第84話 眠っちゃった
夢を見ていた。いや、ここが本当に夢の中なのか現実なのかは正確な所は分からない。今私がいるのは、記憶の中にある両親と一緒に暮らしていた、まだ幸せだった頃の実家の中だ。それを夢で見ることは今でもよくあること。だけど、目の前に両親がいるということは、やはり夢の中で間違いないのだろう。
なにせ私の父と母は子供の頃にソウルイーターに殺害され死別してしまったのだから。以前夢で見た時よりはっきりと顔が判別できる両親は、残った記憶の中より少し悲しそうな、それでいて怒っているような表情を見せて話しかけてくる。
「あんたもこっちに来ちゃったのねえ、討伐に出る前オリビアにちゃんと任せといたんだけど」
「しかしな母さん、あの状況だ。仕方ないだろう」
「お、お父さん、お母さん⋯⋯」
今になっては遠い思い出の中にしまわれて、もう思い出せなくなっていた両親の声。それを本当に久しぶりに聞いたことで、私の感情は簡単に限界を迎えてしまった。普段は仮面で隠している想いが表に出て来て、涙が止まらなくなる。
「私、一生懸命やったよ。クリスの面倒を見ながら街に出て、もう辞めちゃったけど女神教で偉くなって、大きい妖精さんに会って、村の人達の仇も討ったんだ」
「ええ、知ってるわ。本当に立派だったわね。どこに出しても恥ずかしくない私達の子供」
「本当に自慢の娘だ。孫の顔が見れなかったことだけが心残りだったけどな!」
「ああ、あぁ⋯⋯⋯」
拭いても拭いても涙が溢れてきて止まらない。ずっと求めていた家族の温もり。親から褒められるという当たり前が失われた少女時代、今まで生きてきた分の全てが、熱くなった目蓋から流れ出ているようで。
「全く、油断した挙句に一撃でやられやがって。そんな軟弱に育てた覚えは―――と、禄に育児も出来なかった俺達が言って良い台詞じゃないな」
「私ならそんな弱い子に産んだ覚えはない!なんて言えるんだけどね」
「ううん、その通りだから。私一人じゃどこかで行き詰まってもっと早く死んじゃってたと思う。それくらい、苦労して生きてきたから」
「そうか、遺して逝っちまってすまなかったなぁ」
「いいよ。二人が死んじゃったのは確かだけど、村を守ろうとしてくれたんだもの」
「それよりもあんたはこのままでいいの?」
「え?」
「まだやり残したことがあるんだろう?」
そうだ。私はエルフの国へ救援に向かって⋯⋯そこで死んだんだ。最後は痛みすら感じずにやられてしまったけれど、あの後はどうなったんだろう?もしも私のせいで負けてしまったなら本当に申し訳ない。回復役の私が真っ先に倒されるというのはこれ以上無い失態であり、冒険者として許されないことだ。
「この子も力が出しきれずに残念がってるわ」
そう言いながら指差した先には、私がずっと連れていた水妖精が居た。
「ホラ、まだまだ力になりたいと訴えてきてるぞ?お前がそんなでどうする」
「私は⋯⋯」
私が妖精の存在に気付いた途端、こちらに飛んできて周りを飛び回り自己を主張してきている。でも、私はもうあっちには戻れないのだ。どうしようもない。
「私は、もう戻れないよ」
「そんなこたぁねえさ。お前には心強い仲間がいる。家族がいる。帰れる場所がある限り、戻っちゃいけねえなんてこたないよ」
「私達はちょっと事情が違ったけどね。本当にギリギリの状態で、仕留めなきゃ年内に餓死者が出る、なんて状況だったから。年老いた親と子供を口減らしに出すか、イチかバチか勝負に出るか。そんな戦いだったし」
「そうだったね、あの頃は口に入る物なんて、危険な山の中を探してようやく手に入るくらいだった」
「お前はちっさい頃から魔法が使えたから重宝されただろうが、その分苦労も多かったろう」
「ううん、おかげでここまでやってこれたんだし」
「そんな頑張り屋のあんたにお迎えみたいよ?本当にあの妖精さんは規格外ね」
「本当だな、さすがは女神様の愛娘だ。それと知り合えたお前も」
両親が顔を向けたその先は、玄関の扉が開かれここではない何処かへと繋がっている。そこに差す光は朝日より眩しく、だけど優しい温かさが溢れて、まるで人生の夜明けのように生命を祝福している、神聖な白い空間があった。ここから出ればもう二度と両親には会えないのだろうか、今までずっと想い続けていたから踏み出すことを迷ってしまう。
「どうした?行かんのか?」
「私⋯⋯私、もっと二人と居たい。家族と在りたい」
「あら、おかしなこと言うわね。全部受け入れてくれる新しい家族が出来たんでしょう?私達はもう寄り添うこともできないけど、あの子達ならこれからもずっと一緒に居てくれるわ」
「そうだぞ。先に逝っちまった父さん達が言うのもなんだが、俺達に負けず劣らず幸せな家族じゃないか!」
「でも⋯⋯⋯」
あそこへ戻らずにずっと二人と一緒に居たい。喉まで出かかったその言葉は声になることはなく、代わりに抱きしめられる。
「忘れないで。私達はずっと貴方のことを思っている」
「俺達はお前の中にいる。いつでもお前のことを想っている。でも、それだけじゃ駄目なんだ。忘れてくれとは言わん。囚われないでくれ。親にとってはな、子供の足かせになっちまうのが一番の不幸なんだ」
その言葉が私の中に入ってくる。守る者が出来た今なら分かる。その存在が自分のせいで危険な目に遭ったり下を向いてしまうなんて、死んでも死にきれないだろう。私は、二人にそんな思いはさせたくない。
「ゔん。私、忘れないよ。お父さんと、お母さんが、私を愛してくれてたこと。ずっと、見守ってくれてたこと」
「もう、いいわね?じゃあ行きなさい。あんたにここはまだまだ早いから」
「次また来ても蹴っ飛ばして追い返すからな!」
そう言われ、優しく背中を押される。もう私は振り返ることはない。これは、私の誓い。姉とあの子を守り、共に先へ進み続ける。そう胸に刻み、光が溢れ続ける扉に一歩踏み出した。
「またね、お父さん、お母さん」
実家を後にして、いつものように妖精を連れて歩き出す。周りが光りに包まれ、方向感覚を失い揺蕩う様な空間で、頭上から誰かの声と共に手が差し伸ばされた気がした。私はそれに呼応するように上に手を伸ばして確りと掴み返し、どこかへと引っ張り上げられた。
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「ティナ!ティナ、大丈夫か!」
「ねえ、さん⋯⋯」
お、姉二号は問題なく蘇生に成功したみたいだな。まだ自分に何が起こったのか分かってないみたいで目を瞬かせながら周りを見てる。他の人達も同じように寝た姿勢から上半身を起こしたり首を動かしたりだな。死者蘇生は特に被術者にデメリットは無いけど、起きたばっかりはまだ体力が戻ってないからゆっくりしたほうがいいぞ!
ところで、あーちゃんが地面に倒れ伏して頭抱えてビクンビクンしてらっしゃる。耳をすませると、
「英雄達が、我が国民が、救われ⋯⋯これが神の⋯⋯」
とか嗚咽混じりで言ってる。ちょっと怖い。なるはやで元に戻ってくれ。まぁ自ら焼き殺してしまった黒焦げだったエルフの肉盾の人達とか、負傷者を護るために文字通り命をかけたメイド達も全員起き上がってるから分からんくもないが。
ちなみに蘇生の時に魂に干渉する事自体はそんなに魔力を使わなくて、実際は遺体の損壊具合に関係なく死亡する前の状態まで巻き戻すから消費がヤバい。時間の回帰に酷似している現象、これこそが禁呪たる所以なんだな。時間に関する魔術、魔法はその消費魔力も膨大だけど、世界の理が歪む可能性を大いに孕んでいるので禁忌扱いなのだ。Lv5の各種魔法は大体その系統だったりもする。
一部の空間の時間を止める、進めるならまだなんとか個人で運用出来るレベルだが、巻き戻すとなると一流の魔術、魔法使いが数人がかりでも失敗する恐れがある。その結果はまぁ、良くて魔力の暴走による体の爆発、悪くて周囲一体を巻き込んでの次元の崩壊により消滅。このせいで人の欲望の果てにある死者蘇生が行える神聖魔法の修得自体が特定の信仰を受けている者、或いはそれに仕えている上で使用の許可を得ている者に限定されているらしい。
つまり一般人はどうあがいても使えない。神様(昔はたくさんいた)から直接『君、良い人やな!使ってええで!』と言われた場合のみ覚えられる魔法、というわけだな。俺の場合は直接女神様からヨシ!って感じで体をアップグレードしてもらった時に許可されたっぽい。あと、なんか神力を得ているけどどっか知らんとこで神扱いでもされてんじゃないですかね⋯⋯こわ。世界樹もしもしで調べるのも怖いし放置しとこ。
「おかえりティナお姉ちゃん。体調はどうだ?疲労の色が濃そうだが、妖精も戻ってきたっぽいな」
他の人は自分の妖精しか見えないから俺のみが確認出来る。蘇生のついでに消えてた妖精も帰って来てるっぽい。
「アリスちゃん、私は⋯⋯どうなったの?」
ここまであったことを説明した。俺もマジで死にかけた事とか切り札切って奴を粉微塵にして吹き飛ばした事とか全員蘇生したこととか、な!
「そう⋯⋯じゃああれは夢じゃなかったのね」
「なんかあったのかい?死んだ割には随分と良い顔してるけど」
まっこと清々しい顔でティナが言葉を紡ぐ。
「死んだ両親に会ったわ。まだ早いって、見守ってるって」
「そうか、そりゃ良かったなぁ!死後の世界みたいなもんは有るからそこで会えたのかな?俺はそこら辺の記憶全部すっぱ抜かれてるから思い出せねぇけど」
「うーん、ちょっと羨ましい感じがあるな。私も父さんにもう一回会いたいって思えてきちまったよ」
「死なないと会えないから今すぐはオススメ出来ないわね~。人間なんて百年もしないでそのうち死ぬんだから、それまで悔いが無いように生きればいいんじゃないかしら?」
「それもそっか。それまでを楽しみに生きるとするか!また会えた時に胸を張れるくらいの生き方してな!」
「その方が良いわよ。ところでアリスちゃん?」
「ん?何?」
「その喋り方は何なの?」
おっと、そう言えばティナにはまだ言ってなかったか?肉体をエネルギー体に作り変えた結果、呪いが一部解除されたことを!呼称はまだ治ってないけど喋り方はだいぶマシになったんだぞ!ストレス軽減!ヤァァァハァァァーー!
「これはな!今までずっと――」
「ええ分かってるわ、クリスの影響でこんなになっちゃったのね!?許せないわ!」
え?ちがっ
「ぐはぁっ!?」
俺が周囲の魔素を根こそぎ使ったから身体強化は使えないはずだけど、とっても良い一撃がクリスの顔面にクリーンヒットした。
「痛っだぁ!奥歯がぐらつく!それマジ殴りだろお前!」
「うるさい!いつか真似するようになるんじゃないかと思ってたけどこんなに早いなんて!」
近接戦闘が抜群に上手いクリスが防戦一方になってる。まぁ病み上がり⋯⋯死に上がり?の人相手に本気で戦う姉でもないから手加減はしてるんだろうな。ティナは謎の拳法⋯⋯拳法?型から繰り出される護身術みたいな技でクリスを攻め立ててる。前から思ってたけどティナは結構なオールラウンダーだよな。攻撃魔法は勿論のこと、回復ができて杖とかで近接もこなすし。惜しいのは単体火力が少し足りないってとこか。
「わ、私のせいだってのか!?ちげぇって話を聞いてくれ!」
「どう見てもアンタの影響でしょうが!あんなに可愛らしかったのにチンピラみたいな話し方になっちゃって、お母さんに合わせる顔がないわよ!!」
じゃれ合うように組手をする二人。生き返った人や、歓喜で打ち震えていた人達も呆気にとられてそれを見てる。なんか、日常に帰ってきたって感じがするなぁ。っていうか蘇生したては疲労感が凄くて動けないはずなのにティナはどうなってんだ?現に他の人達は肩を借りてようやく立てるかってとこだぞ。
「ぷっ、あははは!ははははは!」
キョトンとしている周囲の人達に構わず一方的な殴り合いをする二人見て、堪らず笑いが込み上げてきた。そろそろ止めてやるか、魔法が使えない現状で怪我してもなんだしな。
「二人共その辺で止めてくれ。俺が今の状態を解除すれば直る、と言うかまた元に戻るからさ」
水の大妖精を送還して、そーれエネルギー体化解除っと。
あ れ?きゅうに からだ うごか なく
すごく
ねむい
そうだ
ま よな か だっ け
スヤァ




