【4】人間誰でも失敗はある。
貴族向け建築の現場には、平民向けとは違う注意点がある。それは、秘匿経路を含めた特殊な建築様式だったり、屋内戦闘訓練施設が必須であることだったり、建設中に知りえた情報を漏らそうとした瞬間に即死する神前契約が義務であることだったり、色々だ。
事前対処できるものは、アリアも可能な限りで対策していた。今回の現場にいる職人集団のリーダーたちは貴族向け建築の経験が豊富なベテランばかりで、その点でも安心だった。だが、それでも防ぎようのないものがある。
「アリアー! 朝食に毒が混入してて3人死んだっ」
恐れていた事態が起きた。納期まで23日となった早朝だった。
***
親友のブランシュが作業小屋に駆け込んだ時、アリアは作業着のまま仮眠用の長椅子に横になっていた。主要な書類作成が完了して、後は細々した形式的な提出物をテンプレに添って機械的に書くだけでいいところまでいったので、少しだけ休憩していたのだ。
ちなみに10代の弟子とベテラン事務員たちは借りている使用人棟の部屋にいる。成長期の少年と、お年を召したご婦人たちを寝不足にするわけにはいかないからだ。昨晩、キリのいいところであとは明日お願いすることにして帰していた。
「辺境伯家のお抱え神官が蘇生してくれたけど、ヤバい。被害者の親方たちがブチ切れてる!」
まだ太陽も登らぬ時間に親友ブランシュの叫び声が仮眠中のアリアを叩き起こした。
アリアは瞬時に飛び起きた。
―――貴族家からの依頼で最も厄介なトラブル。それは、暗殺毒殺謀殺といった貴族同士の権謀術数に巻き込まれるパターンであった。
アリアも対策を取ろうとしたのだが、なにしろ急な話だったため、依頼した専門家の都合がつかず、相手は今日から合流することになっていた。それまでどうか何事もないようにと願っていたが、アリアの祈りは軍神に届かなかったらしい。
「分かった! 報告、ありがとう!」
作業小屋から飛び出し、寝ぐせがついたまま使用人棟へと駆けだしたアリアの後をブランシュが追いかける。
「どこが被害にあったか教えて」
「ササラ様の右腕君と、ウェルビー姉さんの末弟子、あとギブソン爺さんとこの甥御さん。……もう、全員激怒してて、やばいよ、アリア」
最悪だ。アリアは舌打ちをした。特に仲間や弟子を大事にしているグループだった。ブランシュに礼を言い、走る速度を上げる。見る見るうちにブランシュを引き離して作業小屋から使用人向け食堂までの最短経路を駆け抜ける。やや距離があったが、アリアは息一つ切らさずに十数分で辿り着いた。
―――道中、やけに武装した騎士がいたような? 本邸の方もなんだか騒がしそうだった。この件と関係あるのか?
食堂の扉の前についた。息を一つ深く吸う。早朝の冷たい空気が肺の中を満たした。両目を瞑り、自身に言い聞かせる。腹の奥底でグルグルと渦巻く感情に蓋をして、常の自分を表層に引っ張り出した。
―――落ち着け。冷静であれ。為すべきことは何か、その最適解は?
平常心と心の中で唱えたアリアがゆっくりと開いた扉の向こう側は、予想通りの混沌だった。今回招集した職人の中でも、特に血の気の多い親方衆がバルリング家の使用人に食って掛かっていた。
―――この混乱も犯人の思惑のうちか? ……いや、考えるのは後でもできる。それよりも彼らを落ち着かせるのが先だ。
「……だから、犯人探しを吾輩たちにもさせよと申しておるっ。我が右腕が喰らった倍の苦しみを味あわせてやるのだ」
「あーら、苦しみだけでいいの? ……二度と人間を名乗れなくなるまで壊してもいいんじゃなぁい」
「そうじゃな、とりあえず、軍神神殿に決闘審判の申請をしてはどうじゃ。バルリング様の別邸建築を妨害したとなれば、魔獣戦線への間接的妨害要件をみたせるだろう。人権の剥奪から始めようかの」
彼らに詰め寄られているのは、バルリング家の従僕だ。まだ若い青年は、弱り切った表情で職人たちを宥めようとしていたが、残念ながら上手くいっていなかった。
「落ち着いて下さい、皆さん」
背後から掛けられたアリアの声に勢いよく振り向いた三者が、今度は彼女に食って掛かる。
「君とて、弟子が足を暗殺者に切り飛ばされた時、相手の首級を10は挙げていたではないか!」
「そうよ! 現場にいた他の暗殺者も行動不能にして、呼んだ神殿関係者に『産業廃棄物』って引き渡してたじゃないっ」
「件の首謀者たちは、軍神神殿の決闘審判で負けて国外追放になったそうじゃなぁ。今頃は魔獣支配圏で髑髏を晒していることじゃろう。弟子の足も無事戻ってよかったのぅ……さて、アリアちゃん」
どの口が言うのだ、と三者三様に彼らがアリアを詰る。アリアは口元を引き攣らせた。若気の過ちが背後からアリアを突き刺してきていた。
「あの、サラッと人の黒歴史をほじくり返さないで下さい。せっかく完成した新築物件の内装を飛び血で台無しにした件は、あの後にメチャクチャ謝ったじゃないですか」
彼らの気持は分かる。分かるが、ここは堪えてもらわないと困るのだ。これはアリアの予想だが、ここで現場が混乱したら犯人の思う壺だ。
「皆さんのお気持ちは分かります。私だって犯人を血祭りに上げて、朝食のブラッドソーセージにしたいところです」
食堂で食事をしていた使用人や他の職人たちのカトラリーを動かす手が止まった。運悪く、今朝の朝食のラインナップは目玉焼きとカリカリベーコン、ベイクドビーンズ、焼きトマトと―――ソーセージだった。
それに気付くことなく、アリアは続ける。
「ひき肉にしてミートパイでもいいですよね」
これから1週間は、ソーセージとミートパイが使用人食堂の食卓に上がらないことが決定した瞬間だった。後に使用人棟の炊事担当に例えが悪いと苦情を申し入れられたアリアは、それでも、と続けた。
「犯人の目的は、恐らく私たちの仕事の妨害です。だったら、意地でも別邸を完成させてやりましょう。仕事を完璧に終えた上で―――」
アリアは口の端を釣り上げて挑発的な笑みを浮かべ、親方たちに拳を握って見せた。その手の甲と、よく見れば彼女の米神に浮かんだ血管に、親方三人衆が小さく息を飲んだ。
「誰に喧嘩を売ったか、教えてやりましょう」
この場で最も怒り心頭なのが誰であるのか。笑みの向こうで冴え冴えと光るブルーグレーの瞳が物語っていた。
***
―――人間、自身よりもキレ散らかしている他人を見ると案外冷静になるものである。
「とりあえず、暗殺毒殺謀殺の再発防止策を連れてきます」
アリアの宣言に、三人の親方たちが顔を見合わせる。
「あぁ、あの……」
「アリアちゃんの最終兵器か」
「いつのも彼女ね。じゃぁ、少なくともご飯はもう心配せずに食べられる感じかー」
なら、任せようかなと彼らがあっさりと解散していくのを、それまで詰め寄られていた従僕が呆気に取られた表情で見ているのに、アリアはお騒がせしましたと頭を下げる。
「あの、現場の作業員を1名増やしたいのですが、彼女を迎えに行く許可を頂けませんでしょうか」
「あ、ええと……少々お待ちください」
慌てたように本邸へと走って行く従僕にアリアは首を傾げた。
―――そういえば、執事さんも、執事補佐さんも来なかったんだ。あの用意周到で耳の早い人たちがトラブル現場に来ないって、どうしたんだろ。
その答えを、アリアは後で知った。全部が終った後に知って、そりゃあ、別邸建築現場なぞに来る余裕はなかったよなぁと遠い目をした。
***
アリアの外出は許可されたが、護衛騎士1名を連れて行くことが条件になった。今朝の毒殺騒ぎといい、バルリング辺境伯家の周囲は相当に騒がしいらしい。年若い男性騎士と共に馬車に乗り込んだアリアは、車内の沈黙にどうしたものかと相手をチラリと見やった。
ただの沈黙なのならばいいのだが、向かい合わせで同席した護衛騎士が明らかに背後に暗雲を背負って落ち込んでいるのだ。ずっと俯いているし。どうした、若人。
アリアはウウンと内心で腕組みして声を掛けることにした。放っておいても良いのだが、どうにもそのままにしておくのが気の毒だったのだ。
「あの、ダーヴィット様。護衛をして頂いてありがとうございます。本邸の皆様が随分と忙しそうになさっていましたのに、私のためにお手間を取らせて申し訳ありません」
「いえ……お気になさらずに……本邸の件は、私が関与できないものですから。丁度手が空いていましたので……」
とりあえずの世間話として今朝から騒がしい本邸の話を持ち掛けたら、更に相手が落ち込んでしまった。何故だ。
―――誰か、この空気どうにかしてぇー!
マズい、話題のチョイスをミスったかとアリアは話を変えることにした。
「そ、そうなんですね。……あの、ダーヴィット様。別邸の警備に関してなのですが」
「……はい」
仕事の話に反応して真剣な表情で顔を上げた彼に、アリアの中の評価が上がる。仕事に真摯に向き合う人間がアリアは好きだった。
「今朝の毒殺事件はご存じかと思います。それで、その件の再発防止に、我々建設業者の食事を自分たちで手配させては頂けませんでしょうか」
「……食事の持ち込みですか。外部の人間の出入りは今後更に厳しくなります。上官に上申しますが、恐らくは難しいかと」
「なるほど……では、食べるものの選別は可能ですか?」
選別? と首を傾げたダーヴィットにアリアは頷く。
「毒物のスペシャリストが知人におりまして、この馬車はその知人を迎えに行くために走らせています。今後、我々が口にする食品は彼女の許可が下りたもののみにすることは可能でしょうか。辺境伯家からご厚意で用意して頂いた食事を粗末にしたと不敬罪に問われないかが不安で」
「正当な理由があれば不敬罪に問われることはまずありません。……主家の方々は、御心の広い方々ですから……なのに、私は……」
何かを思い出して頭を抱えてしまったダーヴィットにアリアは仕方ないと腰を上げて、彼の横に座り直した。どうやら彼は仕事で何か失敗をしたらしい。ここはアリアの鉄板ネタを披露するしかあるまい。
「あの、どうして横に……」
「ダーヴィット様。お聞き下さい。失敗しない人間などいないのです」
「え?」
「私が師匠の下で初めて担当した物件の通り名を教えましょうか?」
突然なんだという表情の彼に、アリアは『無』の表情でその名を告げた。
「『バルチェ夫人の館』です」
「えっ!? あの?」
思わずと言った風に声を上げたダーヴィットにアリアは表情を苦々しく歪めて頷いた。
「そうです。あの『バルチェ夫人の館』です」
『バルチェ夫人の館』とは、魔獣戦線で最愛の妻を亡くした夫が、彼女を偲ぶためにフルリフォームした邸宅だ。その壁紙は夫人のミニアチュールで絵柄が描かれ、全ての窓からは夫人の絵姿が覗き、上空からは庭園で描かれた夫人の顔が見える―――どう言葉を濁しても狂気の塊であった。
圧倒的な執念により最新魔導陣を駆使した『改良』が施主によって日々施されている邸宅は、もはや帝都屈指のホラースポットと成り果て、泥棒ですら入るのを嫌がる物件となってしまった。というか、絵画だけでなく庭園の『眼』と目が合うって、どんな技術力だ、施主よ……。
「顧客の要望を最大限叶えた完璧な家を建てた。……当時の私はそう思っていました。結果、館周辺の住民は転居を余儀なくされ、上空を通過する飛竜がパニックを起こして飛竜便屋が墜落事故を起こしかけ、私の師匠は笑い過ぎて過呼吸になって神殿に担ぎ込まれました」
アリアは遠い目をした。人死にが出なくて良かった。特に飛竜便屋の件では本当に肝が冷えた。弟子が上げたリフォーム案をチェックした師匠はこう言ったのだ。
『うむ。いかなる法令にも違反してはおらぬな。よし、OKだ!』
絶対、面白がってたよ、あの鬼畜師匠め……。アリアの師匠は『人生何事も経験』がモットーだった。弟子の失敗も成長の糧として笑ってフォローしてくれる人だったが、できれば失敗する前に教えてくれとアリアは何度項垂れたか分からない。
『大丈夫だぞ、アリア。周辺住民には今と同等かそれ以上の住居を紹介してある。元の家も本来の価値で買い取ってくれるという資産運用会社と話をつけた。今回の物件はいい勉強になっただろう。家はな、住んでいる人間のためだけのものではないんだぞ、アリア。視野を広く持て』
ちなみに当該物件は法令改正により今建てようとしても違法建築となる。但し、法令の施行前に建てられた物件のため『バルチェ夫人の館』自体は法規制の対象外となり、その取り壊しを免れていた。
「ですから、大丈夫ですよ、ダーヴィット様」
アリアはダーヴィットの蜂蜜色の目をひたと見つめて力強く断言した。
「人間誰しも失敗するものです。大切なのはそこから何を学び、どう再発を防止するか、です。私は学びました。二度と周辺にご迷惑となる『バルチェ夫人の館』は建てません」
「いや、それはそうでしょう。そもそも、あの手の建物は新しく建てることを帝国法で禁止されたじゃないですか……」
思わずと言う風に突っ込みをいれたダーヴィットが、フッと小さく笑った。まだ年若いと思ったが、笑うと幼ささえ感じる彼はアリアよりも2歳年下だと教えてくれた。
「……先日、護衛任務で大失敗をやらかしまして」
初めての単独警護任務で、緊張していて、思考が短絡的になっていたんです、と目を伏せた彼に、アリアはウンウンと頷いた。
「分かります。私も初めて一人で顧客から要望を聞くとなって、全部叶えなくっちゃと必死になってました」
「そうなんです。いかなる襲撃や害意からも護衛対象を守らなくてはと力が入り過ぎて、過剰防衛をしてしまって……。実は、今、頭を冷やせと警護担当から外されていていまして、今回、丁度いいとアリア様の護衛役に選ばれました」
それはツラいですね、とアリアはダーヴィットの左手を取った。左に帯剣しているにも関わらず剣ダコがある。万が一利き手の右手を負傷しても左手で戦えるように訓練を積んだその手は、彼が努力家であることを示していた。
「大丈夫ですよ。言ったでしょう。失敗は誰にでもあります。そこから何を学ぶかが大切なんです。仕事で挽回しましょう、ダーヴィット様」
真っ赤になってアリアを見つめる彼に、アリアはにっこりと微笑んで見せた。
「私の警護、宜しくお願い申し上げます」
「は、はいっ」
頬を赤く染めて、大きな声で返事した護衛騎士に、声に元気がでたな、よかったなぁとアリアは呑気に喜んでいた。
***
その結果、到着先の商会で、玄関まで迎えに来ていたカツィルにアリアは睨まれることになった。
「おい、また誰彼構わずに口説きやがったな、アリア」
「何それ、ダーヴィット様は仕事をなさってるだけだよ、失礼だなー」
最上階の執務室へと階段を登りながら、元恋人たちは顔を突き合わせて痴話喧嘩を始めた。その距離の近さと、アリアの耳に光る琥珀色の通信具がカツィルの瞳と同色であることから、秒で失恋を悟った青年騎士だった。
***
最上階にある執務室にある応接ソファーに、アリアのお目当ての人物はちょこんと腰掛けていた。卓上にあるのは帝都の老舗洋菓子店の看板商品である洋酒を使ったサクランボのチョコレートケーキと紅茶だ。優雅にティータイムを楽しんでいたらしい。
「あら、アリアさん。先月ぶりねぇ」
「その節はお世話になりました、リオンさん」
簡素な平民服に身を包んだ人物は、癖の強い白髪が顔の上半分を覆っており、一見して年齢も風貌も分からない女性だった。27歳と見た目よりもずっと若い彼女こそがアリアの最終兵器であり、共犯者であり―――守るべき貴婦人だ。
その右手を取り、恭しく口付けて微笑みかける。
「ご足労をおかけしまして申し訳ありません、『我が君』」
「『我が騎士』たってのお願いですもの、許しましょう」
目線を合わせて、二人同時に小さく笑う。騎士になれなかったアリアの、剣を捧げる最初で最後の主君は、今日もお健やかであらせられそうだ。なにより。
アリアは片膝をついた騎士の礼を解き、リオンの右手をゆっくりと解放する。細い指を膝に戻したリオンは、ゆるりと視線を扉の方へ向け、そこに呆然と立ちつくすダーヴィットを碧眼に映した。
「あなたも。先日ぶりね、ダーヴィット様」
一緒に入室していたダーヴィットに挨拶するリオンに、アリアは目を瞬かせた。リオンは基本的に神殿の関係者居住区に引きこもっていて、お世辞にも社交家とは言えない人物だ。どこで知り合ったのだろう。
―――神殿関係かな? 武のバルリングの騎士殿だし。
「お知り合いだったんですね、ダーヴィットさ、ま……?」
振り返った先、名を呼ばれた騎士は卒倒しそうな表情でリオンを凝視していた。え、どうした。
「……リ、リオン様! なんでこんなところに!?」
アワアワと彼が耳元の通信具に手を伸ばした。その腕を背後に控えていたカツィルが握って止める。そのまま彼は騎士の耳に何事かを囁いていた。
「……ですから……したほうが……」
「けれど……が……で」
暫く押し問答していた彼らは、結局カツィルの意見が通ったらしく、ダーヴィットは通信具から手を離し、無言でアリアたちのもとへとやって来た。そして、リオンの横で両膝を付き、胸に右手を当てて深く頭を垂れた。アリアの口から驚きの声が漏れる。騎士として最上級の謝罪態勢だった。
「先日は大変なご無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした。どのようなご処罰も申し受けます」
―――ああ、なるほど? 馬車の中で言っていた、やらかしの相手がリオンさんだったのか。
何があったかは知らないが、相当な無礼を働いたらしい。それにしても、リオンは平民でダーヴィットは高位貴族家直属の騎士だ。身分を考えれば、彼がリオンに謝ることなどありえない。一体どうなっているのか。
「まぁ、ダーヴィット様。勘違いした私に責があるとあの時に申し上げたではありませんか。もうお互いに水に流すということに致しましょう。ね?」
「しかし、そういう訳には……」
―――んー、これ、私の知らないナニカがあったなぁ……。
事情を聞いていいものかとリオンの方を見れば、あらあらと頬に手を当てて笑っている。
アリアは知っている。人当たりが良さそうに見えて、案外人見知りなこの御仁が、困ったらとりあえず笑っとけという雑な対人対応をしがちだということを。リオンの住まいをリフォームする時、彼女の本音を聞き出すのにどれだけ苦労したかを思い出すと頭が痛かった。
―――この笑い方は、『どうでもいいから早く解放してくれ』の笑い方だ。
「どうか、顔を上げて頂けませんか」
「いえ、どのようなものでも構いません。どうかご処罰を」
助け舟を出すか、とアリアは口を開いた。
「じゃあ、工事中のリオンさんの身辺警護をダーヴィット様に頼んだらどうですか?」
え、とこちらを見やったリオンの目に不満の色が浮かんでいる。そうだろう。彼女は一部のごく親しい人間以外と長時間一緒にいるのを好まない気質だ。だが、恐らく彼女は分かっていない。そして、それを知らなければ、この優しい御婦人は後悔することになる。
「ダーヴィット様、リオンさんへのやらかしで今、仕事を干されてるんですよ」
「え、ど、どうしてですか……処罰はしないと約束してもらいましたよ!?」
食い付いてきたリオンに、アリアは首を振った。
「仕事を与えないことと処罰は別です。解雇も降格も減俸もないのですから。何があったかは知りませんが、リオンさんとの件で、彼は主家からの信頼に傷がついた。そのため、与えられる仕事が無くなったんです。主家の意に反する行動をする可能性がある人間に、責任ある仕事は任せられませんから」
行きの馬車の中で聞いた話から考えて、部外者のアリアの身辺護衛のような、失敗しても成功してもどちらでもいいような仕事しか、今のダーヴィットは任せてもらえていないのだろう。
―――アリアは自身の職務に真剣に取り組む人たちが好きだ。そんな人たちが困っていたり悩んでいて、アリアに貸せる手があるのならば、迷わずに差し伸べると決めている。アリアがこれまでそうしてもらったから。
「リオンさん。彼に挽回の機会をあげてもらえませんか」
***
―――『おまえさん、正騎士になれなかったんだって? ……なあ、家づくりって興味ないか? 誰かが帰る家を、お前さんが騎士として一緒に戦ったり、守ったりしようとしていたヤツらが笑って帰る家を、一緒に作ってみないか』
正騎士の適性試験に体質異常で落ちた時、アリアに師匠が声をかけてくれたように。
―――『妹がな、見どころがあるのに事情があって正騎士になれなかった訓練生がいるって教えてくれてな』
適性試験の身体検査で落としてしまった少女の行く末を案じて、家族に相談したらしい担当神官のように。
―――『アリア、我々はか弱い仔羊なのです。だから、群れで戦う。若い個体を守るのは、我々年長者の義務です』
魔獣が跋扈する異常湧出地から乳児のアリアを助け出し、育てて下さった神官さまのように。
―――『貴女を助けて下さった騎士様は、あの時の湧出地の異常発生により戦死しました。それが、魔獣戦線の騎士です。誰かを守るために死ぬ覚悟がありますか、アリア』
馬車の残骸の下から、人の声に反応して泣き声を上げた赤子を助け出した騎士さまのように。
すでに半数以上が軍神の御許で眠る、これまで出会い尊敬し愛してきた人たちのように、アリアは手を伸ばす。今までも、これからも。
***
若い騎士がリオンに忠誠を誓うのを見守りながら、カツィルは苦く笑う。この護衛が成功すれば、彼が名誉を回復できるのは間違いない。だが、それにしても――。
「リオン殿の護衛か。しかも≪豪運のアリア≫と一緒の現場で。……うーん、俺でもやりたくない難易度だぞ、それ」
リオンとアリアがこれまで引き起こしてきたアレコレを思い出し、カツィルは唸った。




