陛下に乾杯
「さっきから見てたんだけども、まったく、惚れ惚れするような呑みっぷりでないかい」
隣の椅子を引き寄せ、勝手に卓についたその男は、見たところ四十半ばから五十に届く年配だった。
ふらつく足元、赤らんだ鼻、わけもなくにやけた口元。
どこの酒場にも一人や二人はいる酔っ払いの典型だった。
「ま、ま、一杯」
「ありがとうよ。頂いとくぜ」
スキピオは邪険にしなかった。
各地を渡り歩く稼業にとって、地元でくだを巻く飲んだくれが、意外な情報源になることも少なくない。
カトーもそのあたりを心得て、杯の乳焼酎をあけると、
「すまんのう」
と、杯を差し出した。
男は抱えていた瓶から酒を注いで、
「イフススメス陛下のご息災に」
と乾杯の音頭をとった。
アウトクラトール・エテアニマウ・イフススメス・アルサケス・コスムラード。
ヤゴナ王国の現国王である。
中つ州にわずか八家の王族でも、いわゆる“五つ名”は、戴冠する者にしか許されない。
通常は家族名をとって『イフススメス(国王)陛下』と呼ばれていた。
乾杯を君主に捧げるのは、広くみられる風習である。
カトーとスキピオも黙って杯を掲げた。
「ときに、兄さん方。なかなかの別嬪さんを連れとるでないの」
「なァに、まだガキさ。見なよ、馬乳酒くらいで眠りこけてやがら」
「いやいや、どうして。寝顔にも、そこはかとなく気品がある。にっこり笑って、ひらひら踊れば拍手喝采、お捻りもずいぶん期待できそうだ。それに、そっちの髭の兄さんは立派な剣だし、なかなか腕も立ちそうだ……うう、むむ」
と考え込んでから、
「わかった。お兄さん方、さては旅芸人の一座でないかい。別嬪さんの踊りでお客を集めて、髭の兄さんが兜割りでもやるのと違うかね」
カトーは苦笑いして、
「お目が高いと言いたいが、どうも買い被りはこそばゆいのう」
「そういうこった。この髭がダンビラを抱えてんのは、たんにタッパがあるからでね。長え胴のやつが長え刃物をぶらさげてりゃ目立つだろ。そこらの半端な三下は、それだけで手が出ねェって寸法さ。おっとタネを喋っちまった。今のは聞かなかったことにしてくれよ」
「はっはっは、おもしろい兄さん方だ。まあ、そういうことにしておこうか」
スキピオは自分たちの酒甕から乳焼酎をすくって、男の杯にそそいだ。
「実際のところは、オレたちゃ砂海渡りの茶葉を買いつけにきた行商人でね。そういうあんたは、たいした目利きとみたが、さては口入れ屋の元締めかい」
「おっと、こいつは」
男はぷっと吹き出して、
「一本とられたでないか。なあに、わっちもこの辺の、しがない身分さ」
大きな口をあけて笑った。




