【3】たぶん、異世界版〇〇打破。
「アリアー! アンタってヤツは、まぁた、こんな無茶な仕事を受けてっ」
「ごめんなさい、ブランシュ! ご協力感謝しますっ。マジで愛してますぅ」
地面にめり込む勢いで頭を下げたアリアに、友人である内装業者のブランシュは腰に手を当てて柳眉を逆立てた。豊かな金髪を三つ編みにした美女が、頭を下げたままのアリアに詰め寄る。
「もうっ、アタシはアンタの体を心配してんのよ。……頼まれた資材と人手搔き集めて来たわよ。それで、ヤバイ納期って具体的にどのくらいなの! 情報秘匿の神前契約も済んだんだから、隠してる情報ぜぇんぶ教えなさいっ」
そろそろと顔を上げたアリアは、ヘラリと笑って頭を掻く。
「えへへ……今日を含めて後25日です」
時が止まった。ブランシュの薄群青色の瞳が見開かれる。
「は?」
「えっと、1ヶ月って最初言われて、5日間で移築先の地盤・地脈調査をして、この物件を探して移設して建物自体の検査・図面起こしをして、足場組んで、安全対策と工事用魔導設備の敷設まで完了したんで、残りは25日、です」
「……正気?」
「無理は承知で。こんな無茶振り、ブランシュたちにしか頼めないの。……皆様、ご協力、よろしくお願いしますっ」
再び頭を下げたアリアに、ブランシュの後ろで様子を伺っていた他の職人達が声を掛けた。
「おーい、じゃあ、もう屋根の修繕はじめるぞ」
「水回り、指定メーカーとグレードで資材準備できた吾輩超エラい。後で褒め称えよ。あと、請求書を震えて待て。では我らもお先に失礼する」
「外壁の塗装やり替え、色の最終チェックしてー。OKなら職人にGOサインだすわよー」
アリアは慌てて声を張り上げた。
「はいっ。始めて下さい! きゃぁ、流石はササラ様! さすササ! 下僕感激ですぅ。あ、色、それでOKですっ。夜間魔導ライト設置済みで、音と光、雨と風に粉塵、気温対策まで対応している七級魔導陣を施工した防護魔導膜を敷設してもらってます。安心して24時間働いて下さいっ」
「「「「いや、鬼か」」」」
声を掛けた各分野の下請けは一斉にツッコミを返した後、急ぎ足でそれぞれの作業場に散って行った。
「……仕方ないわね、時間もないみたいだし。後で覚えてなさいよ。……じゃぁ、現場の下見から始めるよ、皆」
アリアの友人ブランシュも、部下たちを連れて改装予定の部屋へと足を向けた。それに再び頭を下げて、アリアは設計図を広げる。ここからがアリアの仕事だ。
―――絶対に外せない部分は、これで大丈夫。でも、このままだと時間が足りない。削れる工程はどこだ。
徹夜で作った邸宅の設計図を睨んで、アリアはそれの存在に気付いた。
***
建築というのは、料理に似ている。材料を揃えて、規定のサイズと形にカットしたり下準備して、順番に処理していくのだ。ただ、今回は納期がイレギュラーなので、通常であればありえない手順が発生したりする。
「……秘匿経路を一度封印したいと?」
進捗状況の確認に来た老執事に、アリアは頷いた。
「はい。魔導陣の再設定はどうしても時間がかかる作業ですし、秘匿性から職人たちを退避させなければなりません。けれど、今回はその時間がない。ですので、入居後、お住まいの方が留守の時に改めて施工しては頂けませんでしょうか。警備上の問題がありますので、旧設定のままの秘匿経路を封印する必要こそありますが、再設定と比べて大幅に納期を短縮できます」
秘匿経路とは、特定の魔導陣を所定位置で展開することで開く、隠し通路のことだ。
貴人の非常時の退避や人目を避けた往来などに利用され、元は貴族の邸宅であったこの中古物件にも、当然に既設の秘匿経路があった。通常であれば、バルリング辺境伯家の専属魔導師が魔導陣を再設定することになる。だが、この工程を挟むとなると1週間は現場が止まる。機密の塊である秘匿経路関連の魔術を部外者のアリアたちに見せるわけにはいかないからだ。作業中はどうしても職人全員が現場に入れなくなる。
今回の鬼納期において、この作業時間省略には値千金の価値があった。
「駄目でしょうか。どうかご一考頂けませんでしょうか」
言ってみれば、他は全て調理済みのほぼ完成したホワイトシチューに、後から火の通っていないジャガイモを放り込むような所業だった。高位貴族にとって秘匿経路とはあって当たり前のインフラなのだ。客によっては激怒する可能性すらあった。だが、今目の前にいるこのお客様が、本当にジャガイモを求めているかどうか。それは聞かなければ分らない。
納期と秘匿経路、どちらを優先するか聞く価値は十分にあるとアリアは考えた。『当たり前』などこの世のどこにもないのだ。世の中にはジャガイモアレルギーの人だっているのだから。
「……分かりました。御当主様にお伺いを立てて、後ほどお返事致します」
「ありがとうございます!」
この数刻後、バルリング辺境伯家のお抱え魔導師たちが秘匿経路に封印を施しに来た。魔導陣の展開位置偽装のために全作業員が屋外退去させられたが、さほど時間はかからなかった。本来なら1週間現場が止まることを考えれば、誤差の範囲内のタイムロスだった。
***
「なんだこれ。名前も分かんねぇけど、滅茶苦茶美味い。シュワシュワして甘辛くて、口の中で涎が止まんねー」
「これは、吾輩が食べるに値する絶品グルメ。魚料理の至高。下僕共、コレ、コレを食べてみよ。この世の至福」
「えぇ…肉よね、これ。なんか青くて歯ごたえがコリコリしてるけど、味は肉だ。鶏肉っぽい味に甘酸っぱい果実のソースが凄い合ってる。うわぁ、レシピ知りたい。平民でも食べられる店で、通常メニューで出してるとこないかなー」
「お、おいしい。目と脳がバグる見た目なのに、なんでこんなに美味しいの。そして、何処の生存圏料理なの、これ……」
魔導師たちの作業中、外に追い出されたアリアたちにバルリング辺境伯家の本邸料理長が晩御飯を用意して下さった。
別邸の外に用意された臨時の作業台であるウッドテーブルに、色とりどりの多国籍料理が並ぶ。なんでも他家の料理長にレシピ提供してもらった、各地の人類生存圏の滋養強壮に効くご当地料理を再現したものらしい。それぞれが好きなものを好きなだけ食べられるようにバイキング形式の御馳走を頬張りながら、アリアは工程表に推定所要日数を書き込んでいく。
「よし……あとの工程をいつも通りの作業スピードでやってもらったら、ギリ間に合いそう」
メイドさんが食後にどうぞと淹れて下さった眠気覚ましに効くという薬草茶を飲み干して、アリアは別邸横に置かれた箱型の小部屋に戻った。魔導技師が2名いれば現場に移設できる可動式の作業小屋だ。平民街にある事務所に戻って作業する時間を短縮するために、辺境伯家の許可を得て特例で設置した。
他の職人たちも、寝起き用に敷地内の使用人部屋を臨時で貸し出してもらっている。食事等も辺境伯家から提供されることになっていた。通勤時間の短縮のためという建前での、実質的な軟禁状態である。
これは高位遺族相手の仕事において、安全性の担保という意味でありがたかった。実際あるのだ。作業員を殺して成り代わる暗殺者とか。アリアは過去に同業者飲み会で聞かされた先輩建築家たちの現場あるあるヤバさマシマシ武勇伝を思い出して遠い目をした。
「おかえりなさい、師匠」
「お疲れ様です、アリアさん」
「アリアちゃん、お疲れさま」
作業小屋内では、アリアの弟子1人と事務の補助員2名が書類作業をしていた。途中までのそれを、後はやっておくから温かいうちに食事をとってくるように、と彼らから引き継いでアリアは腕まくりをした。
室内には金属製の机と椅子、仮眠用のベッドとソファーが配置され、ファイリング済みの書類や専門書籍、魔導工具、雑品が整然と詰め込まれた、木製の棚が床と天井に固定されて3列ある。これから25日間、ここがアリアの棲み処だ。さて、腹ごなしは済んだ。現場は信頼できる仲間たちに任せたから大丈夫。
「じゃあ、まずは……役所への提出書類の作成だぁ」
ヴァッレン帝国では、帝都内で一定規模以上の建造物を移築した場合、帝国に届ける義務がある。それ以外にも細々と今回の工事に関連した許可の申請や報告が必要だった。その提出書類は枚数で言えば、およそ300枚以上。何気に一番面倒で、一番嫌な仕事である。だが、最も重要な仕事でもある。
「やるぞぉ!」
アリアは机に事務員が用意しておいてくれた茶器の中身を飲み干し、薬草茶をバキバキにキめた脳で作業を開始した。ちなみに、作業棚には打ち込み式の魔力回復薬の硝子瓶がケースである。本来の用途とは違うが、覚醒度が桁違いなのだ。どれだけ疲労で霞んだ思考もすっきりクリアとなる。ただし、後の副作用で地獄を見ることになるから、本当に奥の手だ。
「……飲まずに済むといいなぁ」
後にアリアは思った。完全にフラグだったと。




