これでいいのだ
スキピオはよろず商の本音を見抜いていた。
が、あえてのんびりと、
「な?まあまあだろ。で、どうするよ。もしその気がねェんなら、さっさとそう言っちまってくれたほうが、ありがてェんだがな」
主導権は握ったと言っていい。
表情を引き締めたよろず商は、黙って指を三本たてた。
「その指、一本いくらだい?」
「一〇〇〇デナルでございます」
「もうちっと、なんとかならねェか?急いでるもんで贅沢は言わねェが、こいつの仕入れにゃ、その倍はかかってるんだがな」
欲をかいているわけではなく、信憑性を演出するための交渉だったようだ。
スキピオは指半分のせた三五〇〇デナルで、あっさりと折れた。
「おい、あんた。分かってるとは思うが」
「どうか、ご安心を」
署名した手形を手渡しながら、よろず商は大きく頷いて、
「当店は地道に真面目にひたむきに、お客様第一がモットーの優良店でございます。顧客の秘密は絶対厳守、まして仕入先の漏洩など」
そう請け合ってみせた。
ほくほくのえびす顔とは、こういう顔をいうのだろう。
「そのかわり、おふた方。今後とも、どうぞ末永くごひいきに」
朝を待つまでもなく、カトーとスキピオはよろず商とミトラをのこして部屋をでた。
夜明け前の暗がりに肩を並べて歩く。
もっともどこへというアテはなく、日が昇るまでは、時間を潰すしかないのだが。
「両替商が店を開けたら、手形を現金に交換して、この取引は完了さ。商人なら自分の口座を持ってるから、残高を写し替えればいいんだが、オレたちは口座を持ってねェからな」
「これで、よかったんかいのう」
カトーが言った。
べつに悲しむでも怒るでもなく、いつもの口調だった。
むしろスキピオのほうが、
「よかったのさ!」
どこか無理をしているように聞こえる。
「考えてもみろよ。ミトラは身内に殺されかかってたよな?だったら元の場所に返したら、早かれ遅かれ殺られちまうだろうよ」
「まあの」
「そこへいくとあれだ。奴隷商人に売っ払うといってもだな、その、もしかすると気のいい雇い主に買われるかもしれねェだろうが」
スキピオは、むしろ自分に言い聞かせるように、早口にまくしたてていた。
カトーは黙って聞いている。
「そしたらあれよ。給金だってもらえるだろうし、ひょっとしたら教育だって受けられるかもしんねェ。地道に貯めこみゃ解放奴隷になれる可能性だってあるんだ。そっちのほうが、ずっといいに決まってらァな」
「理屈じゃ、そうかもしれんの」
「かもしれねェじゃなくて、そうなんだよ。だいたい連れていくわけにいかないじゃねェか。王族と関わり合いになるなんざ真っ平ごめんだし、それによ……」
スキピオは声を落とした。
言葉に重たく、暗い響きがあった。
「それに、さっきも言ったがよ。オレたちといくってことは、二度とお天道様の下を大手ふって歩けねェってことなんだからな」




