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オトコの姫とヒゲデブの騎士  作者: あしき わろし
5 夜更けの商談
32/69

これでいいのだ

 スキピオはよろず商の本音を見抜いていた。

 が、あえてのんびりと、



「な?まあまあだろ。で、どうするよ。もしその気がねェんなら、さっさとそう言っちまってくれたほうが、ありがてェんだがな」



 主導権は握ったと言っていい。

 表情を引き締めたよろず商は、黙って指を三本たてた。



「その指、一本いくらだい?」


「一〇〇〇デナルでございます」


「もうちっと、なんとかならねェか?急いでるもんで贅沢は言わねェが、こいつの仕入れにゃ、その倍はかかってるんだがな」



 欲をかいているわけではなく、信憑性を演出するための交渉だったようだ。

 スキピオは指半分のせた三五〇〇デナルで、あっさりと折れた。



「おい、あんた。分かってるとは思うが」


「どうか、ご安心を」



 署名した手形を手渡しながら、よろず商は大きく頷いて、



「当店は地道に真面目にひたむきに、お客様第一がモットーの優良店でございます。顧客の秘密は絶対厳守、まして仕入先の漏洩など」



 そう請け合ってみせた。

 ほくほくのえびす顔とは、こういう顔をいうのだろう。



「そのかわり、おふた方。今後とも、どうぞ末永くごひいきに」



 朝を待つまでもなく、カトーとスキピオはよろず商とミトラをのこして部屋をでた。


 夜明け前の暗がりに肩を並べて歩く。

 もっともどこへというアテはなく、日が昇るまでは、時間を潰すしかないのだが。 



「両替商が店を開けたら、手形を現金に交換して、この取引は完了さ。商人なら自分の口座を持ってるから、残高を写し替えればいいんだが、オレたちは口座を持ってねェからな」


「これで、よかったんかいのう」



 カトーが言った。

 べつに悲しむでも怒るでもなく、いつもの口調だった。

 むしろスキピオのほうが、



「よかったのさ!」



 どこか無理をしているように聞こえる。



「考えてもみろよ。ミトラは身内に殺されかかってたよな?だったら元の場所に返したら、早かれ遅かれ殺られちまうだろうよ」


「まあの」


「そこへいくとあれだ。奴隷商人に売っ払うといってもだな、その、もしかすると気のいい雇い主に買われるかもしれねェだろうが」



 スキピオは、むしろ自分に言い聞かせるように、早口にまくしたてていた。

 カトーは黙って聞いている。



「そしたらあれよ。給金だってもらえるだろうし、ひょっとしたら教育だって受けられるかもしんねェ。地道に貯めこみゃ解放奴隷になれる可能性だってあるんだ。そっちのほうが、ずっといいに決まってらァな」


「理屈じゃ、そうかもしれんの」


「かもしれねェじゃなくて、そうなんだよ。だいたい連れていくわけにいかないじゃねェか。王族と関わり合いになるなんざ真っ平ごめんだし、それによ……」



 スキピオは声を落とした。

 言葉に重たく、暗い響きがあった。



「それに、さっきも言ったがよ。オレたちといくってことは、二度とお天道様の下を大手ふって歩けねェってことなんだからな」

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