お馬鹿プリンス
エカサの暴動も、はや三日目。
ようやくにして到着した正規軍は、荒れ狂う暴徒を鎮圧するかと思いきや、城門を抜けた数名を収容し、そのまま陣を返してしまった。
「ちょ、ちょっと!」
慌てたエカサ商工会議所が、早馬を追わすも返事はなく、正規軍は王都に向けて、ゆっくりと行進をはじめたのである。
すでに被害は甚大だったが、その後も混乱は続き、商業都市エカサは壊滅的なダメージを受けたのだった。
一日の行程を消化した軍隊は、場所をきめて野営にはいる。
その昔は付近の樹木を伐採し、防御柵で四方をかため、全軍を収容する兵舎をそのつど建造していたが、近年では幹部クラスのみ、それも遊牧民由来の天幕ですませることが多い。
その天幕の中で、
「あれはどうしている」
極薄に削いだ脂身を、口に運びながらナセルスは下問した。
もちろん元老院の首席とあって、彼の天幕は軍団長のそれより広く、特別誂えの調度品は、運搬のためだけに一部隊をさく貴賓ぶりである。
「は。ずっとふさぎ込んで、ほとんど口もききませぬ」
二刻(約四時間)におよぶ晩餐のあいだ、常に傍らに控えている侍従長が答えた。
「食事はどうだ。摂っているのか」
「は。イチジクを少々」
「だけか」
「は」
「体調に気をつけよ。王都に着くまでは五体満足でいてもらわねばならん」
「は。畏まりました」
「いちいち『は』は要らん」
「は」
「貴様を死刑に処す」
孵化前の雛入り卵をすすりながら、ナセルスが宣告した。
衛兵が棒立ちの侍従長を引きずっていく。それと入れ代わるようにして、
「お待ちを、お待ちくだされ!」
と押しとどめる衛兵たちを蹴散らして、天幕になだれ込んでくる一団があった。
「どうか、お待ちくだされ!わ、わわっ」
「オラスマ首長国第八王位継承者、タケチウスでござる。幼少より十数年に渡る我が伝説の大遠征は、貴殿もお聞き及びのことだろう。早速だが愛しの姫を貰い受けたい。して、姫はいずこに?」
と、一方的に喋りながら、勝手にどっかと席についたのは、エカサで暴れまくっていたオラスマの王子タケチウスだった。
やおら卓上の極薄肉に手を伸ばし、二十枚ほどまとめて口に放り込み、
「む。旨い」
とくるから、マナーもなにもあったものではない。
もちろん蹴散らされた衛兵たちは激高し、剣の柄に手が伸びている。相手が隣国の王族でなければ、とっくに成敗するべき狼藉だった。
もっともエカサの広場で大立ち回りを演じた親衛隊が、半円になってタケチウスを護っている。
抜刀に及んだとしてどうなるか。少なくともオラスマの家臣に一戦を辞する気配はない。というよりウェルカムなのだから、実にはた迷惑な連中だった。
そんな剣呑な場を、
「まあ、よい」
ナセルスが鷹揚になだめた。
一触即発の現場にいながら、なお卓上の葡萄にゆっくり手を伸ばしているところは、さすが元老院の重鎮いったところか。
「お噂以上に勇ましいことで、お父上もご安心ですな、タケチウス殿下」
「う。父上といえば、お前には常識がないと、よくお叱りを頂戴するのだ。よもや、無礼があっただろうか、ナセルス殿」
「まあまあ、お手討ちになったエカサ市民の人的補償はお父上に申しあげますので、殿下はお気になさらず。王族はどっしり構えて、細かな実務は我々貴族に任せておくことです」
「そうか。かたじけない」
聞いてはいるが、意味はまるでわかってない。どこまでも、この男は馬鹿なのだった。




