新政権樹立
「まァ、間にあってよかったぜ」
スキピオはそう言って息をついた。だいぶ回復したようだが、まだ頬がこけていた。
「でも……」
見返すミトラの視線に非難はなかったが、悲嘆と憂いを帯びていた。
「またスキピオに申し訳なかこと、してしもうたばい」
「んだよ、気にしねェでくんな」
「だって……」
ミトラの宝刀が振り下ろされる直前、間一髪のタイミングで短刀が王子や重臣の合間をかすめ飛び、イフススメス王の命を奪っていた。
投じたのはスキピオである。これで王族殺しの大罪も背負ったことになった。
「それよりよ。ちょいと縁遠かったとはいえ、殿の親父さんをこの手にかけちまった。なんなら首を差し出すが、どうなさるね。殿になら、オレぁ手討ちにされたって文句は言わねェぜ」
「そんな!とんでもなか」
ミトラは慌てて首を振った。
「お父さ……陛下にはこん国の乱れば招いた責任があっとたい。そして、それを収める器量もなか。だから王位をおりてもらわんといかんかった。でも、それをするのも王族の責任とよ。ウチがやらんといかんかったばい……」
「いや、殿。それは違うぜ」
スキピオは厳しい顔つきで、
「どんな責任があっても、必要があっても親は親なんだ。たとえツラを拝んだことさえなくってもな。だから殿がやるべきじゃねェ。これでいいのさ」
左胸を正確に射抜かれたイフススメスの亡骸には、壁にかかっていた王国旗がかけられていた。
あまりの展開に言葉もなく、気を呑まれたように立ちすくんでいた群臣も、ようやく亡骸の周囲に集まっている。もっとも、この先どうすべきか顔を見合わせているだけだったが。
スキピオはうって変わって明るい表情で、
「とまァ、やるこたァやっちまったわけだ。さて、この大罪人を煮るのか焼くのか、それを決めんのは跡目を継いだ新国王ってね」
と、群臣たちに声をかけた。
「その前に、まず、あんたらが新王を認めんのかだ。どうすんだい?」
群臣たちはなおも戸惑った表情をみせて、救いを求めるように互いの顔を見ていたが、ようやくひとりが進みでて、
「イフススメス陛下は崩御された」
そう宣言した。
「亡き陛下のご遺言により、王位はホノリス殿下が継承される。と同時にアルカデウス殿下にはぜひとも摂政の任にお就きいただきたく、我ら元老院、臥してお願い申しあげまする」
言い終えた者からひとりぬかづき、ふたり拝跪し、佇んでいる少年たちを中心にして、にわかに平伏の輪ができあがった。
しばらくおいてホノリスが言った。
「朕がヤゴナ国王ホノリスでや」
迷いのない、覚悟をきめた顔だった。
続いてアルカデウスが異母弟に向かってひざまずき、
「このたび陛下が即位あそばされたこと、まことに慶賀のいたりでございます。非才ながらこのアルカデウス、身を尽くして陛下にお仕えする所存でございますが、ただいま元老院より摂政の推挙を受けました。陛下におかれましては、私を摂政に任じてくださいますや否や」
「臣下アルカデウスを摂政に任じる。しっかり頼むがね」
ふたりの態度は堂々として清々しく、不遜や卑屈は微塵も感じられなかった。いまこの瞬間から主従を演じているのだ。
それは与えられた役割を完璧にこなして、この宮廷を生き抜こうという決意のあらわれである。この異母兄弟は、たったいま、その覚悟を決めたのだった。
大人たちよりもよほど肝が据わっていた。
(へえ……)
スキピオも驚いていた。
ともあれ新政権樹立。だが、その前にすましておくことがある。
アルカデウスは立ちあがって、
「諸君。急がねばならぬ」
彼もつい先ほどまでは、死んだイフススメスや新王ホノリスと同じ、ヤゴナ王族言語を話していたのだろう。それを瞬時に捨て去って、元老院と肩を並べてみせている。誰にでもできることではなかった。
「ただちに先帝崩御と新王即位の布告、そして各国の大使に同じ通達を。即位の儀は新年吉日との親書をもたせて、彼らの帰国を最優先させるのだ。ヤゴチエヌスとて大使には手が出せぬゆえ、一行に各兵団への密使を加えてもらうよう依頼してくれ。そして一刻もはやく第二、第三、第四の各兵団に新王への忠誠を誓わせるように」
就任したばかりの宰相から、矢継ぎ早に指示がとんだ。
することが決まってしまえば、元老院の面々もそれなりに有能ではある。指示が実行されるまでにさほどの時間はかからなかった。
「それから城門を開くように。同国人で殺し合うほど馬鹿なことはない。また奮戦した衛兵を充分に労うのを忘れないで欲しい。そして……ヤゴチエヌスに新王即位の慶賀に来るよう伝えてくれ」
かくして、突如として開城した王都でヤゴチエヌスが見たものは、王位継承がなされたあとの王宮と、新王誕生に沸く城下なのだった。
「うぬ……」
それが何を意味するか、わからない彼ではなかった。




