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【完結】婚約破棄ですか? どうぞご勝手に  作者: 逆立ちハムスター


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4

「なんだお前ら。ここは殿下の命令で俺たちが――」


酔っ払った傭兵の一人が立ち上がりかけた、その時だった。


「抵抗する者は即座に斬り捨てろ。王都の治安を乱す賊に容赦は無用だ」


冷徹でよく響く声と共に、抜き身の剣を構えた数十名の兵士たちが、一気に地下牢の通路になだれ込んできた。

彼らの装備は洗練されており、胸当てには見覚えのある紋章が刻まれている。王都の防衛を担う下級貴族、ヤン男爵の私兵たちだった。


「ひっ……!?」

「ま、待て! 俺たちは金で雇われただけだ! 命まで懸ける気はねえ!」


先ほどまで威勢よく酒を飲んでいた傭兵たちは、精強な私兵たちに周囲を完全に包囲され、無数の剣先を喉元に突きつけられると、あっけなく武器を床に放り投げた。両手を高く上げ、床にひれ伏す彼らの姿に、私は深い溜息をついた。

傭兵とはそういうものだ。彼らに忠誠心など存在しない。金のために戦う彼らは、自らの命を危険に晒してまで雇い主を守る義理など持ち合わせていないのだ。


「拘束しろ」


ヤン男爵の短い命令で、傭兵たちは次々と手枷を嵌められ、引き立てられていく。

通路の安全が確保されると、ヤン男爵が私の檻の前に歩み寄り、深く頭を下げた。


「エリシュカ様。お怪我はございませんか。お迎えが遅くなり、大変申し訳ございません」

「ヤン男爵……。いいえ、助かりました。怪我も、命に関わるようなものではありません」


ヤン男爵は傭兵から奪い取った鍵束を使って鉄格子を開け、私を牢の外へと導き出してくれた。彼が差し出してくれた厚手の外套を肩に羽織りながら、私はずっと抱いていた疑問を口にした。


「男爵。一体、王都で何が起きているのですか? 殿下が公爵邸を襲撃し、私を投獄するなど……それに、あのような素性の知れない傭兵たちを、どうやって城の中へ?」


私の問いを聞いた途端、ヤン男爵の顔に深い苦悩と悲しみの影が落ちた。彼は周囲を一度見回し、声を潜めて、言いにくそうに口を開いた。


「……エリシュカ様。心を強く持ってお聞きください。夜更けに、西の戦地から早馬が到着いたしました。……トマーシュ国王陛下が、凶弾に倒れ、崩御されたと」


「そんな……」


頭を殴られたような衝撃だった。

トマーシュ国王陛下が、亡くなった。温厚で、民を愛し、私にも本当の娘のように優しく接してくださった、あの偉大な王が。


「戦い自体は、周辺諸国の連合軍の奮闘により、異民族を完全に退けることに成功したそうです。しかし、敵の奇襲部隊によって本陣が急襲され……陛下をはじめ、多くの将兵が命を落とす結果となりました。我が軍の損害は、全体の四割にも及ぶ甚大なものとのことです」


四割。それは軍隊として事実上、壊滅に等しい数字だ。

悲しみに暮れる暇も、戦勝を喜ぶ暇もない。王の死と軍の崩壊という未曾有の危機。


「……ヴァーツラフ殿下は、その知らせを聞いて、動いたのですね」


私の声は、ひどく冷たく響いた。

ヤン男爵は重々しく頷いた。


「はい。ヴァーツラフ殿下は、陛下崩御の知らせを握り潰そうとしました。そして、深い悲しみに沈むどころか、これを『好機』と捉えられたのです。殿下は王室の宝物庫と国庫の鍵を強引に奪い取り、蓄えられていた莫大な金貨を独断で持ち出しました。そして、王都周辺に潜んでいた傭兵団やごろつきどもを、札束で頬を叩くようにして急速に雇い入れ始めたのです」

「国の実権を、暴力で完全に掌握するために……」

「おっしゃる通りです。ご自身の行いが招いた悪評は、殿下ご自身も理解していたのでしょう。正式な手続きを踏めば、優秀なヤクブ殿下が次期国王に推戴されることは明白。だからこそ、ヤクブ殿下や、貴族たちが動く前に、王都を武力で制圧しようと企んだのです」


全てが繋がった。

私が独断でオルトロスを処分したことに対する怒りは、あくまで口実に過ぎなかったのだ。婚約者である私、つまり公爵家の令嬢を人質として捕らえ、反対派の貴族たちを牽制し、同時に自らの絶対的な権力を誇示するためのパフォーマンスだった。


「事態の深刻さを考慮し、既にヤクブ殿下と、エリシュカ様のお父上である公爵様がいらっしゃる東の戦地に向けて、最速の伝令を放っております。しかし、ヤクブ殿下の軍が王都に到着するまで、少なくとも十日はかかるでしょう」

「それまで、私たちが持ち堪えなければならないのですね。……殿下の集めた傭兵の数は?」

「……およそ、五千」


五千。

その数字を聞いて、私は絶句した。王都の正規兵の大半は、国王と共に西へ向かうか、ヤクブ殿下と共に東へ向かっている。現在、王都に残っている近衛兵や衛兵の数は、決して多くない。


「対する私たちは?」

「現在、私を含めた有志の下級貴族たちが、各々の私兵をかき集めて対抗陣地を築いております。我々の兵力を全て合わせても、約五百」

「五千に対して、五百……」

「ですが、希望はあります。ラドミール伯爵が、いち早く事態を察知し、ご自身の精鋭である重歩兵二千を率いて、要塞から王都の防衛に駆けつけてくださいました。現在は彼が指揮を執り、残存兵力をまとめてくださっています。エリシュカ様にも、至急、伯爵にお会いしていただきたいのです」


ラドミール伯爵。我が国の軍務において中核を担う、百戦錬磨の老将だ。彼が味方についてくれているという事実は、暗闇に差し込んだ一筋の光明のようだった。


「わかりました。すぐに向かいましょう。私のもとには、公爵家の留守居役として残している精鋭の弓兵が八十名おります。彼らも直ちに合流させます」


───


既に掌握された王城を抜け、ヤン男爵と共に地上へ出た私は、目の前に広がる光景に息を呑んだ。


王都には既に、ヴァーツラフ王子の名の下に戒厳令が敷かれていた。

普段であれば、朝の市場の準備で活気にあふれているはずの美しい石畳の広場には、人影が一つもない。民衆は皆、扉と窓を固く閉ざし、息を潜めて家の中に隠れ潜んでいる。時折、通りを闊歩するのは、柄の悪い傭兵たちの集団だけだ。彼らは店先に並べられていた果物を勝手に齧り、売り物を蹴り飛ばしながら、下品な笑い声を上げている。

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