デタラメ仁義
「こちら、スキピオ様のお部屋で、よろしゅうございますか」
訪ねてきた男は恭しく言った。
「この度はお声がけを頂き、誠にありがとうございます。当店はエカサの皆々様とともに歩んで三十年、お客様第一をモットーに、地道に真面目にひたむきに、誠心誠意お尽くしする優良店でございます。して、本日の御用向きは……」
「しっ」
扉を開けたカトーは指を口にあてた。
「なるべく静かに入ってくれんかの」
「スキピオはオレだよ」
商人風の男は周囲を見まわした。
物腰は柔らかい。
が、値踏みをしているのは明らかだった。
相部屋が前提の四人部屋を、粘りに粘って三人分の宿賃で借りていた。
壁際の二段ベッドが向かい合い、狭い通路にある円卓には燭台が灯っている。
高級とは言い難いが、都合によって六人部屋になったり、八人部屋になったりする木賃宿にくらべれば、
(まずは、中等といったところ……)
と、商人の笑顔に書いてあった。
それを百も承知で、スキピオは鷹揚に振るまっていた。
本当ならハイソなスイートで、交渉前にハッタリをきかせたいところだが、ない袖は振れない。
それでも無理して相部屋を避けたのは、なるべく足元をみられないようにするためだった。
「こんな夜更けに来てくれてありがとうよ。よろしくな。こっちはカトー」
「まあ、ええがに頼まあや」
「クチのききかたを知らねェのは多目にみてくれ。これでも腕はたつんでね。一緒にいてもらってるんだ」
室内だというのにカトーは鍋兜をとらず、立てかけてた大刀の傍らで腕組みをしていた。
凄腕の用心棒……という演出を、商人はどこまで信用したのか、
「近頃は物騒ですからな。今後とも、なにとぞご贔屓に」
と、丁寧に腰を折った。
「さすがはヤゴチエヌスさんとも昵懇の、四海楼の親分の紹介だ。話がはやいよ」
と持ちあげたが、そう言うスキピオの行動こそ、迅速そのものだった。
『まァ、ひと晩、考えてみるさ』
などと言ったそばから街に飛び出し、すぐにヤゴチエヌス派の顔役が、旧市街にある酒家『四海楼』にいると突きとめたのだ。
さっそく駆けつけて、
『手前、生国は蒼き山脈仰ぎみて、滔々流れるマクティ河のほとり、シン国ノガーナでございます。稼業、縁もちまして、身の片親と発しますは……』
渡世の仁義を切り、首尾よく息のかかったよろず商を呼びだしてもらったのだった。
もちろん仁義の内容は、まったくのデタラメである。




