《三つ名》の貴族
馭者はエカサ郊外に駐留している正規軍に、出動要請を届けにいくところだと言った。
「てェことは、おっさんは城門をくぐれるわけか。ちょうどよかった。悪ィんだけど、酒を酌み交わした誼ってことで、荷台に乗っけてくんねェかな」
「どうしたね。追われてんのかい」
「まァね。あいにくと持ち合わせはねェが、礼なら後で……」
「これで頼まあや」
カトーは数枚のソル金貨を差し出した。
「んだよ。お前、オレに銭がねェかとか訊いといて、自分は隠してやがったな」
「とっておきじゃ。なにがあるか、わからんけえの」
馭者は金貨に目を丸くして、
「そういうことなら早く乗んな。なにがあったか知らないが、困ってるときはお互い様だよ。さあ、手伝おう」
「ありがてェ。恩にきるぜ」
「お嬢ちゃんからだ。それ」
馭者は運転台からおりて、ミトラを荷台に押し上げた。
続いてスキピオが乗り込もうとしたが、なぜか馭者はその襟首を掴んで、乱暴に引きずりおろしたのだった。
「ってェな、なにすんだよ」
「気をつけるがよい。動けば首がとぶ」
がらりと口調が変わっていた。
いつの間にか七、八人の男たちが馬車を取り囲んでいた。
そのへんで暴れている暴徒の雰囲気ではない。もっと日頃から暴力に慣れた、威圧的な空気をまとっていた。
一様にまとった黒いマントから、鉛色の刃がのぞいている。
スキピオは素早く相手を観察して、
「カトー、お前が背中をとられるたァな」
「油断じゃ。言葉もない」
カトーも背後に二人ほどつかれていた。大刀を抜く暇もなかった。
スキピオは首筋がチリチリする殺気を感じながら、促されて立ちあがった。
同時に馬車にも黒マントが乗り込んで、ミトラを縛りあげている。
「んー!むー!」
猿轡を噛まされたミトラの悲鳴を聞きながら、スキピオは敢えて平然と、
「おいおい。あんまり手荒に扱うと、後で知らねェぜ?」
「貴様等の知ったことではないわ」
「へー、強気だね。おっさん、あんた何モンだい?」
「常日頃であれば、貴様等のごとき平民風情が貴族に名を問う無礼など、許すものではないのだがな」
丸めていた背も反り返り、顔つきまで尊大そのものといった表情に変わっている。
「わざわざ余のもとにミトラを届けにきた働きに免じて、我が尊名を拝する栄誉を与える。畏まって聞くがよい。余がエベケス・インケンティウス・ナセルスである」
元老院主席の名門貴族はそう言って笑った。




