デブが跳ぶ
丘の向こうにヤゴナ王国の王都サンマルノの高い城壁が見える。
サンマルノはエカサと同じく、ラムカナ人が入植した植民都市で、成立したのもほぼ同時期だが、砂海交易によって拡大した兄弟都市とちがい、農地からあがる租税を発展の基盤とした。
この地が王都になるのは入植から二百五十年。沿海側の国境に近い旧都から遷都されて以降なので、政治的中心として五百余年の歴史を持つが、斜陽化しつつあるこの国において、王都もかつての繁栄はみられなかった。
ただ、その高く分厚い城壁だけが、往年の盛時をしのばせている。
その城壁が攻められていた。
梯子も投石機もなく、ただ力押しに押されているだけだが、もはや陥落寸前だった。
「宦官が城を攻めとる。おかしな光景よのう」
小高い丘に繁る木立の中で、カトーが宦官の城攻めを眺めていた。
スキピオも手をひさしにして、
「ウシケラに蹴散らされて、宦官もだいぶ頭数を減らしたようだが、それでも逃げ込んだ近衛兵なんざ、敵にならねェだろうなァ」
「宦官どもは城門にたかっとるだけじゃ。軍隊の訓練をつんどらんちゅうのは、あがぁな芸のなさにもでるんじゃのう」
「訓練をつんだって近衛兵はあのザマだけどな。もっとも、ほとんど殺されちまって戦力になるほど残ってねェんだろうけどさ」
しかし宦官軍をひきいるヤゴチエヌスにとっては、この状況すら想定外だろう。
本来なら王都にいたる前に殲滅しつくして、みずからは保持した戦力を背景に、新王擁立の既成事実までもっていきたかったはずだ。
まさに臍を噛む思いで、慣れない城攻めの指揮をとっているに違いない。とはいえ、
「まァ、時間の問題だな。じきに城門が破られるぜ」
スキピオが切り株から降りて言った。
「どうすっと?あれじゃ、城の中に入れんばい」
のんびり構えているふたりとは対称的に、ミトラはさっきから気をもんでいる。
素人目にみても、もう王都に防衛する力が残っていなかった。城門を破られてしまえば、城下町など足止めなもなりはしない。王宮まで一気に攻め込まれて、たちまち陥落するだろう。
もちろん東西および北方の各兵団は間に合わない。危急をつげる早馬を出せたとしても、おっとり刀で駆けつける頃には、何もかも終わってしまっている。
「とにかく、落城する前に王宮までたどり着かなきゃ始まんねェやな」
スキピオはストレッチを始めた。
まず、ふくらはぎを入念に伸ばして、膝と足首をよく回し、股関節を一杯にひろげ、それぞれ可動域をほぐしていく。次いで腰で∞を描き、ゆっくり前屈、後屈を繰り返して、片肘を後頭部につけて脇腹を突っ張り、両肩をぐりぐりスライドさせ、首筋をポキポキ鳴らしてから、最後に深呼吸して息を整えた。
「よっしゃ。行こうか」
「な、なんばしよったと?」
「人間は動物と違うんでね。しっかり準備運動をしておかねェと、思わぬケガをするわけさ。まァ、オレは亜人なんだけどね」
言いながらしゃがみ込んで、
「背中に乗ってくんな。おっかさんのところまで連れてってやらァ」
「でも、いくら早く走っても、宦官が城門を塞いどって無理ばい」
「誰が走ってくつったよ」
「え?」
「かっ跳ぶのさ」
スキピオはニヤリとした。
訝りながらミトラがおぶさると、しっかりと腕が首にまわされていることを確認してから、
「殿、しっかり掴まって、絶対に手ェ離さねえでくれよ」
そう言った次の瞬間、助走もせずに跳躍した、その高さたるや……。
いきなり一〇パス(約十五メートル)の上空に連れてこられたミトラが、
「ぎゃー!」
「かかか。まだまだ、このくらいで驚いてもらっちゃ困るぜ。ところで殿、王都の城壁ってなァ、どのくらいの高さがあるんだい」
「じょ、城壁は一五パス(約二二・五メートル)、厚さは二・五パス(三・七五同)、二〇パス(三〇同)ごとに物見の塔が建っとうと……ふぎゃー!」
「城壁ん中は?」
「王宮の周りに幅二・七パス(約四メートル)の水堀、王宮の外壁は高さ三・五パス(五・二五同)ばい」
「よっしゃ。まったく問題ねェ」
「ぎゃあぁ@&?≡<=□★!」
高く跳ぶたびに、ミトラが言語にならない悲鳴を発して、しがみついた。




