宦官軍団
「ナセルス様。前方に兵団がおります」
という報告を、ナセルスは輿で聞いた。
彼がいる近衛兵の本隊は、ながい隊列の中ほどになる。続く御簾つきの輿に、嫌がるミトラを乗せていた。
近衛兵団は順調に日程をこなし、そろそろ街道の彼方に王都の城壁が見えてくるか、というところだった。
王都の周辺は、この国では珍しく起伏の緩やかな丘陵で、かつては豊かな穀倉地帯だった。
管理能力の低下によるのか、いまでは持ち主のいない荒れ地となっている場所が多い。
ところどころに、王都の貴族がなかば農奴化した小作人をつかって営む、小規模な農園があるだけだった。
が、それとても野生化したウシケラトプスの群れに柵を破られ、しばしば収穫前の農地を食い荒らされる。
この暴獣にとって農園とは、穀物などが集積している場所にすぎなかった。それを防ぐ技術も、意欲も失われつつある。
貴族たちが農業から手を引き、交易に血道をあげる所以だった。
つまり王都周辺は、荒れはてて閑散とした丘陵に、街道だけが通っていることになる。
兵団を展開するなら、おあつらえむきな場所とは言えたが……。
「こんなところに兵団だと?近衛兵団は余が率いておるのだぞ。どこか地方兵団に動いた形跡でもあるのか」
輿に揺られるナセルスは、部下の報告を俄に信じようとはなかった。
「東方管区第二兵団、西方管区第三兵団、北方管区第四兵団。いずれも任地から動いたという情報はありませぬ」
「うぬ。では勝手に動いておるのだな。いったい、いずこの兵団か」
彼は地方兵団が報告なく任地を離れたという解釈をした。
古来、そうした例がないわけではない。たとえば待遇改善の要求に押しかけたときなど、長らく王都に居座ったこともある。
「伝令をやって、兵団長を呼べ。部下どもの騒擾に屈しおって」
ナセルスは不機嫌に呻いた。
「二、三十人も斬ればおとなしくなるものを、こんなところまで、のこのこと出てきおって」
ところが近づいてみると様子がおかしい。
いずこかの兵団にみえる相手は鋒矢の陣をしいていた。
言うまでもなく、行軍ではなく交戦のための、それも正面から敵を蹂躙するための陣形である。ひときわ大柄な男を先頭に、一列目は既に長槍を構え、二列目以降は立てて構えている。
目鼻が視認できるほど距離が詰まったとき、ナセルスとその部下は相手の正体を知った。
「あれは宦官です」
「宦官だと……!」
全員が剃頭に薄い眉、髭のない顔。ゆったりとした長衣に襷をかけて、長槍で武装しているが、それはまさに宦官に違いなかった。男性器を切除した者たちが武装して、本職の軍人を待ちうけていたのだ。
しかも地面に立てた長槍に、これ見よがしに掲げてあるのは、先ほど送った伝令の首。すでに敵対の意志を露わにして、静かな殺意を漂わせている。
「なんのつもりだ」
唖然としているうちに、先頭の大男が、頭上の斬馬刀を振りおろした。
それが合図だった。一方的に戦端が開かれたのだった。




