ヒゲデブ、混浴未遂
入浴の歴史は古い。
ヤゴナ王国の成立時においても、すでに前王朝が運営していた公衆浴場を継承している。
民衆に浴場を提供することは、為政者にとって福祉政策であり、伝染病の予防でもあった。
ことに多様な人種・亜人種が往行する商業都市において、衛生管理は重要だった。
エカサにも初期の植民時代から、千人収容クラスの大浴場が建造されていた。
「大浴場にあるのは風呂じゃ。庶民はのう、毎日ああいうでかい風呂に入りにいくんよ」
「なして家で入らんと?」
そこで黙々と歩いていたスキピオが、とうとう我慢しきれなくなり、
「庶民が家に水道を引けるわけねえだろ?」
と、口を挟んできた。
「家を持てなくて集合住居で暮らしてるやつも多いしよ。てめェん家で風呂に浸かるなんざ、限られた貴族か、富豪にしか許されねえ贅沢なんだよ」
「ふうん」
貧富の概念から解説しなければならないかと思いきや、あっさり納得したミトラは、その場に佇んだまま浴場を眺めていた。
カトーは声を低くして、
「我りゃー、馴れ合いはせんのと違たかのう」
「うるせェな。べつに馴れ合いじゃねェよ。ただ、あんまり浮き世離れしたことを、抜かしやがるもんでよ」
「まあ、王族じゃけんのう。浮き世離れは仕方なかろ」
そのときミトラが振り向いて、
「ねえ。大浴場なら今日もやっとうと?」
「なんじゃ。いきたいんか」
「大きなお風呂に入ってみたか」
などと言いだした。
「別にいいけどよ。オレたちと一緒に入ることになるが、それでもいいか?」
「え」
「浴場ってのは男女混浴だからな。薄暗くて、あんまりよくは見えねえだろうが、それでも素っ裸の男と女が、同じ場所にいることに違えはねェよ」
スキピオは薄く笑って、
「オレたちゃ別にいいんだけどな。なにしろ変態だからよ」
「……」
ミトラは黙り込んだ。
好奇心を警戒の色に変えて、カトーとスキピオを交互に見ながら後ずさる。
やむなくカトーが助け船を出して、
「あとで旅籠に泊まるけえ、そこの風呂を使ったらええじゃろ。男女共用じゃが、ワシらが見張って誰もこんようにしちゃるけん、ひとりでのんびり入りんさいや」
ミトラは疑わしそうに、しばらく考えこんでから、
「覗かん?」
そう何度も念を押して、どうにかそれで了承したのだった。
カトーは旅籠にむかって歩きながら、
「のう、こん国の浴場は、もう男女別になっとろうが。いつの話をしよんなら」
「じゃあよ。ミトラはどっちに入りゃいいんだよ」
「あ……ほうじゃの」
カトーはポンと手を打った。
「やっぱりあれじゃ、我りゃー、優しいとこあるのう」
スキピオは舌打ちをして、
「そんなんじゃねェよ」
そう言い捨てると、すたすたと歩きだした。




