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【2】地獄の沙汰も金次第 ただし、ご利用は計画的に。

――――なるほど、納期(これ)が理由か。


アリアは内心で唸(うな)った。


そもそも辺境伯家ほどの家であれば、アリアのような若造に依頼せずとも、昔から付き合いのある建築家が複数いるはずなのだ。何故アリアに話が来たのかと思っていたが、期限を聞いて納得した。恐らく、古参の建築家たちは、この期日に納期を間に合わせるのは無理だと断ったのだろう。


帝都組合長にエールを送られた理由も分った。


―――なぁにが『武運を祈る』だ。知っていやがったな、あのタヌキ親父。


アリアは手元のメモ帳を見下ろした。……貴族の別邸を1ヶ月で建てる。それはまず不可能だ。基礎部分の施工だけで期限が来てしまう


―――確かに正攻法ならば不可能。だが……。


目を閉じ思考の海に沈んだアリアが黙り込んだことで、断られると思ったのか、執事が言い連ねる。


「私もこの納期に無理があるというのは理解しております。それでも、どうにかならないかと方々(ほうぼう)手を尽くしたところ、帝都建設組合長からアリア様の名を伺い、この方ならばとご当主様に進言したのです」


どうか1ヶ月で建ててはくれまいかと頭を下げた老執事の嘆願に、アリアはゆっくりと目を開いた。ブルーグレーの瞳が陽光に透かされて青みを濃くする。彼女は執事よりも更に深く頭を下げて告げた。


「この依頼、お受けします。全力を尽くして間に合わせます」


***


養護院が魔獣に喰われたとき、その被害を食い止めて下さったのは、帝都守護騎士隊の方々だった。


誰がどれか分からなくなった神官さまや兄弟姉妹たちを、軍神神殿の集合墓地に弔う段取りをつけ、葬送の儀まで幼いアリアに付き添ってくれた騎士さま達への感謝を忘れたことはない。アリアは適性検査で弾かれて騎士になれなかったが、その恩返しの機会が、今、目の前にあった。


魔獣との生存競争の最前線、それがバルリング辺境伯領だ。損耗率が高い激戦区であり、そこに派遣されることは騎士として最高の栄誉とされる。アリアの恩人である騎士も、まだ存命であれば、幾人かがこの戦線に派遣されているだろう。


全ての騎士が戦人(いくさびと)として畏敬と憧憬を抱く一族。アリアたち平民が帝都で平穏に暮らせているのも、辺境伯一族の戦線でのご尽力のおかげなのだ。そんな方々の別邸を担当できるとは、なんたる光栄。腕が鳴るというものである。


―――納期が1ヶ月? 上等だ。絶対に間に合わせてみせる。


「ひとつ、ご提案があります」


それはそれとして、後で建設組合長とはオ(・)ハ(・)ナ(・)シ(・)しないとなぁ、とアリアは笑みを深めた。


***


―――手段を選んでいる場合じゃない。


形振(なりふ)り構っていられなくなったアリアは人と騎獣が行き交う賑やかな商業地区へと馬車を走らせた。目指すのは、その主要街道(メインストリート)にある、とある商会の本店だ。


顔馴染みの守衛に頭を下げて、ドアマンが開けてくれたガラス扉の隙間から館内に滑り込むと、従業員と顧客が商談する一階の売場を速やかに通り抜けた。赤い絨毯が敷かれた階段を駆け上がり、最上階の商会長室へと転がり込む。


―――いた、彼だ! 留守の可能性もあったから、ラッキーだ!


「た、助けて! カツィル……ヤバい。激ヤバ案件受けちゃったぁ!」

「お前……これで何度目だよ」


浅黒い肌の大柄な男性が、窓を背に執務机に座っていた。男性並みの背丈があるアリアよりも更に長身の彼は、アリアよりも一つ年上の24歳で、その若さにして帝国貴族御用達の大商会を営む商才の持ち主であった。


「まったく、今回は何があった。俺は昨日帰国したばかりなんだぞ」

「ご、ごめん」


彼の手元には封書の山とレターナイフがあった。半年ぶりに魔獣支配圏の向こう側にある他の人類生存圏から帰ったばかりで、顧客とのやりとりが忙しいと、確かに昨晩の通信で言っていた。


―――やっぱり、今回ばかりは無理か。


タイミングが悪かったかとアリアが後ろ手にドアノブをにぎった瞬間、カツィルが彼女を手招いて引き留めた。


「冗談だ。……直に会うのは半年ぶりだな、アリア。構わないから、こちらに」


アリアが扉から手を離したのを確認して、カツィルは横に立つ壮年の男性秘書にいくつかの指示を出した。


「これとそれを今指示した通りに。……すまない、しばらく席を外してもらえるか。人払いも頼む」

「畏(かしこ)まりました。失礼致します、カツィル商会長、アリア様」


ベテラン男性秘書はカツィルとアリアに美しくお辞儀をすると、分厚い書類束を手に持ち、静かに退室して行った。


二人きりになった執務室で、カツィルはアリアに早くこっちに来いと手招きをする。まだ遠慮しているアリアがオズオズとカツィルのデスクの前に立つと、彼は「話しにくい、こっちまで来い」と自身の横を指差した。大人しく指示に従って机を回り、傍らに立った彼女に、カツィルは琥珀色の瞳を眇(すが)めた。


「で、今度は何がヤバいんだよ。現場が魔獣湧出地になって基礎ごと吹っ飛んだとか、依頼主が暗殺者集団で口封じされそうになったとか、依頼貴族が魔獣戦線で族滅したとかか」


過去に実際起きて、彼に泣きついた事案が挙げられる。どれも悪夢のような出来事だった。アリアは割と運が悪い自覚があった。だが、大抵周囲の協力のおかげでどうにかなっているので、逆にすごく運が良いのかもしれないと最近では開き直っている。


「今度はもっとヤバい。貴族の別邸建築で、納期が1ヶ月って言われた」

「は?」


思わずと言ったように聞き返したカツィルに、アリアは納期をもう一度伝える。気持ちは分かる。


「1ヶ月でどうにかしろって」

「正気か。無理だろ。断れ」

「それこそ無理。……ご当主様直々のご依頼なの。顔を潰せないのよぅ…」


溜息を付き、カツィルは手紙の山を机の隅に押しやった。彼が大判の手帳を抽斗(ひきだし)から取り出して万年筆を握るのに、アリアは安堵から目が潤むのが分かった。話を聞いてくれるらしい。ありがたい。


「で、何を用意して欲しいんだ」

「条件に合う貴族の邸宅を探して欲しいの」


なるほど、と男の口角が上がる。


「新(・)築(・)で(・)とは言われていない訳か」

「そのとーり! 中古物件(これ)なら新築と違って、移築許可とかで済むからの許認可をかなり省略できるの。一から建てるよりもリフォームで済む分、納期も短縮できるし。でも、肝心の物件そのものと、それを買うツテを探す時間も今回は無くて」


どうにかお願いできないかと頼れる友人をアリアは見つめた。カツィルには商人として帝国内外に広げた膨大な人脈があり、帝国貴族の裏事情にも精通している。それを利用させろとアリアは彼に告げたのだ。図々しいのは理解している。だが、手段を選んでいる余裕などない。


―――使えるものは全て使う。


この依頼を受けることを決めたときに、持てる全てを使うことを覚悟した。それら全てをもってしても、間に合うかは五分五分であった。


「……お願い、カツィル。力を貸して下さい。もちろん、それ相応の報酬は用意するから」


両手を組んだアリアに祈るように見つめられたカツィルは、徐(おもむろ)に椅子から立ち上がった。日に焼けた大きな右手が、静かに彼女へと伸ばされる。


「貸し一つな。高くつくぞ」

「うん! ……守秘義務の神聖契約するまで言えないけど、今度のお客様は、お金だけは何の心配もない御方なんだよ」

「ふぅん、そいつはいいな」


ならまず、と彼は椅子から立ち上がり、アリアの耳に光るピアスの片方を親指で撫でた。青い宝玉でできたそれは、3年前に買い直した品だ。帝国内ならば交換台無しで何処(どこ)とでも連絡できる魔導陣が刻まれた、1組で帝都庶民の平均年収1年分する高級品である。



「特(・)別(・)報(・)酬(・)として試作品の被検体になれ。新しい魔導陣を刻んだ通信具が丁度昨日出来上がったんだ」


***


琥珀色の宝玉を友人カツィルの手で両耳に装着されながら、アリアはブルーグレーの瞳を伏せた。


『―――分かった。ただし、条件が一つある。……友人に戻ろう。お互いに相手が嫌いになったわけじゃない。元の関係に戻るだけだ。いいな?』


アリアには3年前まで恋人がいた。建築家として独立する時、お互いの多忙を理由に別れた彼は、今でも友人として彼女を助けてくれる。それが別れる時に相手から提示された条件だったとはいえ、いくらなんでもアリアに都合が良すぎないだろうか。


彼は―――カツィルは、商人だ。しかも、人類生存圏を行き来する遍歴商人なのだ。魔獣生存圏を突破する彼らの平均生存率とその寿命は魔獣戦線の騎士よりも低く短い。


アリアには耐えられなかった。


彼女の大事な人達は、生前の面影全てを奪われる形で全部魔獣に喰い散らかされた。今でも夢に見るぐらい、記憶に焼き付いた光景だ。騎士さま達が集(・)め(・)て(・)く(・)れ(・)た(・)神官さまと兄弟姉妹たちの棺は、全員が一緒にされているにも関わらず、小さな木箱一つだった。


6歳だったアリアにも抱え上げられた、あの軽さが忘れられない。


だから、今度こそ帰ってこないかもしれない恋人の後ろ姿を見送ることに耐えられなくなった。彼が好きになればなるほど恐怖は際限なく膨らんでいって、ついにアリアから別れを告げた。それなのに、大事過ぎて抱えきれなくなったカツィルとの縁は、この3年間その本人によって決して切ることを許されなかった。


『帰った。飯でも食いに行かないか』

『……おかえり、カツィル』


1年の大半を他の人類生存圏を巡って過ごすカツィルだが、帝都に戻ると必ず昔のようにアリアに通信を入れて来る。そして、アリアもそれを拒否できずにいた。


―――他に頼れる相手がいなかったとはいえ、やっぱり図々しかったかな。でも、商売としては悪くない話だったし。利益すごいし、高位貴族とのパイプも作れるし。でも……。


悩む彼女の耳元で、琥珀色のピアスが夕陽を反射して鈍く光っていた。


***


翌日、アリアは大親友の商人カツィルが「移築にはこいつらも必要だろう」と集めてくれた魔導技師たちにニコニコと元気よく笑いかけていた。


「えー、本日はお日柄も良く、皆様お集まり頂きまして……」

「時間がないんだろ。以下略だ。さぁて、魔導技師の皆様、依頼の通り、今日移動してもらうのは……この旧男爵家本邸だ」


アリアがカツィルに依頼したのは、条件に合う貴族の邸宅、しかも即購入が可能なものという難易度の高い物件探しだった。正直、見つかるか怪しいと思っていた。


だが、杞憂だった。


『おはよう、アリア。昨日言ってた物件見つけたぞ。契約、代金支払、権利移転もろもろ済みで、とりあえず商会の所有物件として登録してある。移転用の魔導技師も手配済みだ。で、どこに移せばいい』

『……え? えぇぇ!? まって、移転のための道路通行許可とか物件移転許可とか……』

『知り合いの宮廷役人にねじ込んだ。帝都の貴族街内ならどこでも持っていけるぞ』


―――私の友人が有能過ぎて、逆に怖い。


今後の段取りのために徹夜していたアリアは、早朝に入った通信に慌てて作業着に着替え、指定された貴族の館へと向かった。


アリアがカツィルに示した条件は以下のものだ。木造二階建で、重厚な印象を受ける古典的な建築様式の屋敷、できれば高位貴族が住んでもよさそうなもの。理想の物件が目前に建っていた。


「すごい……さすがはカツィル」

「おう、褒め称えろ」


住人の元貴族は先日、魔獣戦線への貢献不足で除爵されており、生活資金のためにこの屋敷を売ることにしたらしい。既に退去済で、金策のために中の家具類は処分されており、建物という箱だけ残っている理想的な状態であった。


勿論、貴族邸宅の常として、魔獣戦線移動に伴って住居を移せるように、基礎部分には移動用転移魔導陣が刻まれている。その移動に必要な人員までカツィルは用意してくれた。まさに至れり尽くせりである。


どうやって用意したの? と尋ねた女建築家に商人は答えた。


「大体のことはな、金(カネ)とコネで解決できるんだよ。移転許可とってきたのと合わせて、貸し、追加でもう二つな」


成程(なるほど)と彼女は深く頷いた。本人は暢気に「さすがカツィル」と感心しているが、割と運が無い彼女は仕事関連で彼に借りを作りまくっている。今回の魔導技師の件で、その数は目出度く二桁の大台にのった。


着々と借りを積み上げているアリアはまだ知らなかった。商人の取立がどれほど厳しいものかも、彼らが商機を逃さないためならば何年でも待ち続ける執念深い生き物であることも。

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