イフススメス陛下
「ヤゴチエヌスとナセルスは何処へいきゃーた」
国王イフススメスは欠伸をしながら下問した。
だらしないようだが、場所としては相応しくもある。もう昼前だというのに、イフススメスはまだ起床の儀を終えていなかった。ついさっき目をさましたばかりで、なんとまだ寝所のなかないる。
起床の儀の参列者は、王国の重鎮たちだった。元老院主席のナセルスはじめ、政務を担当する閣僚と、私生活を司る正皇后、ならびにそれを補佐する宦官長ヤゴチエヌス。
そのなかでナセルスとヤゴチエヌスが実力的に抜けていることは既に書いた。正皇后とはこのところ別居状態にあるので、実質的にふたりが参列者の最高位といってよかった。
ところが、今朝(?)はそのふたりともが起床の儀を欠席している。
「ふたりが見えんがや。何処へいきやーた。ふたりを呼んできてちょーが。朕を放っておくやつがあらすか」
「ナセルス様より奏上にございます」
閣僚のひとりが膝を擦ってきて、恭しく書状を捧げた。
「なんでゃ。なんぞ面白いことでも書いとるんきゃ」
「明後日にて元老院を開会をご許し賜りたく、議員招集の勅をお発し頂きたいとの由」
「そんなこときゃ。あやつは政が好きだがや」
イフススメスは政務が嫌いだった。閣議に顔を出すことはなく、執務室に立ち入らない日さえ少なくない。
そもそも寝所で奏上をきくことじたい異常だが、彼が即位してからは、それが常態化していた。酒宴の席か妻妾のところでなければ、殆どそこにいるのだら仕方ない。
日頃、かわりに議案を決裁しているのはナセルスだった。王国の半分は彼が動かしているといえる。それなりに有能なのだ。
「必要と思うならやるがええわ。いちいち奏上には及ばんでよ」
「議員召集は、陛下のみが、お持ちの権限にございます故」
「印璽はヤゴチエヌスが持っとるで、あやつに借りて勅でも何でも出して、勝手にやってちょ」
「怖れながら、ナセルス様は陛下のご臨席をも願い出ておりまする」
「朕に?元老院に出りゃーと?なんでだがね」
「さあ……そこまでは。なんでも面白き趣向にて、陛下をおん驚かせ奉る所存、とか」
「朕を驚かせる……?」
イフススメスの頬がぴくりと動いて、あらまめて閣僚に目をやった。興味を示したのだ。
「どんな趣向で朕を驚かせるがや」
「さあ……我々には」
「面白い。ヤゴチエヌスはどこへいきゃーた。早く印を持ってくるように言ってちょ」
「それが、おられませぬ」
「わかっとるわ。おらんだで、さっきから呼んどるがね」
「おそれながら……」
閣僚たちも訝しく思い、イフススメスが起床する前から何度も使者をやっていた。
心配して、というのとは勿論ちがう。
奏上ひとつ残してナセルスが不在のいま、彼らだけで気短で気まぐれな主君の相手をするのは、かなり荷が重いのだ。
それがどんなに理不尽でも、感情の爆発がいつ自分に向けられるかわからない……。
彼らはイフススメスの顔色を窺いながら、おそるおそる報告した。
「後宮は陛下の御妻妾さまたちと、宮女ばかりの様子で……宮女に尋ねましたところ、宦官は昨日からひとりも姿が見えず、ご食事、ご入浴も儘ならず、泣いておるばかりの態にて……」
「なんと。入浴にさえ不自由しておりゃーすか!なんたることだがや。宦官どもめ、おのれの職分も果たさず何処へいきゃーた!」
はたしてイフススメスは烈火のごとく怒った。今回はその矛先が、順当に宦官たちへ向いてくれたようだ。
「帰ってきたら、どうするかみとりゃーせ。二、三人も首を刎ねりゃあ、ヤゴチエヌスも気を引き締めるでよ」
閣僚たちは胸をなでおろした……が、主従ともども、後宮から宦官が根こそぎ消えることの異常性に気づいていなかった。
気まぐれを起こして出かけたのだろう、という程度の認識で、いずれ揃って帰るもの思っている。
主従ともども、あまりに無能だった。




