オトコの姫とヒゲデブの騎士
カトーとスキピオは、拳骨をミトラの脳天にくらわせた。
いきなりポカポカっとくらって、
「???」
頭を抱えて見上げるミトラに、
「我りゃ、何を抜かしとんじゃ!命を粗末にしとったら承知せんど!」
珍しくカトーが怒声を浴びせた。
「だって……」
「だってもクソもあるかい。どうにもならんで命の投げだすんは、結局、逃げじゃ。そがいなもんは勇気とも覚悟とも言わん。最低の最低じゃ」
「けど……」
「けど、なんなら。まだカバチたれよんか!」
激昂するカトーを制してスキピオが片膝をついた。
「気持ちは、わからくはねェけどよ」
と、目線をミトラに合わせて、
「誰からも生きることを望まれなかった。さっき、そう言ってたけどよ、オレたちが望んでる。それじゃ駄目かい?」
「え」
「見てくれの悪ィおっさん二人ですまねェが、オレたちゃ、お前に生きて欲しいと思ってんだ。どっち向いても目ェそむけたくなる世の中だがよ、ここはひとつオレたちのためだと思って、この世に見切りつけちまうような物言いはよしてくんなよ」
ミトラは何も言わず、言葉の意味を考えるように黙り込んでいたが、やがて確かめるように呟いた。
「本当にそう思うと?」
「おう」
「じゃあ、ウチ、生きてもええと?」
「当たりめェだ。いいに決まってらァ」
「生きてええとね」
立ちすくんだまま、ミトラは袖で目元を拭った。拭っても拭っても、涙はとめどなく溢れた。
片膝をついたまま、落ちつくまでスキピオは声をかけなかった。その背後では、もらい泣きのカトーが袖口を顔に押し当てている。
しばらくしてミトラが、思い出したように顔をあげた。
「でも、母上が……」
「さあ、そこでモノは相談だ。あんた、オレたちの主君にならねェか?」
「主君?」
「ほーじゃ。ワシらふたり、あんたの配下じゃ」
ミトラは驚いて、
「な、なんで?」
「オレたちはな。微禄ながら、とある国で軍籍に身をおいてたんだ」
「その国は?」
「なくなっちまったよ。亡国の遺臣ってやつさ。まァ、いろいろあって、二度と誰かに剣を捧げるつもりはなかったんだが」
「もしかしたら、ワシら、忠誠を誓う相手を探しよったんかもしれんのう」
「だな。いい大人が情けねェが、好き勝手に暴れんのは得意でも、てめェで身の振り方を考えんのは苦手でよ。だから愚痴をたれながら諸国をぶらついてたんだが、何のことはねェ、捧げたはずの忠誠が宙ぶらりんで、引き受けてくれる誰かを、ずっと探してたってわけさ」
「はやい話が自主性の欠如じゃ」
「だから頼む。お尋ね者を抱えちゃ面倒くせェだろうが、見込まれたのが運の尽きと思って受けてくんな」
「頼まあや。この通りじゃ」
カトーも膝をついた。
ミトラはふたりを交互に見ていたが、やがてその突拍子もない申し出が、真心から出た本意と悟って、
「受けるばい」
と、承諾した。
カトーとスキピオは破顔一笑、小躍りしながら立ち上がり、
「よっしゃ。そうと決まりゃあ善は急げだ。あいにくと盃がねェから、こいつで一口ずついこうや」
スキピオはブドー酒の詰まった皮袋を取り出して、
「急ぎの親子盃につき媒酌人は省略、口上人は手前が兼務いたします。手前、姓をスキピオ、名をプブリウスと発します。縁あって盃を受けますからには、親が白いと言えば黒でも白、すべからく承服すること、もとより覚悟でございます。本日より一命を差し出す決意にて、この盃、有難く頂戴致します」
と、ぐびりとやってカトーに渡せば、
「手前、姓はカトー、名はマルクスでございます。今日よりミトラ親分に従う子分でございます。スキピオの兄弟分みたあには、ええがに口上が言えんけども、とにかく一生懸命つかえますけえ、ひとつ、よろしゅう頼んます」
と続いて、皮袋をミトラに手渡した。
どうしていいかわからないミトラに、
「格好だけでいいから、ちょっとだけ呑んでくれ。酔っちまうから舐めるだけな……そうそう。それでは、これにて親子盃の儀、無事に成就と相成りました。只今よりスキピオとカトーはミトラ親分に従う騎士として、滅私奉公に邁進する所存にございます」
ミトラはまだきょとんとしていたが、スキピオは喜色を満面にして立ちあがった。
「よし。じゃあ本題に戻ろうぜ。殿、どうしたいか言ってくれ」
「と、殿ぉ?」
「そうさ。たった今からあんたが殿で、オレたちは殿に従う騎士なんだ。ご指導ご鞭撻のほどヨロシクとくらァ」
「ワシらは命じられたら必ずやる。殿にその価値があると見込んで誓いをたてたんじゃけえ、どんなことでも言うてくれたらええんよ」
「さあ、殿、どうしたいか言ってくんな」
それでもしばらく戸惑っていたが、やがておずおずと、
「母上を……母上を助けたか」
カトーとスキピオは異口同音に、
「「御意!」」
と、また片膝をついた。




