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オトコの姫とヒゲデブの騎士  作者: あしき わろし
10 暗君の治世はいくさだらけ
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ちいさな勇者

「邪魔だから、ぶっ殺されなさい。このカマガキ」



 ヤゴチエヌスの目に宿っていたのは、隠そうともしない剥き出しの憎悪だった。


 山中の狼藉者も、エカサの奴隷商人も、暴動を起こした群衆でさえ、これほど毒まみれの悪意をぶつけてきたわけではなかった。

 ミトラは震える唇を噛みしめた。必死に歯を食いしばって耐えた。

 剥き出しのまま向けられた悪意を受けとめられるほど、まだ強くはなかったが、懸命にこみあげるものを堪えていた。



「なーに泣くのガマンしてんのよ。意地でも張ってのつもり?」



 ふん、と鼻を鳴らしたヤゴチエヌスは、



「まあ、こうなったらしょうがない。このことを知ってる奴はみぃんな始末して、むりくりホノリスを即位させちゃうしかないでしょ。王権でも使わなきゃ、この状況とまンないンだから」



 と、意にも介さない。人間として大事な部分……ナニではなく……が欠落していた。



「王権を握っちゃえば統帥権がおさえられる。そうなりゃ法制上、軍は動けない。ううン、むしろ元老院を根絶やしにする手足になってもらわなくちゃ。でもね、なにも手塩にかけた宦官軍団まで動かす必要はなかったのよ」



 ヤゴチエヌスは額がぶつかるほど顔を寄せて、



「アンタさえ、おとなしくぶっ殺されてればね!」


「は……母上は……」



 震えながらもミトラは懸命に睨みかえしていた。



「母上はどうなっとか」


「それを知ってどうすンのよ」



 ヤゴチエヌスは酷薄な笑みを浮かべて、



「さあ、どうなるかしらね。あの女の我が儘にも手を焼いたけど、こっちは王権さえ自由にできれば、もう用事はないンだから」



 その横面めがけて、ミトラは小さな拳を突き出した。

 しかし、ヤゴチエヌスはわけなく細腕を掴みとり、そのまま片腕で吊りあげた。



「カマガキがいっちょ前に、抵抗なんかしてンじゃないのよ」



 ミトラの爪先が地面から離れた。凄まじい握力で掴まれる痛みと、全体重が片腕にかかる苦しみに耐えながら、



「母上には……手を出す……な」


「生意気」



 片手にミトラぶら下げたまま、ヤゴチエヌスは逆の拳を引くと、次の瞬間、容赦なく腹部に叩き込んだ。



「ぐっ……ごほっ」



 ミトラは宙に浮いたまま、身体をくの字に折って悶絶した。



「あの女がそんなに大事?」


「手を……手を出すなって……言うとろうもん」


「おめでたいわねえ。あの女が、このことを知らないとでも思ってンの?」


「え?」



 苦悶に歪むミトラの、大きな目が見ひらかれた。



「そりゃ、あンたの子供をぶっ殺すって、かダイレクトには言ってないけどね。けど薄々は感づいてるに決まってンでしょ?感づいてるのに気づいてないフリしてンのよ」


「は、母上を……」


「お高くとまった王族だって所詮はそンなもんよ。自分の身がかわいくて、自分だけでも助かりたくて、お上品な顔で自分の子を見殺しにする。そうに決まってんの」


「母上を侮辱すっと許さんばい」



 その状態からまだ反撃してくるとは思っていなかったのだろう。

 ミトラが繰り出した小さな拳は、今度こそヤゴチエヌスの分厚い横面を打った。それはさしたる痛痒を与えなかったようだが、高慢な自尊心にとっては打撃だった。



「てンめぇ……」



 サイズは数倍、威力は数十倍の大きな拳が、小さな勇者の顔面を襲った。



「誰が誰を許さないって?え?ぶっ殺されそうになってンのに?舐めんじゃないわよ……って、こいつ、ちびってンじゃないの!」



 下半身が滴っているのを見て、ヤゴチエヌスはミトラを放りだし、巨大な石柱のごとき足で蹴りあげた。



「小便をもらすほどビビりまくってンのに、許せないからってどうすンの?ねえ、どうすンのよ?」



 執拗に蹴りを入れられ、ぐったりとしたミトラを見おろしながら、



「か弱いわ、小汚いわ。やっぱり生きてる価値ナシね。もうぶっ殺されて、死になさい」



 と、磨きおわって手渡された斬馬刀を、ゆっくりと振り上げた、そのとき……。



「?……なにこれ」



 湧きあがるような地響き。振動する大地。

 それは徐々に大きくなり、視界がぶれるほどの激しい揺れとなって、宦官たちをよろめかせた。



「どゆこと?」

「何が起きてるの?」



 ざわつく宦官のひとりが、彼方に異変を見つけて、



「ちょっと、あれ!」



 と叫んだ。

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