140話 王位を継ぐ者
魔王軍がノワラ国の首都に現れるまで、残り半月。
俺たちは今日も訓練場で汗を流していた。ルミエラと模擬戦を始めたばかりだったが、突然訓練場の扉が勢いよく開かれた。
「誰だ…?」
入ってきたのは、ぼさぼさの髪に無精ひげ、衣服も埃まみれで見るからに小汚い男だった。
「おい、何者だ!」
ルミエラが杖を構え警戒するが、男は気にも留めずに扉を押さえ、何かを必死に防いでいるようだった。
「ちょっと!無視してないで答えなさい!」
ルミエラが声を荒らげる間もなく、扉が再び勢いよく開け放たれた。男を追ってきたらしい者たちが雪崩れ込んでくる。
開かれた扉を奥を見て、俺とルミエラは驚愕する。怒号と共に部屋に入ってきたのは、城の兵士たちだったのだ。
「今度こそ逃がさんぞ!」
兵士たちは男を捕らえようと動いたが、その中で一際大柄な兵士がルミエラに気づいた。
兵士も驚いたように目を見開き、俺――いやルミエラを睨む。
そして、鋭い声を上げる。
「はっはー!これはとんだ偶然!いや奇跡!ようやく見つけたぞルミエラぁ!!!」
その兵士は、怒りに満ちた表情で剣を振りかざし、ルミエラに突進してきた。
「フン!いつまで経っても学ばないね!」
ルミエラは杖を振るい、近距離で魔法を放つ。剣を振り下ろした兵士は魔法の直撃を受け、そのまま床に崩れ落ちた。しかし次々と兵士たちが襲い掛かってくる。
俺も混乱の中で襲ってくる兵士たちを次々と無力化し、ルミエラを援護する。
「ふん!私に勝てるわけないだろう。」
ルミエラは余裕の表情を見せるが、戦況が続く中で俺たちはある疑念を抱いていた。
(どうして兵士たちがここに…?それにあの男、追われているようだが何者なんだ?)
考える余裕もない中、俺たちは戦闘を続けたが、次の瞬間、俺の背後からガシャンと重い金属音が響いた。
「あ。」
肩に鈍い痛みを感じたと思ったら、俺の腕には魔力を封じる手錠がかけられていた。振り返ると、倒れたはずの兵士が荒い息を吐きながら立ち上がっていた。
「やべ。」
俺が呟いたその瞬間、戦況は一気に変わった。
「ルミエラ!仲間は捕らえたぞ!おとなしくしろ!」
ルミエラが俺の状況に気づき、こちらを見てため息をついた。そして仕方なさそうに杖を床に置き、手錠をかけられる。
「だから、油断するなって言ったでしょ…」
「ごめんなさい…」
俺たちは拘束され、連行されることになった。
そして、俺たちはまたしても城の謁見の間へと連れていかれた。
広大な玉座の前で俺たちは強引に膝をつかされる。目の前に座っているのはエグザミート国の国王、ドーラ王だ。
「やっと捕まえたぞ、ルミエラ。それに…ん?お前は確か…カイル・ブラックウッドではないか。なぜここにいる?」
俺は冷や汗を浮かべながら苦笑いで返す。
「さぁ、俺も知りたいですね。」
「ふむ、まぁいいか。」
ドーラ王は興味なさげに俺から視線を外し、同じように膝をつかされた小汚い男へと視線を移した。そして、次の瞬間、驚きの言葉を放った。
「まったく、今までどこに隠れていたのやら…やっと見つけましたぞ…サランドラ兄様。」
その言葉が謁見の間に響いた瞬間、俺とルミエラは思わず目を見開いた。
「兄様?」
「え、この小汚いおじさんが…?」
目の前にいる男――小汚い服装に身を包み、ぼさぼさの髪と髭で覆われたこの男が、かつて王権争いに敗れて姿を消したノワラ国の第一王子、サランドラ王子だというのか。
王子はうつむきながら、低く呟いた。
「あぁ…久しぶりだな、ドーラ。」
ゆっくりと立ち上がる彼の目には、強い決意と怒りが宿っていた。そして、その鋭い視線は王座に座るドーラ王を真っ直ぐに見据えている。
「今すぐ王の座を降りろ。この馬鹿者め。」
その言葉には、圧倒的な威厳と重みがあった。その場にいた全員が息を呑み、謁見の間に緊張が走る。
一方、ドーラ王は冷静を装いながらも、拳を震わせていた。
「うん…うん…。やはり兄様は兄様だ。どんなに醜い姿になっても、己の信念だけは貫き通す。」
そう言いながら、皮肉げに口元を歪める。
「その腐りきったプライドを!!」
その瞬間、謁見の間の空気が凍りついた。
ドーラ王派の兵士たちでさえ身動き一つできない。
それは、小汚い服装をしていながらも、サランドラ王子が発する圧倒的な威圧感によるものだった。その姿は、ただの流浪の王子ではなく、この国を統べるにふさわしい「本物の王」の威厳を持っていた。
ドーラ王は王座から身を乗り出し、指を突きつけるようにして叫ぶ。
「と、とにかく…兄様、いやサランドラ!これからは私の下で側近として仕えることを命ずる!これ以上もう逃げ隠れするな!」
その声は震え、気迫を欠いていた。しかしサランドラ王子は、冷ややかな表情を崩さず静かに言葉を返す。
「私…?お前の一人称は『僕』ではなかったか?」
その一言に、ドーラ王は一瞬言葉を詰まらせた。
「う、うるさい!黙れ!王権争いに敗れた敗者を…い、生かしておいてやっているだけでも感謝しろ!」
声を荒げるドーラ王の姿は、もはや王の威厳を保てていない。サランドラ王子は目を細め、嘲笑するかのように肩をすくめた。
「恩着せがましく言いやがって…俺を殺せないだけじゃないのか?」
その余裕ある口調に、ドーラ王の顔はみるみる歪んでいく。そして、サランドラ王子はさらに言葉を続けた。
「それに…なぜ今になって俺を探し出した?これまでそんな素振りは一度も見せていなかったのに。」
鋭い指摘に、ドーラ王は一瞬目を泳がせる。
「そ、それは――」
ドーラ王が言い訳を考えようとするが、サランドラ王子はその言葉を遮った。
「自分だけの力では、もう国を立て直せなくなったからだろう?」
その問いかけは静かでありながら、決定的な真実を突きつける刃のようだった。その言葉に、ドーラ王は動揺を隠せず目を見開く。
「ど、どうしてそれを…!」
ドーラ王の驚きに対し、サランドラ王子は淡々と答える。
「街を見ていれば自然と分かることだ。平民を追い出し、貴族だけをこの街に残して金の流れを作ろうとしたのだろう?だが、それは欠陥のある案だ。金で肥え太った貴族たちが進んで働くとでも思ったか?違法な手段で平民から搾取していた連中に、そんな意欲があるはずがない。」
その声には怒りと嘆きが滲んでいた。
「平民こそがこの街を支える大黒柱だった。それをお前は追い出した。街が衰退していくのは当たり前だろう。」
ドーラ王は何も言い返せない。黙り込んだ彼に、サランドラ王子は一歩、また一歩と近づいていく。そして静かに語りかけた。
「お前が犯した過ちを償う最後のチャンスを与えてやる。」
その言葉は、まるで本物の王が家臣に諭すかのような威厳に満ちていた。
ドーラ王は息を荒げながらも、反論の言葉を探している。しかしその口から出た言葉は、もはや無意味な自己弁護に過ぎなかった。
「ぼ、僕が間違っているとでも言うのか…!僕はこの国を良くするために…!」
サランドラ王子は溜息をつき、冷たく言い放った。
「王の責務は、国を良くするだけではない。国を守り、民を守ることだ。それを忘れたお前に、王を名乗る資格はない。」
その場にいる全員が、サランドラ王子の言葉に圧倒されていた。俺も、そしてルミエラも。彼の言葉には、重みと力があった。誰もその真っ直ぐな言葉に反論できない。
ドーラ王の息遣いだけが、謁見の間に響いていた。
そして、サランドラ王子は静かに後ろの兵士たちへと振り向いた。その鋭い目つきが兵士たちを見据え、一瞬で場の空気が張り詰める。
「君たちも…父上が生きていたときには、そこまで判断力が欠如してはいなかったはずだ。なぜ今になって、ドーラの政治に疑問を持たない?金持ちの貴族だけをカーミラに残し、平民たちは他の街へ追放されている。中には君たちの家族だっていたのではないか?それなのに…なぜドーラなんかに仕える?」
王子の問いかけに、兵士たちはたじろぎ、目を伏せた。その中の一人が口を開き、低い声で答える。
「そ、それは…。」
一瞬の沈黙の後、その兵士が意を決して声を上げた。
「ドーラ王は…俺たちの復讐を手伝ってくれるとおっしゃってくださったのです。」
「復讐?」
サランドラ王子が眉を寄せて聞き返すと、ドーラ王が突然声を荒げた。
「な、何を言っている!」
だが、ドーラ王がさらに言葉を続けようとした瞬間、サランドラ王子が冷然とした声でそれを遮った。
「黙れ。」
その一言で、ドーラ王は言葉を飲み込む。そしてサランドラ王子は兵士に静かに促した。
「続きを話せ。」
兵士は顔を青ざめながらも、震える声で話を続けた。
「は、はい…。ドーラ王に仕える兵士たちは全員、過去にそこの女に命を奪われかけた者たちです。」
そう言って兵士は、俺たちの隣に立つルミエラを指さした。
その指摘に、場の全員がルミエラへと目を向ける。
サランドラ王子は、わずかに視線をルミエラへ向けたが、すぐに前を向き直した。そして冷静に問いかける。
「それで?」
「その女…ルミエラ・ノクターレの情報を知りたければ、ドーラ王に仕え、サランドラ王子を失脚させろと命じられました。それで…。」
そこで兵士は口をつぐんだ。しかし、サランドラ王子にはすでに全てを理解していたようだった。
彼はゆっくりとルミエラに一瞥をくれた後、再びドーラ王を見据える。
「ドーラ、お前は知っているはずだ。この女が、なぜ5年前にあのような行動を取ったのかを。」
その言葉に、謁見の間の空気が一層重くなる。兵士たちも顔を上げ、ドーラ王を注視した。
サランドラ王子は続ける。
「なぜ、この者たちに真実を教えてやらない?彼らにルミエラの真意を語るべきだろう。」
ドーラ王は、目を逸らしながら、しどろもどろになり答える。
「そ、それは…。」
「いや、言わずとも分かる。」
サランドラ王子は冷たく言い放った。
「お前は、自分が王位に就くためには、そんな汚い手段を使わなければならなかったと、心の底で理解しているからだ。」
その言葉に、兵士たちはお互いに顔を見合わせる。そして次第に、動揺の色が広がっていく。
サランドラ王子は再び兵士たちに向き直り、静かながらも重い声で語り始めた。
「真実を教えよう。この女、ルミエラ・ノクターレがなぜ5年前にあのような行動を取ったのかを。」
サランドラ王子のその言葉に、場にいた全員が静まり返る。ルミエラを睨んでいた兵士たちも、彼の言葉に耳を傾けた。
「5年前、なぜお前たちがルミエラ・ノクターレに殺されそうになったのか…その理由は、この国を守るためだ。」
その一言に、兵士たちは凍りついたように動きを止める。サランドラ王子は視線を兵士たち一人ひとりに向け、静かに続けた。
「お前たちは覚えているか?5年前、入国管理局に勤務していたお前たちの下に命令が下った日があったはずだ。」
兵士たちは顔を見合わせるが、誰も記憶がはっきりしていない様子だった。
「無理もないな。お前たちはあの日、命令を聞き入れられる状態ではなかったのだから。」
その言葉に、何人かの兵士が眉をひそめ、不安げに身じろぎする。サランドラ王子はその反応を見逃さず、口調を強めた。
「そうだ、お前たちは勤務中にもかかわらず、酒を煽って酔っ払っていた。お前たちが飲み騒いでいたそのとき、城塞都市カーミラには、我々が敵対する国のスパイが紛れ込んでいたのだ。」
その言葉に、兵士たちは動揺を隠せず、ざわめき始める。サランドラ王子はそのまま話を続けた。
「そのスパイは、この国の重要な情報――もし漏れれば国の安全を揺るがすような情報を持ち出そうとしていた。スパイの存在が発覚したとき、父上――ミシュラ王は、すぐに入国管理局に命令を下した。スパイを見つけ出し、確保しろ。と。」
ここで王子は一拍置き、兵士たちをじっと見据えた。
「だが、お前たちはどうだった?酒に酔い、命令をまともに遂行することすらできない有様だった。結果として、父上はお前たちに見切りをつけ、当時名を馳せていた冒険者、ルミエラ・ノクターレに助けを求める決断をした。」
ルミエラの名前が再び挙がると、兵士たちは彼女を見たが、ルミエラはただ黙って立っている。
「ルミエラは、ミシュラ王に多大な恩義があった。そのため、すぐに命令を受け入れ、各地の入国管理局へ駆け付けた。しかし、問題は、スパイがどの管理局に潜んでいるのかが分からなかったことだ。」
兵士たちの顔に困惑と後悔の色が浮かび始める。サランドラ王子はさらに語り続けた。
「時間がなかった。スパイが国を脱出する前に手を打たねばならない。だが、スパイの正確な位置が不明である以上、迅速かつ確実な手段を取るしかなかった。その結果、ルミエラはどうしたと思う?」
王子の言葉に、兵士たちは黙り込む。
「そうだ――ルミエラは、お前たちが酔っ払って使い物にならない状態の管理局ごと、スパイを瓦礫の下敷きにする方法を選んだのだ。」
王子の言葉に、兵士たちは大きく息を飲んだ。サランドラ王子はそのまま言葉を続ける。
「結果として、スパイは死に、国の情報漏洩は防がれた。だが、お前たちはどうだ?スパイのいる建物が崩壊したことで重傷を負ったものの、命までは奪われなかった。それどころか、スパイを取り逃していたら、処刑されていた可能性すらあったのだ。」
兵士たちは次第に俯き、言葉を失っていく。
「そうだ、お前たちはルミエラに命を救われたのだ。お前たちが今こうして生きているのは、ルミエラの判断があったからだ。」
サランドラ王子の言葉に、謁見の間が静寂に包まれる。兵士たちは動くことも話すこともできず、ただその場に立ち尽くしていた。
サランドラ王子は最後に静かに問いかけた。
「それでも、彼女を恨むか?彼女を憎むか?」
兵士たちはその問いに答えることができなかった。彼らの目に浮かぶのは後悔と困惑、そして迷いだけだった。
「だが、それ以上に――国の恩人である者を陥れただけでは飽き足らず、それを利用し王位にまで就こうとしたお前こそが、この国で最も恥ずべき存在だ。」
サランドラ王子は冷たい目でドーラ王を睨みつけた。その言葉は刃のように鋭く、誰も反論できない重みを持っていた。
ドーラ王は、顔を真っ赤にして何かを言おうとしたが、喉から声が出ない。
全身から噴き出る汗が彼の動揺を物語っていた。目は泳ぎ、震える手が王座の肘掛けを掴む。
それでも耐えきれなかったのか、彼の頭を飾っていた王冠がずり落ち、石の床にカランと虚しい音を響かせた。
サランドラ王子はその光景を見ても動じず、毅然とした態度で続ける。
「ドーラ、お前が築き上げたこの『偽りの王国』はすでに瓦解寸前だ。平民を追放し、貴族だけを甘やかし続けた結果、この国は内から腐り果てている。それに気づかぬ愚か者に、王冠を預けることはできない。」
「やめろ…!黙れ!僕は…僕はただ…!」
ドーラ王は言い返そうとするが、まともな反論ができない。彼の言葉は次第に力を失い、掠れて消えていく。
王子は一歩前に出ると、低い声で言葉を続けた。
「本当に王としてこの国を導く覚悟があったならば、力に頼らず、民の信頼を得ることを第一に考えるべきだった。それを忘れたお前に――国を語る資格はない。」
その場にいた全員が息を呑む。王子の言葉は誰の耳にも響き渡り、兵士たちですらその正しさを否定できなかった。
「あぁ…!お前なんか…お前なんかを連れてくるんじゃなかった…!」
ドーラ王はふらつくように後ずさりし、ついには王座の階段に腰を下ろしてしまった。王冠が転がる音が再び響き、彼の威厳は完全に失われた。
その沈黙を破るように、サランドラ王子は振り返り、兵士たちを見渡した。
「君たちに問う。お前たちは、こんな卑劣な男のために命を賭ける覚悟があるのか?奴のために戦い、そして死ぬことに意味があると思うか?」
兵士たちは誰一人として言葉を返さない。互いの顔を見合わせ、次第に武器を下ろしていく。その姿を見た王子は、静かに頷いた。
「そうだ。それが正しい判断だ。」
サランドラ王子はドーラ王をもう一度見据えると、最後に言い放つ。
「ドーラ、今この場で王位を放棄しろ。そして、これまでの行いの責任を取れ。」
その言葉に、ドーラ王の顔は青ざめるが、誰一人として彼を助けようとする者はいなかった。転がる王冠が、まるで彼の権力が地に堕ちたことを象徴しているかのようだった――。
実は、この話はもっと前に書こうとしていたのですが、色々事情が重なり合った結果、魔王との戦いという激熱展開を前に「嵐の前の静けさ?的な感じで投稿しちゃおう!」となりこんな中途半端なところでの投稿となってしまいました。
いつか余裕が出来たら修正していくので、読みにくいかのしれませんがどうぞご理解の程よろしくお願いします。




