エピローグ
青い空に雲が浮かんで、時折、午後の日差しを遮った。やってきた鳶が輪を描いて、遥か上空から見おろしていた。
時折、馬車が小石を跳ねて揺れるが、三人は気にする様子もなく、空っぽの荷台に寝そべっている。荷物はそのへんに放り出して、慌てず急がず、気ままな旅路であった。
「さァて、どこへ行こうかねェ」
スキピオがぼんやりと言った。
「このままだと、エカサ方面っちゅうことになるのう」
カトーは、あいかわらず手を頭の後ろに組んで、ひょろ長い足を荷台からぶらぶらさせている。
エカサ近郊から牧草を運んでいた牧夫に、また出会えたのは運がよかった。彼は気前のよく金貨をはずんだふたりを憶えていて、復路は無賃で送ってくれることになったのだった。
「まあ、お釣りってことにしとこうかね」
人のいい牧夫は、そう言って笑った。
ふたりに倣って寝ころんでいたミトラは、ふとカトーの横顔を見た。宦官に紛れ込むために顔を剃ったはずだが、一両日しかたっていないのに、もう山羊のような髭が揺れている。
しばらく、そのまま眺めていたが、
「もう、いちいち驚いてやらん」
そうひとりごちて、また視線を空に向けた。
「殿、なんか言いましたかいのー」
「なんでもなか」
「いっそのことエカサを越えて、砂海まで行っちまうか」
「ほーじゃのう。砂海渡りの行商が、小競り合いでもしとりゃーせんかのう」
「オカ・ワリ紛争だっけ?それ、もうやってねェのかな」
ミトラは寝ころんだまま、
「第三次エカ・オカ紛争は二百年も前に終結しとっとばい。ばってん、ふたりとも紛争ばしとっとこで、なにしようと?ウチ、戦場荒らしはやらんとよ」
「んなこと言ってもなァ。じゃあ路銀はどうすんだい?金は天から降ってくるわけじゃないんだぜ……まァ、たまには降ってくるがよ」
カトーが欠伸をして、
「砂海を転々として、土地の悪党をしごしてまわる世直しの旅もええのう。まず殿の正体をバラしての、ほんでも改心せんやつをぶちくらわすんじゃ」
「ははは、そいつァいいな。控えおろ~、こちらにおわす方はミトラ様なるぞ~、頭が高い!んでもって、カトさんスキさん、ちょっと懲らしめてやりなさい、ってか」
「嫌ばい!」
跳ね起きたミトラが激しく拒否した。
「それ、お爺さんの話やなかか!」
「よー知っとんのー」
そのとき、彼方から土煙をあげて、牧夫の馬車を追ってくる者たちがいた。
その数、ざっと十人余。揃いの甲冑、揃いの剣に、みごとに統一された一挙手一投足……と言いたいところだが、どうもお疲れなのか、今ひとつあってない。
先頭をきる真紅のマントもちぎれかけて、輝くようだった甲冑もデコボコになっているが、
「姫えええええええっ!」
はた迷惑な元気だけは、いまだ人一倍のタケチウスが、まっしぐらに向かってくるのだった。
「そういや、あんな奴もいたっけな」
「生きとったんか。タケッチもなかなかのゴーケツじゃのう」
その距離はぐんぐん縮んで、いまや馬上で叫ぶ切ない表情も見てとれる。
「我は目覚めたのでござる!これまで同様、いや、より強く、深く、激しく、狂おしく、姫をお慕い申し上げまする!」
タケチウスは声も高らかに、
「なぜなら、我は悟ったでのでござる。愛に、愛に性別など関係ないと!」
カトーとスキピオは顔を見合わせた。
「なにやら正しいことを言うとんで」
「いやー、堂々としたもんだ。殿、どうするよ。あいつの愛とやらを受けるかい?」
「嫌じゃあっ!」
ミトラの顔から血の気がひいていた。唇は震え、肩をわななかせて、荷台の上を後ずさりながら、
「ふたりとも、なんで笑っとっとか!逃げえ、逃げえっ!」
「いいんじゃねェの?あいつ、大事にはしてくれるよ」
「なんでいっつも、そういう意地悪ば言うとね!あん人、どげん見ても普通じゃなか、きっと変態ばい。ふたりはウチを変態に引き渡すと?」
「変態か……耳が痛いのう」
「いいけん、ウチば連れて逃げんしゃい!」
金切り声にウケまくっていたふたりは、ふたたび顔を見合わせて軽く頷きあうと、半泣きになっている主を仰ぎみた。
「殿ぉ……そりゃ命令っちゅーことでええんかいのう」
「め、命令っ!逃げえっ!」
ひょろりと長いカトーと、小柄で丸々としたスキピオは、
「御意!」
馬車から飛び降りると、荷台を力一杯押し始めた。




