか試してみようじゃないか!」
俺は訓練場の壁に描かれた的に狙いを定め、杖を握り直した。
「ここの壁は耐魔性のレンガでできてるから、どんなに思いっきり撃っても大丈夫よ。」
アルマが冷静に付け加える。その言葉に背中を押されるように、俺は魔力を練ることに集中した。
作り出すのは、俺が比較的扱いやすいと思っている土元素の魔法だ。
深呼吸をして意識を研ぎ澄ます。イメージするのは弾丸。
先端は鋭く尖らせ、抵抗を減らすために風元素の力で回転を加える。さらに、その風で弾丸の表面を削るように加工し、より貫通力を高める。
頭に浮かぶのは…レグナだ。ダール国で俺を完膚なきまでに叩きのめしたあの男の顔だ。この世界で初めて『完全な敗北』を味わったあの時の悔しさが、心の中で燃え上がる。
(もし、あの時にこの杖があれば…)
そんな思いも消え去るほど、俺は魔法をさらに研ぎ澄ます。
「いつも思うけど、カイル君の魔法の発想って本当に面白いよね。」
ルミエラが感心したように小声で呟くのが耳に届く。
その声に応えるように、俺は杖を構え直した。
「行きます!」
叫びとともに、俺は杖を力いっぱい振り上げる。
「ストーン・ショット!!」
その瞬間、杖の先端に嵌め込まれた赤い鉱石が眩しく輝いた。そして、次の瞬間、訓練場全体が凄まじい轟音と衝撃に包まれた。
「うぉっ!」
足元に伝わる振動に耐えきれず、俺は尻もちをついてしまう。そして、轟音が静まり、土煙が薄れていく中、視界が徐々にクリアになっていった。
その時、目の前に広がった光景に息を呑む。壁どころか、天井すら跡形もなく消え去り、的どころか耐魔性のレンガで作られた厚い壁さえも突き破り、その向こうには青空が広がっていた。
「ぅえ…?」
信じられない光景を前に、俺はただ口を開けたまま立ち尽くすしかなかった。
その静寂を破ったのは、ルミエラの豪快な笑い声だった。
「はっはっは!!カイル君、やるじゃないか!あたしの知る限り、アルマが作った耐魔レンガを壊したのはあんただけだよ!これは記念日だね、はっはっは!」
ルミエラの陽気な声に引きずられるように、俺はようやく我に返る。そして、自分が握る杖をじっと見つめた。
(この威力、いくらなんでもやりすぎだろ…あの国王。)
しかし、自然と口元がほころぶ。
この杖、この力があれば。これなら、きっと…魔王とも戦える。
俺はその場に立ち上がり、改めて胸に決意を抱いた。
この力があれば――負ける気がしない。




