バカ王子と宦官軍
エカサから山岳地帯に入り、国境をこえて砂海へ入ると街道の舗装路が途切れる。ゆえに商業都市エカサより隣国オラスマへと向かう物資は、国境付近で馬車から駱駝に積み替えられた。
その国境付近をゆく一団があった。
甲冑も美麗な美丈夫と、その家来二十名である。ただし馬上の美丈夫ことタケチウスは、元気一杯に暴れまわってエカサ暴動の一因となった、はた迷惑な活力を失っていた。
「ひ、姫……ミトラ姫……」
タケチウスはひとりごちた。ほとんど涙ながら、というしおれかただった。
侍従たちは当惑しきって、顔を見合わせるばかり。暴れるのは得意だが、知力は主と似たり寄ったりで、こんなときにどう声をかければよいか、誰も知らないのだ。
「嗚呼、ミトラ姫よ……」
正と誤。
善と悪。
敵と味方。
そして可能と不可能。
あらゆるものを二元的に認識しているこの男にとって、女性との関係は結ばれるか、結ばれないかに帰結する。
恋い焦がれた相手が女性ではなかった。ために結ばれることが叶わない。即ち、不可能。
それ以外の価値基準をもっていない以上、それは相手との断絶を意味した。そしてそのようなとき、悲嘆に暮れるしか対処の仕方を知らなかった。
「若」
と、侍従のひとりが言った。励まし方を思いついたのではない。何やら振りかえって後方をみていた。
「誰か追ってきます」
タケチウスが物憂げな顔をあげて、緩慢な動作で首をまわすと、確かに通ってきた街道に、もうもうと土煙をあげて、およそ三十乗の馬車が迫ってくる。
一乗にに三人と計算すれば、ざっと百人弱か。ゆったりとした長衣に剃り上げた頭部、髭のない顔に薄い眉……。
「宦官……?」
惚けたような顔でタケチウスが言った。
彼の国にも宦官はいる。が、それと土煙をあげている馬車とが、うまく繋がらないようだ。
さすがに侍従たちは剣の柄に手をかけた。宦官たちは武装していたのだ。槍を突き上げ臨戦態勢、いや、弓を構える者はすでに弦を放って、もう大気を裂く矢が唸りをあげている。
すでに開戦しているのだ。
「なぜ宦官が?」
手の早いタケチウスの部下も、完全に不意をつかれた格好だった。四人、五人が矢を受けて絶叫し、助け起こす間もなく三十乗の馬車がなだれ込む。
ながでもひときわ大柄な宦官が、斬馬刀を振り上げながらタケチウスめがけて突進し、
「悪く思わないでよ。あんたに恨みはないンだけど、ミトラのことを喋られたら困るの」
野太い声でそう言うと、斬馬刀を振りおろした。




