ナセルス斬首
宦官《軍》に攻め込まれて、正規軍は混乱に陥った。
「こ、こやつら戦う気なのか」
「宦官どもが、なぜ……」
「応戦したほうがいいのでないか」
「兵団長殿、いやナセルス閣下のご裁断を仰げ」
これで戦えるわけがない。
気構えも布陣もできていない正規軍、専ら王宮の警備を担っている近衛兵団は、たちまち総崩れになった。
いや、気構えや布陣の問題ではないのかもしれない。押し寄せてくる宦官ひとりひとりを見れば、胸筋はたくましくせり出して、いかめしく張った僧坊筋に首が埋まり、長槍を繰り出す上腕筋は、なんと近衛兵の倍ほどもある。
なかでも、鋒矢陣の中心にいる。ひときわ大柄な宦官は別格だった。その巨躯がくり出す斬激は、ひと薙ぎで三、四人ばかりの近衛兵を、甲冑ごと両断してしまう。
近衛兵は恐慌状態に陥った。恐怖が恐怖を呼び、算を乱して逃げ惑う。大柄な宦官は前方を遮るものだけを、無造作に斬り払いながら、悠々と歩を進めていた。
読者はお気づきのことだろうが、第五十三話『バカ王子と宦官軍』において、バカ王子に斬りかかった宦官が彼である。また第三話『好きモノたちの最期』において、台詞みっつで早々に立ち去った巨漢もまた彼である。
「ヤ、ヤゴチエヌス……」
鬼と化した政敵の姿に、ナセルスはただ呻くしかなかった。
首魁のヤゴチエヌスを先頭にした宦官の鋒矢陣は、大蛇が頭から獲物を呑み込むように、近衛兵の隊列を蹂躙して、ナセルスの輿に迫りつつある。
「なにをしておるか!相手は男ではなくなった者どもではないか」
というナセルスの裏返った声も、すでに届く距離だった。
「なにあれ。あんなこといっちゃってるけど?」
串刺しにした近衛兵を背後に放り投げながら、宦官のひとりが隣に声をかけた。
「ついてるだけで、偉いとでも思ってるんじゃない?」
「近衛兵なんて祭儀のときに突っ立ってるだけの木偶の坊じゃない。こちとら、鬼より怖いヤゴチエヌス様に、毎日しごかれてんのよ」
「そこらの玉なしより、よっぽど鍛えてるっての」
「あら、玉がないのはどっち?」
「やだ下品」
「うふふ。お上品ぶってなんか、いられないじゃない。だって、殺し合いしてるんだもの」
返り血で真っ赤に染まりながら、宦官たちは、そんなことを喋っている。
近衛兵は個々に逃走を始めていた。撤退ではない。自分の持ち場はおろか、手にした剣槍さえも放り出して駆けだしていく。
投げ出された輿から転げ落ちたナセルスは、呆然としたまま、立ちあがることさえ忘れていた。
血の滴る段平を片手に、ゆっくりと歩み寄ってくるヤゴチエヌスを見上げながら、
「正規の近衛兵団が、宦官ども相手に壊滅だと……」
見下ろすヤゴチエヌスの顔には、隠そうともしない軽蔑があらわれていた。
「貴様、ヤゴチエヌス……陛下をお護りする近衛兵団に刃を向けることが何を意味するか、わかっておるのだろうな」
「笑止ねえ」
もう刃が届く距離だった。
が、野太くこたえるヤゴチエヌスの言葉は、刃に鋭くナセルスを抉った。
「近衛兵団かくも惰弱なり、ってとこね。弱き者が淘汰されるのは乱世の理よ。何者であろうと、その理を逃れることはできないの」
「乱世……?」
「だから笑止ってのよ」
ヤゴチエヌスはせせら笑った。
「愚にもつかない伝統とやらに胡座をかいて、時代の趨勢を読もうともしない。乱世なンか、とっくに始まってるじゃない」
「貴様、まさか陛下を……」
「ふン。いくらあたしでも、宦官の身で王位なんか継げやしないわよ。そのかわり、あたしの意に従う王をたてる。実質的には、あたしがヤゴナ王国のヌシになるってわけ」
「許されんぞ!たとえ近衛兵団を破り、元老員を牛耳ったとて、ヤゴナにはまだ四軍あることを忘れたか。いかに貴様ら宦官が精強だとて、八万騎を擁する四軍の……」
「あンたの知ったことじゃないから」
ヤゴチエヌスは斬馬刀を軽く振った。
しばらくしてから、頭部を失ったナセルスの胴が、ゆっくりと倒れていった。




