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オトコの姫とヒゲデブの騎士  作者: あしき わろし
11 オトコの姫とヒゲデブの騎士
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旅立ち

 政治嫌いだった先王イフススメス以来、久しぶりに王座にあるじが戻ってきた。

 まだ子供といってもいい少年なので、だいぶ座面を余らせているが、やはり王がいてこその王座、誰もいないよりは随分と座りがいい。


 そして新王ホノリスの御前に居並ぶ閣僚たちのなかで、最上位に畏まるアルカデウスもまた少年だった。王よりいくらか年長の宰相は、青年に足をかけた年代に見える。


 このふたりが両輪となって、斜陽をむかえていた王国は、国勢を大いに回復していく。

 野心ある臣下にかつがれて、国をふたつに割ってしまっていたこの異母兄弟が、のちにヤゴナ中興の名コンビになることを、まだ誰も知らない。

 ただ、



「はは、ちゃんとサマになってるじゃねェか」



 そう笑うスキピオの顔には、なんとなくそれを期待している雰囲気があった。

 ミトラも隣で頷いている。

 その眼差しは喜びとともに、一抹の寂しさを宿していた。それは兄弟として生まれながら、もう手を取り合うことも許されない、数奇で複雑な境遇を顧みてのことだろうか。



「なあ、殿」



 スキピオはわざとその顔を見ずに、



「何かと忙しそうだしよ。そろそろお暇しねェかい?」


「うん」


「このまま行っちまおうぜ。あのふたりなら大丈夫だ。きっとこの国はうまくいくよ」



 先王を殺した張本人にしては、ずいぶん呑気なことを言っているが、実際、彼らを捕らえようとする者はいなかった。


 嵐のように現れて、殴り描くように王位継承の絵図をひき、一気に実行してしまった王殺しの大罪人。だが同時に動乱をおさめた立役者でもあって、ちょっと扱いに困るふたりなのだ。

 それより生まれたばかりの新体制を、どうにか実像ある本物の政権にすべく、既成事実化に動くほうが先だった。宰相アルカデウスの号令のもと、次々と道筋が決められていたが、



「……ホノリス陛下におかれましては、此度めでたく新王にご即位あそばされましたことをお慶び申し上げ……」



 と、戦う相手がいなくなり、前代未聞の宦官軍団を解散せざるをえなかったヤゴチエヌスが、紫色の顔で御前で臣下の礼をとったとき、ようやくひとつの山をこえた。

 それを見届けて、



「さよなら」



 ミトラはつぶやいた。

 ひとまず城内の一室にとどめ置かれていたが、そこでじっとしているふたりでもなく、警護の衛兵を煙に巻いて、新王の様子を覗きにきていたのだった。

 王国の行く末に安堵して、そのまま、そっと立ち去ろうとしたとき、



「姉上!」



 ふたりを目ざとく見つけたのは、他ならぬ新王ホノリスだった。



「宰相、この国の恩人を忘れたらいかんがね」


「これは私としたことが」



 アルカデウスも立ちあがって、



「この国をお救いいただいた礼もせず、一室にとどめ置いた無礼をお許しいただきたい。どうか、こちらへ。すぐに陛下主催の饗宴を準備させますゆえ……」



 とりあえず罪を問うつもりはないようだ。



「どうする?ゴチになるかい?」


「スキピオ、は回復しとっと?」



 問われたスキピオはニヤリとして、



「完全にとはいかねェが、まァ、この国の連中に追っつかれることはありえねェな」


「なら、行くばい」


「そう言うと思ったぜ。また、あの水門あたりでカトーと落ちあうことになってる」


「カトーはどこにおっと?」


「あいつは野暮用があってね。先にいって待ってようぜ」



 スキピオの背に飛びのったミトラは、大きな声で追いすがる実弟と異母兄……この国をひきいることになった主従に呼びかけた。



「母上に伝えてほしか。ミトラは旅に出ますばい。もうお会いすることもなかろうもんけど、ご心配にはおよびんけん。つらいこともあったばってん、ウチにも苦しかときは助けてくれて、間違ったら叱っちくれる仲間ができたったい」



 スキピオが鼻をこすった。

 ミトラは曇りのない、晴れ晴れとした顔で、



「母上もお体に気ばつけて、いつまでもお健やかに、と!」



 言い終えるや返事も待たず、ふたりは窓から飛びだしていった。



 ふたりが姿を消すと同時に、回廊の片隅でひとりの女が泣き崩れていた。

 連れていかれた息子ホノリスを案じ、勇気を奮い起こして後宮から出てきた、先王の第三王妃タビアである。

 そのホノリスが即位したことにより、彼女も太皇后に格上げされることが閣議決定されている。

 故国タカハは就任した新王と強いパイプを持つことになる。およそ王族の女として生まれてこれほどの手柄はなく、また、本人としてもこの上ない栄達であるはずだった。


 だが……。

 彼女は嗚咽のなかで何事か謝りながら、なおもむせび泣いて、いつまでもやむことがなかった。

 愚かだが愛情深い彼女は、かつて性別を偽ってまで護ろうとした、そして、胸が張り裂ける思いで死地に赴くのを送った我が子が、たった今、もう戻らない旅に出たことを知ったのだった。

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