雲の彼方
「言いたくねェ」
とスキピオは言うが、考えれば考えるほど、ミトラを殺す動機をもっていたのは誰なのか、嫌でも答えが出てしまう。
「第三王妃……つまり、ミトラの母親よの」
カトーが感情のこもらない声で、
「まあ気休めを言うわけと違うがの、王妃ひとりで男児を女児と偽るのは無理じゃけん、身のまわりを世話する宦官も一枚噛んでたんじゃろ」
「まァな。それに国外から嫁いだ王妃にゃ兵を動かすツテがねェ。宦官長のヤゴチエヌスだろうな。そいつが、軍部に渡りをつけたんだ。野党のふりしてに殺せ、とな」
「だけじゃのうて、ミトラ側におった護衛の一部もグルと違うか。旧街道の小いくさで、余りに戦意がなかったのを憶えとろうが」
「殺される予定になってんのを、本気で護ろうとはしねェからな。だから適当に抵抗したふりをして、怪我しねェうちに退散しちまったんだ。死んだのは茶番を知らされてねェ下っ端だけってワケさ……けっ」
スキピオは思わず拳を握りしめたが、振り下ろすところもなく、二度、三度と自分の掌を打った。
やがて、ふてくされたように、
「嫌な話だねェ……オレはときどき、この世界ごと、ぶっ壊したくなるよ」
そう言って、また空を見あげた。
どこからか鳶がやってきて、高いところで輪を描いている。その遙か上に浮かんでいる雲は、じれったいほどゆっくりと、しかし気がつけば彼方へ流れているのだった。
そんな雲を眺めながらカトーが言った。
「まあ、どうせ、このままじゃ終わらん」
「だろうな。ヤゴチエヌスのほうが、このまま黙ってるわけねェからな」
「ほうじゃ。必ず動く」
「なァ……王妃はどのへんまで、この絵図にかかわってんのかな」
スキピオは物憂そうに、
「本当にミトラのおっかさんは、殺されるのが不憫で性別まで偽ったてめェの子を、今度は保身のために殺そうとしたのかな」
「そりゃ、訊いてみんとわかりゃせんわい」
カトーは大きな欠伸をして、
「考えてもわからんことは、考えんことじゃ。どうせ、わかりゃせんのじゃけえ。そういうわけで、ワシぁ寝るわい」
と、たちまち鼾をかき始めた。ふたりの会話はそこで途切れたが、
「すまねえなあ、お二人さん!」
かわりに干し草の山の向こうから、大声で呼ばわる者がいた。
「どうも、この先を軍隊が行進してるようでねえ。勇ましいのは結構なんだが、兵隊さんは足が遅くっていけねえや」
干し草を王都にちかいウシケラトプスの放牧地まで運ぶ、気のいい牧夫だった。
ナセルスが突き返した金貨をみせたところ、小躍りして荷台に乗せてくれたのだ。もちろん、今度は本物の運搬夫であると、スキピオはきちんと裏をとっている。
「気にしねェでくんな。乗っけてもらってる身だからね。贅沢は言えねェや。それよりエカサの暴動は、あんたに影響ないのかい」
「なあに、こちとら気ままな牧夫だからね。街住みの市民サマとは世界が違うさ。それより急ぐ旅じゃなかろうね?なにせ軍隊ときたら、追い越そうもんなら、血相かえて怒りやがるからな」
「急がねえよ。ゆっくりやってくれ」
スキピオはそう答えておいて、
「オレたちも、その軍隊に用事があるんだ」
そう、ひとりごちた。




