火事場の密使
無政府状態といっていいエカサ市街にあって、城門だけは通常よりも守衛を増やし、厳重に塞いでいた。
混乱はやむなしとして、せめて市内の資産が流出しないようにとの、商人の街らしい発想なのだろう。
もっともそれは、資産家が私財を避難させることさえできないレベルの非常事態、ともいえる。
ともあれ城門を通るのは並大抵のことではなさそうだ。
「たいぎじゃのう。もう、ばらまく銭はないんか」
「おう。きれいさっぱりな」
殺気だった市街を、用心しながら移動していたが、さしあたっては、
「ねえ。なして銭をまくと?」
と不思議そうな顔をするミトラの衣服を手に入れなければならない。
広場で何が起きていたのか、説明するのはそれからだった。
「とりあえず、どっかに潜り込むか?」
「時間がたつほど不利じゃ。とにかく城門を抜けたいところじゃがのう」
「さあて。どうすっかね」
そこへ幌つきの荷馬車が通りかかった。
「よ、おふたりさん。おや、お嬢ちゃんも」
と声をかけたのは、ホルモン旅籠で同席した駅馬車の馭者だった。
この混乱のさなか、二頭立てのオンボロ馬車を駆っている。
「あ、おっさん」
「こんな騒ぎのなかで呑気に散歩かね」
「おっさんこそ、よく無事に馬車なんか乗ってんなァ。こんな時に商売たァ精がでるぜ」
「なあに」
馭者はにんまりとして、外套のポケットを叩いた。
「こんな時だから、さ。今日のお客はエカサ郊外に駐留してる正規軍への出動要請さね。手紙を届けるだけだから後ろは空っぽ、ちょいとそこまでの楽な仕事よ」
そう言うと大きな口をあけて笑い、
「まあ、おいらみたいなのが、もう四、五便は出ているだろうがね」
輸送が必ずしも安全とはいえないこの時代、書簡は複数送られるのが普通だった。
今回のような場合はなおのことで、途中、何があるかわからないのだが、
「おいらたちの手紙は、あくまで記録用の《公式要請》なもんでよ。だいぶ前に早馬が出て、もうとっくに正規軍が出陣してるころだろうて、気楽なもんよ」
と、慣れっこなのか、馭者はのんびりしたものだった。




