敵は官軍
「くそっ。ブドー酒をみんな呑んじまいやがって」
スキピオは毒づいたが、ミトラは意に介さない。
「まーだ、そげんケチくさかこと言いよっとか」
「ケチってんじゃねェや。あのな、水ってのは腐りやすいんだよ。だから旅にでる時はブドー酒やムギ酒を持ってくんだ。それをだな……」
「しぇからしか。いい大人が尻の穴のこんまかこと言うて、女の子にモテんようなっても、ウチは知らんばいね」
「なにを、この、て……てめェが言うか?」
「尻の穴とは、あまり上品じゃないのう」
「え?」
ミトラは目を真ん丸にして、
「ウチ、いま、お尻って言いよっと?」
「尻の穴いうたで」
「え……あ、あな……?」
耳や首筋はおろか、顔を覆った両手の甲まで真っ赤にしたミトラは、次の瞬間には吹き出して、
「ひゃはははは、だ、だれがお尻の穴ば言いよっと?ウチは言わんよ?お行儀の悪か、だって、お尻のって、ひひ、ひゃはははは……」
ひとりでウケまくっている。
「ひゃひゃ、ス、スキピオさん、それはなか。お、お尻の穴はなかよ、ひひひ」
「なんでオレが言ったことになってんだよ」
そう言うと、スキピオはごろりとなって、背を向けてしまった。
「先に寝るぜ。カトー、ウィスプを逃がさねェでくれよ」
「ありゃ、拗ねてしもうたばい」
そう言うミトラも、疲れたのか酔いつぶれたのか、やがて、その場で眠り込んでしまった。
「やれやれ、じゃな」
カトーは座ったまま、寝入ったミトラを抱えていた。
「敷物かなにか、一緒にパクってくるんじゃったのう。朝方は冷えよるけえ、風邪ひかんとええが」
そうつぶやくと、横になったまま背を向けているスキピオが、
「馴れ合いはやめとけよ。あとでツレェぞ」
と、低い声で言った。
「わかっとるんじゃがのう。性分なんじゃ」
「オレが余計なことを思い出さなきゃ、よかったのかもしんねェけどな」
「ほんなら、ワシも思い出したことを、ひとつ言うとこうかいの」
カトーはミトラの寝顔を覗き込んだ。
すうすうと寝息をたてて、目を覚ます心配はなさそうだ。
それを確認してから、
「丘の上で見とったときから、何となく思うとったんじゃが。ミトラを襲っとった連中な、麓から攻めとったほうの」
「おう」
「ありゃ、この国の正規軍じゃ」
「なにィ?」
スキピオが跳ね起きた。
「そんな馬鹿な話があるか。なんで正規軍が、てめェんとこの王族を殺そうとするんだよ」
「そのへんはわからんがの。小汚いナリで擬装しとったが、剣槍がまるっと官製じゃ」
「武器庫にでも押し入って、かっぱらったんじゃねェのか」
「としても剣術、槍術が揃いすぎとる。カシゲン流を軍隊風に解釈した一派じゃろ。こまい技術は省略しとるみたぁながの」
「そりゃあ、カシゲン流は有名だしよ」
「全員が同じ流派の野臥せりなんぞが、あると思うか」
「……」
「さっき見た敬礼が決定打よの。拳を左胸にあてよったじゃろ。あがぁな敬礼はヤゴナの正規軍だけじゃ」
カトーは訥々と語っていた。
「仕損じたけえ、連中、また殺りにきよるで。たいぎじゃのう」




