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【完結】婚約破棄ですか? どうぞご勝手に  作者: 逆立ちハムスター


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王都は、巨大な二重の城壁に囲まれた難攻不落の城塞都市である。

外敵の侵入を防ぐため、出入り口となる巨大な城門は一つしか存在しない。その構造ゆえに、一度内部を制圧されてしまえば、落とすのは極めて困難となる。


私たちは、傭兵たちの目を盗みながら、迷路のような裏路地を抜け、唯一の城門へと向かった。

現在、城門と外側の城壁はラドミール伯爵とヤン男爵ら貴族軍が制圧し、死守している状態だった。つまり、ヴァーツラフ王子と五千の傭兵は王城と市街地の中心部を占拠しているものの、外へ通じる門を我々が封鎖しているため、王都の中に「閉じ込められている」状態とも言える。


城門の外側、二重城壁の隙間にあたる広大な空間には、整然とテントが並べられ、即席の野営地が築かれていた。

武装した兵士たちが慌ただしく行き交い、武器の点検やバリケードの構築に奔走している。その中心にある、最も大きな天幕が、ラドミール伯爵の指揮所だった。


「エリシュカ様、よくぞご無事で!」


天幕に入ると、巨大な地図を囲んで激しい議論を交わしていた貴族たちが、一斉に安堵の声を上げた。

中央に立つ白髭の偉丈夫、ラドミール伯爵が、深い皺の刻まれた顔をほころばせて歩み寄ってくる。


「公爵令嬢殿。あのような愚か者の手から無事に抜け出せたこと、神に感謝いたしますぞ。お怪我は?」

「ヤン男爵のおかげで、命拾いいたしました。……伯爵、状況は先ほど伺いました。私も、公爵家の名代として、皆様と共に戦うことを誓います」


私は卓上に用意されていた同盟の誓約書に、迷うことなく羽根ペンで署名した。

私の手勢は、残存している八十名の公爵家私兵のみ。だが、彼らは皆、幼い頃から厳しい訓練を受けた一騎当千の優秀な射手たちだ。


「ありがたい。公爵家の弓兵の腕前は、我が軍の重歩兵にも勝る貴重な戦力です。彼らには直ちに、内側を向く城壁の上に配置させましょう。傭兵どもが城門を突破しようと押し寄せてきた際、高所からの矢の雨は最大の防御となります」


伯爵の的確な指示により、作戦は次々と決定されていく。

我々の戦力は、貴族の私兵五百、伯爵の重歩兵二千、そして私の弓兵八十。合計で二千五百八十。

対する王子側は五千。数は倍近いが、我々が守りやすい城門と城壁を確保していること、そして何より、相手が烏合の衆である傭兵であることを考えれば、ヤクブ殿下の本軍が到着するまでの十日間を持ち堪えることは、決して不可能ではない。


やがて軍議が終わり、他の下級貴族たちがそれぞれの部隊を指揮するため、鎧を身につけに天幕を退出していった。

静かになった天幕の中で、私は地図を見つめたまま、ずっと心に引っかかっていた疑問を伯爵にぶつけた。


「……伯爵。一つ、どうしても腑に落ちないことがあります」

「何でしょうか、エリシュカ様」

「ヴァーツラフ殿下が国庫を開け、傭兵を集めたのは、陛下崩御の知らせが届いた早くても夜更けのことのはずです。いかに金貨を積んだからといって、たった数時間で、五千人もの武装した傭兵を王都に集結させることなど、物理的に不可能ではありませんか?」


傭兵を雇うにしても、各地に散らばる彼らに声をかけ、交渉し、武装させて王都に集めるには、数日、いや数週間の時間がかかるはずだ。それが、まるで最初から王都の裏側に待機していたかのように、一瞬にして湧いて出た。


私の問いを聞いて、ラドミール伯爵は重々しく頷いた。


「エリシュカ様、その通りです。あの愚鈍な王子に、そのような手回しができるはずがありません。……実は、我々も独自の調査を進めていたのです」


伯爵は地図の下から、数枚の古びた羊皮紙と、見慣れない印章が押された書状を取り出し、テーブルの上に広げた。


「ヴァーツラフ殿下が、オルフェ教会から酷く嫌悪されていることはご存知ですね。教会を蔑ろにし、礼拝にも一切参加しない異端の王子。……しかし、その『教会から敵視されている』という事実こそが、ある者たちにとっては、これ以上ない『最高の人材』だったのです」

「ある者たち……?」

「オルフェ教会の影響力を疎ましく思い、その権威を失墜させようと企む、異端派の狂信者たちの派閥や組織です」


背筋に冷たいものが走った。


「彼らは以前から、ヴァーツラフ殿下の周囲に甘い言葉を囁く者を潜り込ませていました。そして、豊富な資金と独自の人脈を使い、数ヶ月も前から、少しずつ、少しずつ、王都の地下やスラム街に傭兵たちを密かに集め、潜伏させていたのです。いざという時、王子を操り人形にして国を乗っ取るために」

「では、あのオルトロスたちも……?」

「ええ。殿下は『珍しいから買った』と仰っていたそうですが、あのような凶悪な魔獣を数十頭も、正規のルートで輸入できるはずがありません。あれも、その闇の密輸組織を経由して、殿下の権威と国費を吸い上げるために意図的に売りつけられたものです。殿下は、自分が彼らを利用しているつもりで、完全に手のひらの上で転がされていたのです」


恐ろしい事実だった。ヴァーツラフ王子の愚かさは、単なる内政の停滞にとどまらず、国家そのものを闇の組織に売り渡す手引きとなっていたのだ。


「……そして、殿下が今朝、あのような凶行に走った決定的な理由がもう一つあります」


伯爵は、分厚い束になった書類を指差した。


「我々憂国の貴族は、殿下の目に余る素行不良と、国費の私的流用、そして得体の知れない者たちとの癒着を重く見て、陛下が帰還され次第、殿下の『王位継承権剥奪』および『弾劾裁判』を求めるための決定的な証拠を集めていたのです」


伯爵の言葉に、私は息を呑んだ。

王位継承権の剥奪。それは、ヴァーツラフ王子にとって政治的な死を意味する。


「しかし、我々の動きは、恐らく殿下の背後にいる者達に察知されたのでしょう。彼らは殿下に吹き込んだのでしょう。『貴族たちが反逆を企てている。このままではあなたは王になれないどころか、処刑される』と。そこへ飛び込んできた、国王陛下崩御の知らせ。……追いつめられた殿下にとって、もはや、国庫を空にして傭兵たちを解き放ち、力づくで王都を制圧する以外に、生き残る道は残されていなかったのです」


愚かで、哀れで、そして致命的なまでに罪深い男。

自分の見栄と欲望のために国庫を空にし、正体不明の組織に利用され、あまつさえ国を守るべき壁の中で、自国の民と貴族に牙を剥いたのだ。


「……殿下は、ご自身で自らの首に縄をかけたのですね」


私は静かに呟いた。


「ええ。ですが、相手が烏合の衆とはいえ五千。ヤクブ殿下が到着されるまで、決して油断はできません。エリシュカ様、共にこの国を守り抜きましょうぞ」

「はい、ラドミール伯爵。必ずや」


私は力強く頷き、天幕の入り口から、高くそびえ立つ王城を睨みつけた。

城内では今頃、ヴァーツラフ王子が偽りの玉座にふんぞり返り、勝利の美酒に酔いしれていることだろう。自分が王になったと錯覚し、私を地下牢に閉じ込めたことで全ての障壁を取り除いたと思い込んでいるはずだ。


だが彼は知らない。

自分が放った火が、既に自分自身を焼き尽くす炎となって包囲しつつあることを。

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