第45話 吸われちゃった
区切りがわかんなかったのでちょい長めで⋯
いつもの倍くらいあります。
ちくせう。口が塞がれた状態じゃ魔法の詠唱も助けを呼ぶことも出来ない。低威力の音魔法が通用しない相手にはどうしようもねえな⋯⋯。クリスなら、捕まった時点で触手を振りほどくか切断するかして逃げられたんだろうが、やっぱ実戦経験の差ってのが激しい。多少抵抗出来ただけマシってなものだろうけど。
それにしてもどうするか?このままでは俺の息が続かない。残された三人は無事だろうか。連れ去られてから新たに触手を伸ばしていないようなので、直ぐに助けに来てくれるのは確実として⋯出来ることをやってみておくか。まずは詠唱不要な魔法を使っておくか。
(音爆弾)
魔物の体内に直接魔法をぶち込む事はできないため、かつての姉のように指先での発動にはなるが音爆弾を試してみる。しかし結果は発動箇所を中心に微かに震えるばかりで、効果はいまひとつのようだ⋯⋯。俺が出せる最大出力でも、全体がぶるんぶるんと揺れるだけで全く意味がない。
これは本格的に手詰まりかな?渡されていたナイフを抜いてみるも、内臓とか弱点が手近にあるわけでもないので、水を切る手応えだけで全く意味がない。普段ぶっ倒れる限界まで姉の鍛錬に付き合っているおかげか、肺活量に余裕があってまだ俺の限界は来ないけど、助けが来た所でこの状況が打破出来ない限り確実に溺死するな。
そう思いながら漂っていると、何かに縛り上げられて急にスライムの核の近くにまで強制的に移動させられた。不定形の魔物だし、体外のみならず内側にもそういう事ができるのか。でも何をする気だ?俺を消化するだけなら付かず離れずの距離感で死ぬまで待ってればいいだろ。
「ごぼ、がばっ!?」
体に倦怠感を感じて一瞬意識が飛びそうになった。吐きそう。水中で吐くなんて絶対むせて呼吸困難になるからやりたくないけど、でも出そう。我慢できない⋯⋯ぐええぇぇ。これはスライムが俺になにか仕掛けて来てるのか?だが残念だったな!こちとら地獄の鍛錬で吐き慣れてんだ、少しぐらいなら我慢してやるぜ!でも少ししか我慢出来ないから早めに助けて。このままだとヤバい。
「んぐ!?」
吐き気を堪えていると口の中に何かが突っ込まれて無理矢理ゲロを吸い出された。どうやらスライムの触手の一本が無理矢理口をこじ開けて侵入してきたらしい。今朝食ったご飯ってあんなに真っ黒だったっけ、多少腹は黒いかも知れんが物理的に黒くなった覚えはないんだが?
ってあれ魔素じゃね?なんで俺の体から魔素が⋯⋯あ、そういえば前に妖精が居れば人間の体に魔素が入っても大丈夫になるって聞いたことがある。もしも妖精に魔素の「ろ過装置」的な役割があるとしたら?そうだと仮定すると、クリス経由で俺に入ったさっきの大群の魔素がまだ残ってて、それを吸収しようとしてるのか?結構な数を魔法ぶっぱで倒してたから、あれがそのままこいつに渡るのは不味い気がする。
あ、やべぇ。今ので空気も殆ど吐き出してしまった。
意識が⋯⋯助け⋯⋯⋯⋯おねえ、ちゃ⋯⋯⋯。
~~~~~
妹が連れ去られて幾分か時間が経った。野郎、遠くから触手だけを伸ばしてきてたからかなり距離がある。しかもその一本一本がかなりの速度で伸び縮みするので、走って追いかけても途中でアリスの姿が見えなくなってしまったな⋯。
「まだ本体の所に着かないの!?」
最近二人目の妹になったティナが聞いてくる。珍しく焦っているようだけど、それも仕方ないことだ。普段からべったりだった小さい愛しのアリスが、短時間とは言え危険にさらされてしまっているのだから。私もハラワタが煮えくり返りそうだけど、必死に抑え込んで冷静に務めるよう努力して返す。
「特定は使い続けてるから見失うことはない、今は走れ!」
自分に言い聞かせるようにして、足にあらん限りの力を込め地面を蹴り続ける。やはりこんな危険な場所に妹を連れてくるべきでは無かったのかも知れない。ダンジョンのコアがある場所に行くのなんて後でも良かったんじゃないか?亀裂から出てくる敵の対処だけして、外で沈静化するのを待てば良かったんじゃないか?
私達は大物の相手だけして、兵士や騎士団の連中に任せれば無事に事は済んだのかも知れない。危険度が下がってから中に入ればこんなことにはならなかった気がする。そんな無意味な堂々巡りを考えていると、不意に特定から妹の姿が消えたのが分かった。
「アリスが⋯あの子が、消えた!食われたかも知れない!」
「なんだと!?それは確かか!」
山や森にいるスライムは、動物とか魔物の死骸や排泄物等のゴミを消化して生きている。もしも、スライムがそれだけでは満たされずに生き物を襲うようになったら?もしも、生存競争に勝ち続け巨大化したスライムが存在したら?
―――もしも、それに捕まったのが妹だとしたら?
「うっ、うあああああ!」
「どうしたクリス殿!」
そんな事は考えたくもない。だが、さっきから脳裏に消化され見るも無惨になったアリスがチラつく。嫌だ。あいつは私に生きる活力を与えてくれているんだ。妹のためならなんだってしてやれる。危険な事も二つ返事でやってやる。別段惜しくも無いが、それで助かるのなら処女だってくれてやるくらいのつもりでいる。
死んでほしくない。無事であってほしい。呼吸が乱れ、足がもつれて転けそうになる。自分が何を考えているのか、わからなくなってくる。だが脚は動かさなければ。急げ、急がないと取り返しのつかないことになる。早く助けないと⋯⋯。不安になりながら動かし続けた脚は、遂に自分の意思を離れて派手にすっ転んでしまった。
「落ち着きなさい!あなたがそんなんじゃ助かるものも助けられないわよ!」
そう言いつつティナは私の頭に思いっきり冷やした水をぶっかけてくれた。冷たすぎて皮膚が痛むが、今はこれくらいがちょうどいい。その刺激で幾らか冷静になり、乱れた呼吸を取り戻す事に専念する。
「す、すまん⋯⋯もう、大丈夫だ」
「深呼吸なさい。ひとつ、ふたつ、みっつ」
「スー、ハー、スー、ハー、スー、ハー」
頭も少しはクリアになったように思う。年の差は無いとは言え、妹に見せる姿ではなかったね。そうだ、私がしっかりしなければ。義理の家族とは言え長女なんだ、妹たちを引っ張って道を示す姉がこんなに狼狽えていてどうする。
「落ち着いた?」
「ああ、取り乱して悪かった。ありがとよ」
「別にいいわよ、大したことじゃないし。それに姉を支えるのは妹の役目ってものよ、姉さん?」
そう言って妹は少し照れながら先を急ぎだした。確かにな。私一人考えたってどうにもならない。あの子に痛い思いはさせたくないけど、いざという時は頼れる相棒の蘇生に近いトンデモ回復魔法で治療もしてやれる。そう考えると少し気が楽になってきた。いずれにしろ今は歩を進めるしか無い。ティナを追い越して先導しながら走っていると、ようやく私達を攻撃してきたスライムらしき生物の体が見えてきた。
「こいつは⋯⋯デカいな。一体どれだけ食えばここまでになるんだ」
ようやく視界に入ったそいつは、通路一面に体を広げて水面が横にあるような状態で静止していた。
「恐らくここと下の階層の魔物も全て腹に収めたのだろう。だが、ここまで来ても攻撃してくる気配が無いな。何か企んでいるのか?」
エレノアの言う通り、私達が剣を振れば当たる距離まで接近しても何かをしてくるということはなく、ただその場で蠢いているだけだ。
「それよりあそこ見える?核の傍にアリスちゃんが居る。まだ無事みたいだけど、意識はなさそうだわ」
言われてティナが指を指した方向を見ると、アリスが浮いているのが分かった。しかし、水に浮いているとは言えないような、何かに縛られたかに見える状態で口から黒い何かを吐き出し続けている。
「ありゃ何されてるんだ⋯?このクソスライムめ、ぶっ殺してやる!」
私は怒りに任せて剣で表面を何十回も斬り裂くが、再生力が高いのかすぐに元に戻ってしまった。
「これは厄介な⋯⋯表面を傷つけるだけの私達では分が悪いぞ、どうする!?」
隣で同じ様に剣を振り回しながら風魔法を使っているエレノアも弱音を吐いている。
「貫通力がある土か、広範囲を焼きながら戦える火魔法使いが居れば勝てるでしょうけど⋯⋯」
「地上まで行って呼ぶのは間に合わないだろ!それより、アリスの様子がおかしい!」
私達が攻撃した箇所がすごい速さで元に戻るが、それと同時にアリスが苦しむように体を捩りながら、さっきより多めに何かを吐き出している。まさかこのドグサレスライム、アリスから何かを吸い取っているってのか?だからあんなに核に近い場所に?
「どうやら私達が傷を付けた分だけアリスから吸って回復しているみたいだな⋯⋯長期戦はダメだ」
「チッ⋯じゃあどうするの?あの分厚い体を突き破って核まで届く攻撃なんて無いわ」
「私に任せろ。まず、私の体をロープでキツく結んでくれ」
そう指示して、腰の辺りを冒険者ギルドで支給されている物資の一つである、崖等の高所を降りるためのロープでしっかり縛ってもらう。
「よし、結んだぞ。次は何をすればいい?」
「エレノアはなるべく大きめの突風を吹かせてくれ。人の体くらい軽く吹き飛ばすくらいの奴をな」
「あなた一体何をするつもり?」
「ティナはロープを持っててくれ。合図をしたら引っ張れ」
「だから一体なにを――」
「突っ込む」
私の作戦を伝えた。いや、作戦を言うのも変だな?これはほぼ特攻みたいなものだね。だが、倒すより先に妹を助けなければ。普通のスライムは体に入った異物は酸で溶かしてしまうんだ、今はアリスにご執心だからそこまではやってないようだが、私はそうもいかないだろう。だから手早く済ませる必要がある。
「ハハハハ!この巨大なスライムに突っ込む!面白そうだ、任せておけ!」
「突っ込むってあんた⋯この脳筋め。分かったわよ、骨まで溶けても治してあげるからちゃんと戻ってきなさい!」
作戦開始だ。私は剣を構えて、思いっきり足に力と魔力を込めて前に飛ぶ。
「突風!!」
次に、飛んだ私を更に加速させる突風が後ろから吹き付ける。その勢いのままかっ飛んで、スライムの表面をミスリルの剣で切り裂いて突入した。肌の表面がピリピリとしてくるが、やはり私のことは溶かそうとしてきているみたいだね。早くしないとロープまで溶けてしまう。
アリスの元まで到達して首根っこを引っ掴み、そのまま勢い余ってスライムの核にまでぶつかってようやく止まった。そうだ、どうせならこいつ、引っ張り出すか!そう考えて妹とスライムの核を両脇に抱えて、ロープを引っ張りティナに合図を出した。その瞬間私の腹にかなりの力が加わり、仲間達への元へロープが手繰り寄せられた。
エレノアがスライムの抵抗の前進を抑えるように風魔法で押し返しつつ、ティナがロープを持って足を氷で固定し、ようやく私達の体が空気にさらされ息ができるようになった。
「ぶはぁー!どうだこのバケモノスライム!私達の勝ちだ!」
地面に転がった私は勝ち誇って床に核を叩きつけるが、正直前もよく見えない。目が若干溶けてしまっているらしい。アリスの場所を確認するために瞼を閉じるわけにはいかなかったからしょうがないけど。
「低級治癒!勝ち誇る前に自分の姿の確認くらいしなさいな。あんた全身真っ赤で皮膚が裂けて血も出てたわよ」
あんまり気にしてなかったけど相当ひどい見た目をしていたらしい。こうして妹を取り返せたし、治してくれたから別に何だって構わないんだけどさ。
「ありがとよ。それよりスライムは!?アリスは無事なのか!?」
「アリスちゃんはあっちでエレノアが見てるわよ。ちょっとスライムを飲んじゃってたみたいだけど、死んではいないし、治療はしたからそのうち意識が戻るでしょう。スライムは見たほうが早いわね」
私は言われて今出てきた方を見てみる。すると、核を失って意思を無くした、ただの粘液として体が広がっていく残りカスになったスライムが見えた。だが魔素がまだ出てきていないってことは、死んでいないんだろう。核を潰すしか無いようだ、めんどくさい相手だね全く。




