覚悟とゲンコツ
「ありがとう。ここでお別ればい」
笑顔をみせて、ミトラはそう言った。
「ちょ、ちょっと待ちんさいや。なんでそうなるんじゃ」
「そうだぜ。あんまり急いでコトを決めるもんじゃねェよ。ま、まずは落ち着け。な?」
カトーとスキピオのほうが慌てていた。
ミトラは穏やかな笑顔のまま、
「本当によくしてくれたけど、やっぱり、ふたりは外国のひとばい。これ以上、深入りせんうちに逃げてほしか」
「逃げろって、お前はどうするんだよ」
「さっき、ヤゴチエヌスが言いよっと。ウチのこと殺そうとしたんは、今までウチの面倒をみてくれた人たちやったとよ」
スキピオが小さく舌打ちをした。
クソが、喋っちまいやがったのか。
カトーも憮然として聞いている。
「こんことを母上が知っていようかヤゴチエヌスに訊いてみたら、知らんほうがよか言うて笑いよったばい」
「け、けどよ、そうと決めつけちまうのは早えんじゃねえか。ヤゴのクソ野郎も、おっかさんが知ってたとは言ってねェんだろ?思わせぶりなこと言っただけでよ」
ミトラは首を振った。
「知らんはずなかよ。だってウチが輿入れしたら、おなごしやなかってバレて困ろうもん。ばってん、どうしたらいいか相談するとしたら、母上の周りには宦官しかおらんばい」
「それは……」
「だから母上はウチが殺されようことを知っとっと……というより、たぶん、そうなるのを望んどったばい」
それでもまだミトラは笑顔だった。それがむしろ深く傷ついた心情をあらわしているのか、それともある種の悟りに近い心象なのか、表情からはわかりかねた。
「で……どうするんじゃ」
「王都に帰る」
「何言ってんだ。殺されちまうぞ」
「ウチ、誰からも生きていくことを望まれんかった。もう、ここいらでよか。みんなの望み通りになるたい」
微笑んだままそう言うと、
「けどウチが死ぬかわりに、なんとか母上ば助けるばい」
「なに?」
「ヤゴチエヌスは母上も殺す気やけん、このままやと母上が危なか。ウチはおとなしく殺されるばってん、母上だけは助けてくれるようヤゴチエヌスに頼んでみるたい」
「ちょっと待てよ。おっかさんは、その、お前を……」
「それとこれとは話が別たい。母上は……やっぱり母上ばい。大事な人であることに変わりはなか」
ミトラはあらためて頭をさげて、
「いろいろ本当にありがとう。これでもウチ、ふたりのこと好いとうよ。たまには思い出してくれると嬉しかね……さよなら。ずっと元気で」
と言い残して踵を返し、ひとり歩いていく。
カトーとスキピオはその後ろ姿を眺めながら、
「聞いたかよ、おい」
「聞いた」
「いくら母親つっても、てめェを殺そうとした相手だぜ。そいつを助けて、てめェはやっぱり死ぬんだとよ」
「らしいの」
「考えてみりゃあ、ヤゴナで育ってんのに、あいつはタカハ古王朝の宮廷言語を喋ってるよな。隔離されて育ったぶん、おっかさんの存在がでけェんだろな」
「母親を侮辱するなと、ヤゴチエヌスに一発、返しとったで」
「マジかよ。殺されかかって、小便を漏らすくらいビビりまくってんのにか」
「それでも譲れんところは譲らんのよ。我りゃー、同じことができるか」
「さてね……たぶん、無理だろうな。なんてやつだ」
スキピオはぶるっと肩を震わせて、
「なァ、オレは腹きめたぜ」
「ワシもじゃ」
「だが、その前にやっとくことがあらァな」
「ほーじゃ。叱らんといけん」
ふたりはいきなり走り出した。すぐミトラに追いつく。足音に気づいて振り向いたところに容赦なく、
「「ふんっ!」」
ふたりして拳骨をかため、ミトラの小ぶりな頭に振り下ろした。




